第211話 脱出の方法 その1

 小惑星帯に構築された防衛線――デュークはその残滓を眺めます。いたるところに撃破された艦艇が浮かび、生き残った艦も中破以上の損害を受け、推進力を失い漂流状態になっているフネすらあるのです。


「みんな、ボロボロですね……」


「そうだな……よろしい、共生宇宙軍もゴルモアも関係ない。誰も見捨てるな!」


 カークライト提督は動けぬ艦は牽引し、爆発の危険のあるフネには艦載艇を飛ばして救助を行うように指示を出しました。デュークも手近なフネを舳先でコツンと押したりしながら、小惑星に近づいてゆきます。


「あ、あそこに同族がいます! 艦名は装甲艦クロガネです」


「不関旗を上げているな」


 500メートル級の龍骨の民が航行不能になって漂っています。


「おーい、大丈夫ですかぁ――?」


「う…………」


 声をかけるのですが、彼から届く応答の電波は大変に弱いものでした。デュークは

彼の横に艦を寄せて、状況を確認します。


「ものすごいボロボロだぁ……被弾して目は完全に視力を喪っています。うわぁぁ、推進器官がへし折れてる?!」


 装甲艦クロガネの姿を確かめたデュークは、彼の推進器官が根本からへし折れているのに気づきました。


「テストベッツ氏族のデュークです。小惑星帯の救援に来ました! クロガネさん、助けが必要ですよね?!」


「この電波の声は……りゅ、龍骨の民か。だが、無駄だ、俺はもう動けない。それに俺の縮退炉はいつ暴走するかわからんのだ。危ないぞ……ぐふっ!」


 クロガネが苦しげなうめき声を上げるのも当然でした。彼の艦体には大穴が空いて内部が目滅茶苦茶になり、隙間からはバッバッ! と重力波が間欠的に漏れ出し、極めて危険な状態あるのです。


「て、提督、どうにかなりませんか?」


「龍骨はまだ大丈夫そうだが、縮退炉にまでダメージが入っているな。釜の火を落とすわけにはいかん、生命維持ができなくなる」


 提督は「縮退炉を維持しつつ持たせる他あるまい」と呟き、この様な指示をデュークに出します。


「デューク君、応急的にバイパスを通して君の方で縮退炉のバランスを取ってやるのだ。龍骨の民ならば、それができるはずだ」


「あっ、そうか!」


 老練な船乗りであるカークライト提督は、龍骨の民の生態や性能について様々なことを知っていました。彼は生きている宇宙船同士でエネルギーを融通しあい、デュークのカラダをバッファとして利用することで、クロガネの縮退炉を維持できるだろうと言うのです。


 デュークは縮退炉の臨界試験の際、老骨船達が身を挺して自分を守ってくれたことを思い出し、今度は僕の番かと思いました。


「これを――!」


 デュークは視力を喪っているクロガネの胴体にクレーンを伸ばしてエネルギーパイプを直結します。


「エネルギーバイパス……か。だが、俺のカラダは500メートル級、とても支え切れまい……」


 クロガネは龍骨の民としては大型の部類に入るフネです。その縮退炉の容量もかなりの大容量で、それを維持するためには巨大なバッファが必要でした。でも――


「大丈夫、僕は1.5キロ級戦艦ですから! 安心してください!」


「…………え? エエエッ?!」


 デュークのサイズはクロガネの三倍もあるのです。まともに物を見ることのできず、ぼんやりとした電波測定だけが可能となっているクロガネは仰天しました。


 デュークはエネルギーの供給を調節すると、クロガネの縮退炉のバランスを取り始めます。彼のカラダは十分すぎるほどの余裕があるため、縮退炉はすぐに安定してゆきました。


「こ、このパワーは……ほんとうに1.5キロもある戦艦なのか……まるで、伝説の大横綱ライデンの再来……か……」


 体内が安定したクロガネは排気を漏らすと安心して気絶したのです。デュークは「ライデンって誰だっけ?」と言いながら、クロガネの艦体にクレーンを伸ばし、牽引を始めました。


 そのようにしてデューク達小惑星救援部隊は、各所に取り残された残存部隊を回収しつつ、目当ての小惑星に近づくのです。


「あれが小惑星アーナンケか……すごい有様ですね」


「何度も叩かれ続けたようだからな」


 デュークの視覚素子に差し渡し28キロほどのゴツゴツとした小惑星の姿が入ります。その表面は地獄の業火に焼かれたようなひどい有様で、いたるところが黒々とした染みやガラス状になっており、一部は熱が収まらず活火山の火口の様にマグマを吹き出していました。


 その周囲には、50隻ほどの艦艇が集結していますが、これも戦闘による被害を相当に受け、無傷なフネは一隻もありません。


「ゴルモア防衛隊の本部はどうなっている?」


「共生宇宙軍駐留部隊旗艦の重巡バーンは健在なるも、アーナンケの地表に座礁しています。艦から指揮能力が完全に失われたため、指揮官のペパード大佐はアーナンケの要塞指揮所に移譲した模様」


「ふむ、要塞とは名ばかりの臨時応急品だが、なんとか保ったようだな」


 アーナンケの内部には、シェルターを流用した応急の要塞施設が存在していました。


「あ、そのペパード大佐から通信が入りましたよ」


「繋いでくれ」


 アーナンケの指揮所から通信が入り、包帯でグルグル巻になった恐竜顔しかめつらのペパード大佐が現れます。


「またせたな、ペパード大佐」


「救援無用と伝えたはずですが?」


 提督の言葉に、ペパード大佐は長く伸びた鼻面から盛大にタバコの煙を吹き出しながらそう応えました。


 大佐の態度をチロリと眺めた提督は「死ぬ覚悟が出来ていたのに。肩透かしを食らったというところか」と内心で思うのですが、彼は分別をわきまえている軍人なので、口の端を上げてニヤリとするだけに留めました。


「見ていましたよ、見事な奇襲でしたな。だが、普通ならば1000隻程度の部隊であれだけの敵部隊を蹴散らそうなどと考えませんぞ」


「臨時編成の部隊だが、私が選んだ一騎当千の猛者どもだからな。それに、君たちに釘付け担っているヤツラを奇襲するのは容易かったぞ。それに私にはこの旗艦――デューク君が付いているのだ」


 カークライト提督は何ということもないというほどの口調で応えます。実のところ、機械帝国の前衛部隊を壊乱させるまでには、いくつもの危ない橋を渡っているのですが、提督はそれを感じさせない余裕と自信を見せました。


「まぁ……1.5キロ級の龍骨の民に乗っていれば、そうも考えたくなるかもしれませんな。それに戦艦と重巡をよくもこれだけ、かき集めたものですな」


 ペパード大佐は龍骨の民としては最大級のデュークを眺め、後続するナワリンやペトラといった重戦闘艦達を確認すると、「なんにせよ、助けられました。感謝します」と言いながら、また鼻面から紫煙を吹き出しました。


「気にするな。これも仕事のうちだ。それで、状況は?」


「ウチらの艦艇はゴルモアのものも含めて、100隻にまで減らされましたよ。残ったフネもボロボロです。重巡バーン以下航行に支障があるのがほとんどです。推進剤の供給を受けても飛べません」


 ゴルモア防衛隊の残存艦艇は100隻程度まで撃ち減らされています。生き残った艦の多くはいたるところに被弾して、よろばうように航行をするのが精一杯の状況でした。


「兵員は衛星守備隊を含めて10万ほど生き残っています。ですから、そちらのフネに移譲して脱出することは不可能です。これは予測されていたかと思いますが?」


 ペパード大佐は「どうするおつもりで?」と続けました。

 

「動けぬ艦が予想以上に多いが何も問題はない。状態の悪い艦は全て廃棄だ。人員は小惑星内の要塞ユニットに避退させることにする。生命維持装置は十分だな?」


「まぁ、元はと言えば緊急用のシェルターユニットを魔改造したものですからな。多少人が増えても問題ありません」


 小惑星アーナンケの地中には、共生知性体連合が供与した巨大なシェルターユニットが埋設されていたのです。製造元は共生知性体連合の名だたる重工業メーカーであるシンビオシス・トーア重工ですから、その性能は折り紙つきでした。


「ですが、穴蔵に潜り込んだら、逃げることも出来ませんぞ。まさか、まだここで戦い続けるおつもりで?」


「違う、敵の攻勢が再び始まる前にこの宙域を離脱する。一人残らず、な」


「はぁ、なるほど……それで、どのような手を使うのですか?」


 ペパードが気が抜けたような表情で尋ねると、カークライトは軽やかな笑みを浮かべ――


「アーナンケをフネにする」と、端的に告げたのです。

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