第210話 虎口にて王手を掛ける
「あっ、敵大型戦艦に高熱源反応――――!」
「む、艦首正対!
大型戦艦の艦首に高エネルギー反応が巻き起こります。危険を察知したラスカー大佐が吠えると同時に、強力なエネルギーを持った荷電粒子がズバ――――ッ! と飛来し、デュークに取り付けられた増加装甲を炙りました。
「あちあちあち……!」
「ちっ、増加装甲がやられたか」
これまで受けた打撃にさらなるダメージを加えられた増加装甲が真っ赤に膨れ上がり爆発を起こします。ラスカー大佐は「装甲をパージしろ!」と叫びました。
「ふぅ――ふぅ――! お肌にちょっぴり熱が通っちゃいましたよ。あ、また後退していきますね」
大出力艦首粒子砲を放った敵艦は、全部スラスタを全開にしつつ、後方に引き連れた護衛に艦体を引っ張らせて後退を始めました。
「ああ、また逃げてく。なかなか捕まえられないなぁ……」
機械帝国軍は艦列を並べながらゆるやかに後退しています。
「いやはや、遅滞戦術のお手本のようなものだな。平押しを好むメカ共にしては、珍しいやり口だ。どちらかと言うと、我々のドクトリンに近い」
「ふむ、ラスカー大佐もそう思うかね」
共生宇宙軍はこの数十年専守防衛に努めた結果、その戦略と戦術が防御に適したものに最適化されています。基本的に星域を守るための防御戦術に特化した戦い方が現在における共生宇宙軍の得意分野でした。
「機動防御に遅滞戦術やら撤退戦――それが我らのお家芸ですからな」
牙を見せながら獣じみた声で戦闘指揮を取るラスカー大佐ですが、実のところ彼は共生宇宙軍の士官としては相当のエリートでした。ですから、そのような作戦指揮については一家言を持っているのです。
「プロの目から見て、どう思う?」
「そろそろ足が止まるはずです。頃合いですからな」
カークライト提督とラスカー大佐は帝国軍の後退が止まると断言したのです。
「ええ、そうなんですか?」
カークライト提督は、端末をタタタと叩き、少し離れた宙域の熱源分析映像をスクリーンに映し出し「あそこを見たまえ」と言いました。
「あれは――――? なんだか、ぼんやりとしたところがありますね」
「まだ新しい航跡だ。おそらくステルスした軽艦艇部隊がいるはずだ。敵は伏撃の準備を整えているのだ」
カークライト提督は、身の軽い艦艇がステルス性能を全開にして待ち構えていると指摘しました。
「えっと……なんだか、すごく危ない感じがするんですけれど」
「うむ、軽艦艇とはいえ光子魚雷は脅威だ」
「いやはや、猛獣の巣穴に土足で踏み込むようなものですなぁ」
ラスカー大佐は「これぞ、まさに虎口」と茶目っ気たっぷりな笑みを浮かべました。
「だが、虎穴に入らずんば虎子を得ずとも言う」
カークライト提督は「正面から踏み込め」と前進を命じます。ラスカー大佐は「やれやれ」と言いながらも、どこか嬉しげな表情を見せていました。
「よぉし、デューク。メカどもの巣穴に押しかけるとしよう」
「ふぇぇぇ……そんなことして大丈夫なんですかぁ……」
デュークはためらうのですが、ラスカー大佐はそれを無視して「前進前進、とにかく前進!」と命令してきます。カークライト提督も「この機を逃せば、捕捉する事が難しくなる」と言っているので、彼はしぶしぶ命令に従いました。
ラスカー大佐が実家の扉を開けるような気軽さで、デュークを前進させ続けていると――
「お、出てきた出てきた」
「ふぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……」
斜向いの方角に、機械帝国の軽艦艇群が姿を現したのです。ラスカー大佐は事無げに言うのですが、デュークは龍骨にひやりとしたものを感じざるを得ませんでした。
「安心しろ、何の策もなく提督がこんな命令するわけないだろ? ほれ、今度はあそこを見てみろ」
「あ、あれは?!」
キラッ――――! デュークの視覚素子になにかの光が映り込みます。
「第一水雷戦隊だ。残りも来るぞ!」
カークライトの指示により、しずしずと位置取りを変えていた水雷戦隊が今まさに襲いかからんとした機械帝国軍軽艦艇に向けて突っ込んでいくのです。
そして水雷戦隊は機械帝国の軽艦艇群にスッと並ぶと、近距離火器をフルオープンにして殴り合いを始めます。魚雷がなくとも、水雷戦隊は近距離での戦いができるのです。勢いに飲まれた機械帝国軍にはもはやデューク達を襲うことはできなくなりました。
「良し、我々は本隊を叩くぞ!」
軽艦艇の急襲に合わせて迎撃を行うつもりだったグレゲル伯爵以下の機械帝国軍の足が一時的に止まっていました。カークライト提督はその機を逃さず艦隊を詰め寄らせます。
「敵を完全に捕捉した――――!」
ラスカー大佐はデュークをどんどん前に出しました。元から数の上で優位な上、デューク以下の艦艇は殴り合いに長けた重戦闘部隊なのです。軽艦艇による横撃を前提とした迎撃態勢はもろくも崩れ去り、重戦闘部隊の圧力に耐えかねた機械帝国軍は艦列を乱し始めました。
「提督、敵の艦列全面が完全に崩壊しました」
「そうか、では並列前進して艦列を突破、同時に敵後列への砲撃を開始せよ」
カークライト提督は淡々とした口調で、さらなる前進を命じました。崩壊した艦列に飛び込んだ共生宇宙軍が飛び込み、後ろに並んだ敵部隊を叩き始めます。
「旗艦は敵大型戦艦を狙え。王手を掛けるのだ」
「了解、あそこにいる敵の大型戦艦を叩くぞ!」
「は、はい!」
デュークの視覚素子が、グレゲル伯爵を名乗る機械人が座乗する大型戦艦を捉えます。戦艦は大型の粒子砲を再度放つべく、エネルギーを充填している最中でした。
「撃たせるなよ、撃つ前に潰してやれ!」
「わ、わかりました!」
デュークは「よいしょっ」と重ガンマ線レーザー砲塔をもたげ、大型戦艦の艦首めがけて「そらっ!」と言いながら発砲しました。その射撃は見事なもので、三連装三機のレーザーがほぼ同じ場所に弾着します。
「敵艦艦首に命中しました――――!」
「粒子砲を潰したか! おお、燃え始めたぞ!」
艦首の粒子砲を粉砕された大型戦艦は炎を上げ始めます。エネルギー経路に重大なダメージを負ったため、ダメコンが機能不全に陥ったのです。これにより、それまで抗戦の意思を見せ続けていたグレゲル伯の戦意も失われたようで、艦首を翻して逃げ始めました。
「敵艦が逃げていきますよ。どうしますか?」
「追撃したいのは山々なんだがなぁ……」
ラスカー大佐は炎上しながら避退する戦艦から目をそらし、「提督、あれだけ叩けば十分でしょう」と、カークライトに確認を求めます。
「よろしい、舳先を本来の目的地に向けるのだ」
提督の淡々とした言葉に、ラスカー大佐は「
このようにしてデューク達は機械帝国の前衛部隊を散々な目に合わせ、指揮系統を大混乱に落とし入れることに成功し、後顧の憂いなく小惑星に進む事になりました。
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