第209話 敵指揮官見ゆ
「無人戦艦がボロボロですよ、元の形がまるでありません」
「ははは、良く使い潰したもんだ。もう、投棄していいぞ」
デュークが棍棒代わりに使っていた右手の戦艦は艦首がなくなり、左手のそれは根本からポッキリと折れ、もはやただのスクラップというべきものになっているのです。
「もったいないなぁ……」
いつもならばご飯代わりにするところですが、さすがに戦場で食事を摂るわけにも行きません。仕方がないのでデュークは名残惜しそうに戦艦の残骸を眺めてから、ポイッと投げ捨てました。
その時のことです――
「あ、レーダー警報ですよ!」
デュークの視覚素子に強い電波が飛び込み、副脳が警報を鳴らしました。
「二時方向から射撃管制レーダー照射! 敵集団です――――数は200。敵艦が発砲しました!」
「むっ、まとまった部隊がいるのか」
カークライト提督が電波源を確認した瞬間、敵集団からのレーザー攻撃が始まります。デュークは「ふぇっ」と身を固めるのですが、それらの多くはこれまでとは違って、彼の後方を進む艦艇に集中しました。
「うわぁ、後ろのフネが被弾したぞ!」
「ちぃ、本艦ではなく、後続艦を狙ってきたか」
「ふむ……装甲厚の高い戦艦を右翼にシフトしろ。被害を受けた艦は内側に入れるのだ。急げ」
カークライトは状況をサッと眺め、部隊の中から防御に優れた艦艇を右舷方向に再配置する雁行隊形を取りました。その手並みはいつもの彼らしい効率的なもので、損傷を受けた艦を守る態勢が即座に組み上がります。
「敵集団は戦艦と巡洋艦を多数含む装甲戦隊です。中央に800メートル級の大型戦艦を確認!」
「わわわっ、あの戦艦、光信号で激しくメッセージを放っていますよ! 光信号解読――――機械帝国応辺境遊撃軍グレゲル伯爵ここにあり、一合戦所望するなり、いざ参れだって?!」
デュークが進路前方を眺めると、かなりの大きさをもつ大型戦艦がいるのがわかります。その敵艦はバシバシと発光信号やら電波やらを撒き散らしているのです。
「ほぉ、指揮官先頭で士気を鼓舞するか……よろしい、応射だ。統制砲撃戦開始!」
わずかに虚を突かれた形となった共生宇宙軍ですが、カークライトの迅速な指揮の元、グレゲル伯を名乗る機械帝国軍に対してレーザの応撃を飛ばし、一撃で10隻ほどの艦艇に打撃を与えました。
「やった……!」
「いや、他とは違って全く統制が乱れる様子がない。ふむ、距離を取りつつしぶとく抗戦を続ける――か。良い指揮官だな」
機械帝国軍は砲撃を繰り返しつつ、緩やかに後退しながら右に左にと舵を切って共生宇宙軍の攻撃をいなし、手慣れた部隊運用でデューク達の勢いを削ぎ落としにかかっていました。その行動は優れた艦隊指揮能力を持つカークライト提督をして、特筆すべきものがあったのです。
「提督、数はこちらが上です」
ラスカー大佐が「追撃して叩きましょう」と進言しました。それに対してカークライト提督は「指揮系統を叩くという目的にも合致する……が」と呟き――
「あの行動、こちらを誘引している。どこかに別働隊を潜ませているはずだ」
と断言したのです。そこで提督は「少し待て」と告げ、隷下部隊と敵艦の位置を確認してからほんの僅かな間だけ考え込み、この様に尋ねます。
「水雷戦隊は動けるな?」
「はい、側方で待機中です。ですが光子魚雷を撃ち尽くしております」
これまでの戦いで水雷戦隊は、必殺の光子魚雷をあらかた使い尽くしていました。そのことはカークライト提督も承知の上でしたが、彼は手すりをトントンと叩いてから、こう命じます。
「水雷線戦隊に指示をだせ。コマンドC17だ。旗艦部隊は雁行陣形を維持しつつ左旋回始め」
カークライトは軍帽のひさしをキュッと撫でながら、口の端を上げたのです。
一連の襲撃行動を終え、待機状態に入った第一から第四水雷戦隊が集結しています。その指揮官達は思い思いに小休止を取っていました。
「もう弾がないお。やることもないから、ソシャゲでもして時間をつぶすお」
「お前、艦橋でゲームするなよ……」
「やること無いから仕方がないお」
「兵に示しがつかんぞ、常識的に考えて」
第一水雷戦隊長とその副官は同種族のようで、饅頭のような頭と生白い肌が特徴的です。丸っこい方の戦隊長は飲み物を飲みながら、懐から取り出したタブレットでゲームを始めています。長細い顔をした副官が「こいつが戦隊長とは、世も末だ」と嘆きました。
「スヤァ……」
第二水雷戦隊長であるアザラシ型の種族が、睡眠を取っています。彼は起きている時間の方が少ないと言われるほど睡眠状態にあることが多いので、休憩を取っているのかどうか、周囲からは全くわかりません。
「暇だから、みんなにチャーハンをつくるよ」
第三水雷戦隊長は小型の猫型種族です。彼は暇になった時間を利用して艦橋でご飯を炒めていました。あまりにも自由すぎる行動ですが、周囲のスタッフは「司令官がまたご飯炒めてる……」「ピーマンは入れないでくださいな」「腹が減っては戦ができぬ」などと、諦めたり、注文を付けたり、手に持ったお椀をチンチンと鳴らして催促しています。
「手持ちの弾薬が尽きてもうた。カラッケツや」
「後先考えずに、全ツッパするからや」
「なんとかならへんか」
「知らんがな」
「そこらのコンビニで光子魚雷売っとらんかな?」
「ええで……って、こないなとこにあるわけないやろ!」
第四水雷戦隊ではトラ型の種族たちが漫才のような会話をしながら、手持ちの弾薬を平均化する作業に取り組んでいました。
そんな水雷戦隊宛にカークライトからの暗号通信が入ります。
「ん? 旗艦部隊から通信がはいったお」
「なんだなんだ……」
もたらされたデータを解凍すると、そこには――
「ブフッ――――! 魚雷がほとんど無いのに突撃しろだって?!」
「な、なんだと、弾無しで戦をやれだと……無理だろ常考っ!」
「ブワッ……!」
「うわっ、驚いてチャーハンこぼしかけちゃった……」
「カークの野郎、何考えとんのや!」
「こら解任まったなしやな」
水雷戦隊の戦隊長達は飲み物を吹き出したり、毛皮をパンパンにさせたり、コケて炒飯を床に落としかけたり、「こらアカン!」と目を覆うのです。
でも、それはほんの一時のことでした。
「で、どこに突撃するんだお?」
「ここだな」
カークライトから届いた命令は明確なものでした。含まれた意図と目的が戦隊長達の頭の中でさらりと展開すると――
「はは、ワロス。つまりこれはあれだお」
「そういうことだな」
白い饅頭のような頭を持った第一水雷戦隊長は、軍帽をかぶり直すと顔を引き締め、目をキラリとさせました。副官はなぜか背中を見せながら「ふっ、わかってしまう自分が怖い」などとニヒルな笑みを浮かべて嘯きます。
「スヤァ!」
アザラシ族の戦隊長は眠りに入ったまま尻尾をビッタンビッタンさせました。周囲のスタッフがビクッ! としたことから、戦隊長が夢の中から思念波で指示を出したことがわかります。
「チャーハン出来たよ――!」
ネコ族の戦隊長は、艦橋の部下たちにチャーハンを振るまいながら「食べ終わったら、仕事に取り掛かるからね!」と激を飛ばすのです。
「部隊に指示を出してくれや」
「よっしゃ、いてもうたる!」
トラ族達は「やっぱカクやんは最高や!」「わかる人にはわかる。負ける気がせぇへん」などと吠えながら、テキパキと動き始めたのです。
「第一水雷戦隊、前進」
「第二水雷戦隊、一水戦に続け」
「第三水雷戦隊、全艦最大戦速」
「第四水雷戦隊、続航する」
4つの水雷戦隊はあっという間に行動準備を完了させると、第一水雷戦隊を先頭に加速を始めたのです。
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