第274話 紛れ
「敵が前進を始めました――ずいぶんとゆっくりとした速度ですけれど。すごいプレッシャーを感じます」
「様子見――とは言え、あれだけの大軍じゃからのぉ」
メカロニアの軍勢は平行的な艦列を崩さず、緩やかに迫って来ました。それは実に手堅く慎重なもので、デュークは龍骨にジワジワとした圧力を感じるのです。
「和尚様、また逃げるのですか?」
「いや、縦深を失っておるからの。それに逃げの一手は効かぬようじゃから、ここはひと当たりして、
「
「込み入った形勢にして、相手の隙を伺うのじゃよ」
紛れという言葉には様々な意味がありますが、トクシン和尚はこの局面において面倒で複雑な状況を作り出して、敵軍の意図を封じようというのです。
「B、D、Fグループに通信、プランB-5を発令、手筈通りに頼む、報酬はいつもの口座に振り込む、と打電せよ」
トクシン和尚は令下集団のいくつかの部隊に指示を出すと、それらの部隊はスラスラと艦列を敷き始めてゆきます。
「すごい勢いですね……」
「特別報酬を出すと約束したからニャ」
傭兵やら民間軍事会社の艦艇が正規軍もかくやというスピードで布陣を完成させる手際に、デュークは驚きを隠せません。そんな彼に和尚は「傭兵集団にせよ、民間軍事企業にせよ、そもそもの練度は高いからのぉ。それに、事前にいくつか作戦コードを渡しておる」と説明します。
「この陣形――フネの集団がパイの皮みたいに折り重なっていますね」
「艦列を幾重にも並べた多層構造陣陣形だニャ」
艦艇がいくつもの層に分かれ、それが幾重にも重なるという縦深の深い縦型の陣形が完成しようとしています。それを見たデュークは「でも、厚みがあるようでないような……」とつぶやきます。
「ほぉ? デューク君は良い目をしておるの」
トクシン和尚はデュークの言葉に少しばかり感心したような面持ちになりました。
「でも、僕は最後尾になりますけれど。旗艦が、前にでなくて良いのですか?」
デュークはアーナンケ救援作戦の際、矢じりの先頭に立って敵を散々に打ち破った経験があります。彼はこのときも自分も同じようにして最前線に立つものだと思っていました。
「いや、旗艦の位置はそのままで良い。敵の圧力を幾層にもなった艦艇で押し留め――最後はワシらで迎え撃つ、そういう格好なのじゃからな」
「ふぇ? それじゃ、味方を盾にするんですか?」
「ほっほっほ」
デュークは意外だというほどに和尚を見つめるのですが、トクシン和尚は「盾になってくれるような殊勝さは期待できんわな」と坦々とした口調で応え「ま、旗艦はデーンと構えておればよい」と続けます。
「そろそろ最前列の艦列が敵の射程圏内に入るな。これからが見もの、差配の振りどころじゃな」
艦列の最前列が敵陣に近づくと――――
「ふぇ、艦列が左右に離れてゆく?!」
傭兵集団はメカロニアの圧力に押し負けるかのように、左右に分裂し、そのまま戦場の端の方まで避退を始めるのです。いくらかの艦艇は発砲を行っていますが、及び腰の射撃はあまり効果を上げてはいませんでした。
「つ、次の層も崩れた?!」
最前列がまともな抵抗を行わない様子に影響を受けたか、次の艦列集団は「こいつはいけねぇ」というほどに、アッサリと艦列を崩して今度は上下の方向に向けて艦を避退させるのでした。
後続の部隊も同じようにして、メカロニアの圧力を受ける前にサラサラと陣形を解除して敵の前進から逃れるのです。そして――
「12層あった艦列が全部解けただって!? ものの30分と経たずに!?」
あまりにも不甲斐ない傭兵集団の様子に、デュークは
「いやはや、これはたまらんニャァ」
この様子にトクシン和尚も顔をナデナデしながら苦笑いしていました。
「も、もう後は僕たち最後尾しかいません!」
最後尾に残った艦艇数は数千隻ほどであり、これに対してメカロニア軍は2万隻ほどもいるのですから、デュークは「とてもじゃないけれど、保たない」と思います。
その上――
「ふぇ……このザワついた感じは――超長距離射撃レーダー波です! ビシバシ飛んで来てますっ!」
敵部隊の一部が砲撃体制に入り、デューク達を狙っているのです。デュークは「このままだと先に撃たれるぞっ?!」と思ったものですから「こっちも砲撃しましょう!」と言うのですが――
「いや、砲撃はせんでよい」
「ふぇ?」
トクシン和尚は決して砲撃せずに、「ただ防御に徹するのじゃ」と命じます。
「攻撃しなくていいのですか?」
「うむ」
デュークは敵を前にして砲撃もせずにただ待機するだなんて、どういうことだろうといぶかしがるのですが、和尚は「それでいいのだ」と言いました。
「で、でも……う、撃たれちゃう……撃たれちゃう……」
メカロニア勢の攻撃体制は整いつつあるのを感じたデュークは、今まさに発砲しようとする敵艦隊の姿を見つめます。
「ふぇぇぇぇぇぇっ、量子レーダーに反応がっ! 敵が撃ってきました!」
かなりの距離からのレーザー攻撃でしたが、メロニアの艦艇群はそれを数の力で押し切らんかというばかりに発砲を開始します。デュークの量子レーダーが検知した相当数のガンマ線レーザーは数秒後には確実にヒットしようとしていたのです。
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