第275話 撹乱幕
「ふぇぇぇっ……ちゃ、着弾します!」
艦外障壁にレーザーがヒットしてバキバキバキ! と火花が盛大に上るのだと思ったデュークはその予感に龍骨をブルブルと振るわせて恐れ慄きましたが――――
「…………あ、あれ? レーザが弱いぞ?」
メカロニア軍から飛んでくるレーザー砲撃は、彼のところに届くまでにパッパッパッ! と減衰してしまって、大した威力を持っていないのです
「和尚様、和尚様! これって一体全体どういうことなんですかっ?!」
彼は飛んでくるレーザーを軽々と弾きながら「わけがわからないよ」と呟きました。デュークの
「ほっほっほ、レーザー撹乱幕の効果じゃよ」
コォン! コォン! と軽やかにレーザーを弾き返すデュークに、トクシン和尚は「仕掛けが発動しただけじゃよ」とニンマリとした笑みを返します。
「撹乱幕って、メカロニアの尖兵が撒き散らしていたヤツですか!?」
デュークは、スターラインから降りる際の不利を解消するため、先頭に生贄部隊を配置し爆散しつつレーザーの威力を低減する特殊な金属片と気体をまき散らしたメカロニア軍のことを思い出しました。
「それと同じようなものじゃな。密かに左右に逃げ散った艦艇達にバラ撒かせておったのじゃ」
左右散り散りに退避した傭兵集団は「へへ、尻尾巻いて逃げるぜ。だが報酬分の仕事はしないとなァ!」とばかりに、攪乱幕を放出していたのでした。
「こちらの攪乱幕は無色透明――敵さん、それに気づかなかったのじゃ!」
メカロニアに撹乱幕の技術があれば、共生知性体連合も同じテクノロジーを有しており、それは機械帝国のそれよりも優秀な物だったのです。
「味方を盾にするのではなくて、味方に盾を作らせたのですね!」
「ほっほっほ、そうじゃよ。自分を盾にするようなリスクを負うような傭兵や民間軍事企業じゃないが、敵の攻撃から避退しつつレーザーを妨害する気体を放出する程度の戦術は楽々こなす練度を持っておるからの」
そんな仕掛けがあったとは露とも知らなかったデュークは、不敵な笑みを見せる和尚の手腕に感じ入りました。
「あれ、そうなると――」
そこでデュークは、レーザーが使えないときにはどうすればいいかということに、はたと気づきます。
「もしかして、次は対艦ミサイル攻撃が飛んでくるっ?!」
「うむ、そうじゃろうな……ほぉ、対応が早い」
撹乱幕の存在に気づいたメカロニア軍は艦列をわずかに変更すると、対艦ミサイルの射出口をカパカパと開き始めていたのです。この切替の早さを見たトクシン和尚は「あちらの練度も相当のものだニャ」と呟きます。
「ふぇぇぇぇっ、あの数で撃たれたら大変なことになりますよ!」
万を超える艦艇から放たれる対艦ミサイルは、小惑星の一つや二つは軽く蒸発させ、下手をすれば惑星一つ爆砕することができるだけの火力を持っています。それが向かってくるかもしれないという予測にデュークは「十数万発のミサイルが飛んでくるぞっ?!」と慄きました。
「ま、簡単にはやらせはせん――全艦に砲撃開始を下令するのじゃ! 先に叩く!」
「で、でも前方には撹乱幕が残っていますよ!」
前方には放出されたレーザ撹乱幕がいまだ健在であり、デュークは「こちらのレーザーも減衰しちゃうから効果がないのでは?」と思います。相手の重ガンマ線レーザーを防御するそれは、同時に共生宇宙軍のそれをも封じ込める壁となるでしょう。
「ああ、ワシらは砲撃せんよ?」
「え?」
「ほれ、両翼を見てみ。すでに準備は整っておる」
「あっ!? 左右に逃げた部隊が、いつのまにか陣形を再編成している?!」
この瞬間、多層構造陣を形成しその後左右に分断された形になっていた傭兵と艦艇集団は、両翼を機動してメカロニア軍を半包囲するような布陣を取っていたのです。
「まさか、逃げを打ったのも作戦だったんですか?」
「その通り」
和尚は「薄い艦列を左右に避退させていたのは敵を誘い込む偽装でな。逃げ散った各隊には頃合いを見て砲撃を仕掛けろと命じてあったのじゃ」と説明しました。
そしてトクシン和尚が「手当たり次第にレーザを放て!」と命じると、一瞬ののち両翼集団の各艦艇に搭載されたレーザー砲からギラリとした眩い閃光が放たれ、ミサイル攻撃に移りかけていたメカロニア軍に重ガンマ線レーザーが投射されました。
「ちょっと砲撃が遠いですね……」
「じゃが、このタイミングならば――」
対するメカロニア軍は量子レーダーによりその砲撃を察知したものの、対艦ミサイルの発射口を開いた状態では防御力が著しく低下していました。
「通ってしまうのじゃ!」
「発射直前のミサイルが誘爆してる?! ふぇぇ……なんてすごい爆発だ!」
着弾点を観測していたデュークは、メカロニア艦艇の装甲がバキバキと爆ぜ、融解し、そして爆発する光景に目を丸くすることになるのです。
「ほっほっほ、大破、撃沈合わせて1000隻は行ったかの」
「こ、ここまで読んでいたのですね!」
トクシンお書が見せた艦隊戦術のお手本のような作戦に、デュークは「すごい! これがラトウィッジ戦法か!」と、カークライト提督とは一味違った和尚の手腕に感じ入りました。
「じゃが、火力集中が甘かったようじゃニャァ……」
敵に大打撃を加えたトクシン和尚ですが、少しばかり不満げな表情を見せると「これ以上は無理筋というものか」と呟いてから、こう続けます。
「ふぇ、まだ敵は混乱をしているのでは?」
「いや、すでに立ち直りつつあるニャ」
雨あられと降り注ぐ重ガンマ線レーザーにより大打撃を受けたメカロニアを眺めた和尚は「多少は指揮系統が乱れたが、僅かな時間じゃったのぉ」と冷静な判断を下しました。
「ほんとだ! すでに艦列が整いつつありますね。あれだけの打撃を受けたら、普通は乱れるはずなのに……あっ、損害を受けたフネを見捨ててるじゃないですか!」
機械帝国の艦隊は被害を受けた艦艇を切り離し、救助することもなく、残ったフネで新たな艦列を再構築していたのです。冷酷非道なメカロニアならではの戦術行動といえるそれにデュークは「酷いなぁ」と思いました。
「メカロニアらしいやり口じゃが……なるほど、これが辺境軍閥とは違うメカロニア中央の正規軍ということか。実に手ごわいニャ」
そう言ったトクシン和尚は「本当ならば、叩けるだけ叩きたいところじゃが」とわずかの間、目を瞑ります。
「ここに正規艦隊、それも第一艦隊がいてくれればのぉ」
トクシン和尚は在りし日の第一艦隊、そしてその参謀長であった頃を思い出します。この時配下に共生宇宙軍の最精鋭の第一艦隊がいたならば、和尚はまよわず再攻撃を行い戦果を拡大するところだったのでしょう。
「ほっほっほ、無いものねだりは禁物禁物。それにこれはこれで面白き戦じゃな」
彼の手元には寄せ集めの集団しかいませんでしたが、それだけにあらゆる手管を用いて敵に一撃を加えるという難題は、彼の指揮能力を示していました。
「先発部隊を潰し、後続も1000隻以上は狩ることができた。まずまずじゃ」
デュークたちはメカロニアとの初戦において、僅かな損害を元手に3000隻程度の敵艦隊に打撃を与えたのです。敵艦隊の星系内降着を許したもののこれはかなりの戦果といえるでしょう。
「反撃が来る前に下がれと命じるのじゃ。ワシらも一旦下がろう」
「はい、わかりました!」
和尚は「これ以上の無理は禁物――」と隷下の艦艇に後退を命じたのです。
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