第208話 挑発コマンド、そして大パンチ
「デューク、プランB発動だ!」
「プランBって、ええと、有力な敵部隊との正面戦闘時における、被害最小限化に最適化された旗艦集中運用戦術、対機械帝国修正版というやつですね。なんだか長い名前だなぁ」
デュークは副脳にしまい込んでいた作戦プランの中から指定された物を見つけ、その中に入っているメッセージを口ずさみます。
「あーあー、
彼は重力波や電波、光信号を用いてパシパシパシっ! とメッセージを放ちました。溢れんばかりの電力を浪費しながら行われるそれを察知した機械帝国軍は、なんのことやらと一瞬動きを止めます。
「いいぞ、ここで粒子砲をぶっぱなすんだ!」
ラスカー大佐が射撃指揮装置のトリガーをガチガチガチ! と何度も押し込むと、デュークの脇腹についている12連装荷電粒子砲がバカリと開き、両舷合わせて24本のビームが斜めに射出されます。
「たーまや――――!」
熱線はVの字を描きながら機械帝国軍の前面にブワァと広がりました。見るものに寄っては二十四枚の見事な光の翼を広げているようにも感じるそれを確かめた機械帝国軍は、デュークに向けて射撃管制レーダーを集中してくるのです。
「あ、悪意のある電波が絡みついて来ますよ! 僕なんかやっちゃった?!」
機械帝国軍はデュークの振る舞いに対してなにやらお冠の様子です。射撃の前に感じる電波の香りが自分に向けられるのを感じ取ったデュークは、龍骨にゾワリとしたものを感じます。
「ふむ、彼らの宗教では12進法というものは、悪魔の数字と呼ばれているのだ」
カークライト提督は、
「えっとそれは、つまり――」
「こういう事だぜ!」
ラスカー大佐は素敵な笑みを浮かべながら両手の中指を高々と突き立てます。同時に他の司令部要員も、お尻を向けてバンバンと叩いたり、柔らかな胴体をガクガクと激しく揺さぶったり、頭を押さえて顔を歪めて「イィヤァアァァァァァァァ!」と叫んだりしたのです。
「かかってこいや、ぶっ殺してやる《ファッキュ――ゴットゥヘッ》!」
アライグマの顔をした大佐は、突き立てている中指を顔の横でプラプラさせながら、隙間から突き出した舌をレロレロと動かし、喉を掻っ切るような仕草を見せ、さらに粒子砲をぶっ放します。
「文化的側面を活用した挑発行為だな。私の種族、遠い故郷ではこうだ」
カークライトは苦笑いしながら、手の甲を見せたピースサインを示します。それは、彼の種族にとある地域ではとっては大変に侮辱的な意味を持っていました。
「ふぇっ、敵の目の前で、そんなことをしたら……」
機械帝国軍から「てめぇは俺を怒らせた」「そこを動くなよ! 動いたらぶっ殺す!」「連合の大悪魔め――神の御名により懲罰するぅ」と言った感じの射撃管制レーダーが飛んでくるのも仕方ありません。
「デュークの挑発! |The effect is outstanding《効果は抜群だ》!」
ラスカー大佐は茶目っ気に満ちた会話を艦載AIとしながら、敵中央集団の射撃管制レーダーがデュークに完全に集中したのを確かめました。
「敵集団、旗艦に目標を定めました。プランB、順調です」
「よし、敵の攻撃を一手に引き受けるぞ」
カークライト提督の取ったプランBとは、旗艦による挑発により、敵の射撃を誘導し、もっとも装甲の厚いデュークが引き受けることで、部隊の損害を最小限にするものでした。
「むっ、敵中央集団に大規模な赤外線反応! ガードを上げろデューク。敵が撃ってくるぞ。お前だけをな!」
「ふぇ……は、はい!」
ラスカー大佐の指示により、デュークは両の手に持った
デュークの強力な縮退炉から供給されるエネルギーが、無人戦艦の艦外障壁を起動させ、彼自身のそれと合わさったと同時に、凄まじい数のエネルギー光線がデュークに到達します。
「敵射線、本艦に集中!」
ガンガンガンガン! と、ガンマ線やらX線やらマイクロ波のレーザーが盾艦の表面にぶち当たり、激しい衝撃がデュークの腕に伝わりました。
「うわっ、撃たれてる、撃たれてる! 電子に陽子に中性子、重イオンの長距離ビームまで飛んできますよぉ!?」
「へっ、ガンマ線マシマシ、X線モリモリ、マイクロ波トリプル、様々な熱線をトッピングした注文通りの全部乗せだぜ! 射撃が旗艦に集中すれば、他のフネの被害が減るんだ、根性見せろ! 全部喰らい切れ!」
あらゆる波長のレーザー光線や粒子ビームがデュークに集中し、勢いは更に増してゆきます。
艦積AIは「
「どんどん温度が上がって――あちちち――――!」
デュークも縮退炉のエネルギーを全開にして敵の攻撃を防ぎ続けるのですが、バリバリバリ――! ガンマ線やX線を歪曲させたり偏光させ、重粒子が弾き続けるうちに、各所の温度が上がってきます。
「あだだっ!」
その上、盾の隙間から飛び込んできたレーザーが鼻面にヒットし、装甲板を真っ赤に腫れ上がらせたりもしました。
「冷却はサポートしてやる! 艦外障壁はAIにまかせろ」
「
ラスカー大佐は非常用の冷却コマンドを打ち込み、手持ち戦艦の冷却装置をフル稼働させて、デュークの防御をサポートします。艦載AIは、のんきな口調で艦外障壁の最適化を続けました。
「盾艦艦外障壁30%に低下。五番蓄電池からの緊急送信を開始」
「第一増加装甲、破損。強化エボナイト強制注入」
「なおも射撃続く、右射線の圧高まる」
「装甲コンテナ二番三番炎上――爆破ボルトにて投棄します」
「冷却材コントロール、最適化中」
司令部の要員達もあらゆる手段を講じて、打撃を受けるデュークの艦体を懸命にサポートしていました。
「デューク君、気合いを入れて耐えるのだ」
「アバババババババッ――――!」
デュークは情けない声を上げていますが、1000隻近い敵艦からの射撃を受けてこれだけで済むのですから大した物でした。
「悲鳴を上げる前に、思念波フィールドを全開にしろ!」
「一体何のことですかそれは――――?!」
ラスカー大佐が「思念波による絶対防壁だよ。お前持ってないの?」と小首を傾げながら意味不明なセリフを吐くので、デュークは「そんなもの持ってません!」と叫びました。カークライト提督は苦笑いを浮かべながら「防壁全開……ッ」などと呟いています。
そうこうしていると、機械帝国側の主砲のエネルギーが一時的に枯渇した模様で、火線の量がグンと減ってくるのです。
「提督、火線が断続的になってきました。次の段階に進みます」
「よろしい、後続する護衛部隊を並行させろ」
カークライトはそれまで後方に控えていた部隊をデュークの両脇に進め射撃の目標を分散させました。
「敵、両翼が伸び切るまで後300秒……敵艦進路確定。射点、経路、着火点、爆速、これで良し――全艦、増加コンテナの中身を発射!」
敵艦の進路を見定めていたカークライトは「狙いは両翼に進出する敵艦前方。本艦も準備できしだい射撃開始」と命じます。
「了解」
提督の命令に基づき、ラスカー大佐はデュークのカラダに括り付けられたコンテナの中のものに諸元を打ち込みます。ほどなくして艦載AIが「|Mine enlightenment bullet armed《準備できたよ》」とスクリーンに表示を出しました。
時を置かずしてデュークの体中に取り付けられた増加コンテナが、爆破ボルトで吹き飛びます。そして少し離れたところで中身がバラバラと撒き散らされ、単純な加速を行いながら、カーブを描きながら飛び退ってゆくのです。
共生宇宙軍の他の艦艇からも放たれたロケット弾はまったくの無誘導であり、脅威となりえないコースを飛んでゆきました。主砲のエネルギーが一時的に枯渇した機械帝国軍はそれらを迎撃する必要を認めず、回避するまでもないと前進を続けます。
「よし……」
カークライト提督は敵を見据えながら、艦長席の手すりをトントンと叩くと「かかったぞ」と口元を歪ませました。
そしてその瞬間、デュークたちが放ったコンテナの中身が両翼部隊の周囲で効果を発揮します。機雷掃海用の爆導索が機械帝国艦艇に巻き付き、立て続けに爆発したのです。
「全艦、主砲斉射!」
デュークの艦体前方についた三連装二基の主砲がうなりを上げ、共生宇宙軍の精密な射撃が放たれると、爆導索の衝撃に打ち震える機械帝国軍の両翼は大打撃を受け艦列を乱すのです。
「敵両翼混乱した」
「よろしい、水雷戦隊に打電。露払いを行え」
提督は、少し離れたところを遊撃隊として動いていた快速艦艇群に通信を入れました。オペレーターが「水雷戦隊、光子魚雷戦始めた」と告げると同時に、これまで待機していた水雷戦隊が斜行しながら敵陣に必殺の対消滅弾頭を浴びせ、機械帝国の艦列に巨大な爆発を作りました。
「旗艦部隊、突入開始。食い破れ!」
「合点承知――デューク、あの爆発に向かって飛び込むんだ!」
「は、はい!」
デュークは艦首艦外障壁を全開にしながら、推進器官を全開にして突き進みます。射撃のタイミングを喪った機械帝国軍は、共生宇宙軍の突撃に対して有効な手立てを行うことができません。スルスルと敵前線に取り付いたデュークは、帝国軍の艦列を軽々と突破したのです。
「前方、敵重巡洋艦。距離至近!」
対消滅の爆発の余韻が色濃く残るところを抜けると、デュークの目に500m級の重巡洋艦が映ります。すでに至近距離と言ってよいほどの距離なので、主砲を放つ時間はありません。
「接近戦用意」
「せ、接近戦…………!」
デュークが右腕に力を込めたのを確かめたラスカー大佐は、こう続けます。
「エーテル超獣のときと同じ要領だ! ぶん殴れ!」
進路をわずかに変えたデュークは敵重巡に向けて、「うわぁぁぁぁぁ!」と手にした無人戦艦を振り回します。するとバキン! という良い音と共に、盾から棍棒――いわゆる質量兵器と化した標準戦艦が敵艦の舳先にぶち当たり、艦首から200メートルほどの部分がへし折れながら食い込みました。
「
「う、腕が痺れる……」
右腕にビリビリとした感触が伝わりますが、この時のデュークはそれを味わう暇もありませんでした。次の敵が目の前にいるからです。
「進路そのまま左舷敵駆逐艦群、先頭艦を叩くぞ!」
「は、はいぃぃぃぃぃ――!」
デュークは今度は左手に持った戦艦を振り回し、肉薄雷撃に向かってきた駆逐艦をガツン! と殴りつけました。すると巨大な質量と衝突した敵駆逐艦は、スカーン! と振り飛ばされます。その勢いで周囲にいた僚艦もコンコンコン! とボーリングのピンの様に吹き飛ばされました。
「どいてどいて――! 前に来ないで――!」
デュークは戦艦をブンブンと振り回しながら、さらに前進を続けます。その勢いはまさに破竹の勢いというもので、恐れをなした機械帝国軍は彼の進路から逃げ出していったのです。
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