第276話 同じ手
「傭兵A集団および民間軍事企業B社を前方に」
初戦から半日後、トクシン和尚はまたもや縦深を取った多層構造陣を展開してメカロニア軍を迎え撃っています。
「前方集団、左右に分離しました。和尚様……これって、さっきと同じ戦法ですよね?」
半日前の戦いと同様の光景に、デュークは「同じ手が通用するのかな?」と思うのです。それに対してトクシン和尚は「まぁ、見とれ」と言いました。
「あ、メカロニア軍が艦列を左右に割りました」
「むっ、前方集団を的にしておるな?」
機械帝国軍はその手に乗らぬとばかりに、左右に避退した前方集団に食らいつこうとしているのです。
「これじゃ味方が捕捉されてしまいます! 僕ら本隊で援護しなくては。レーザーが効かないなら、ミサイルを使って――って手持ちがありません!」
デュークは前方にバラ撒かれているであろう見えない撹乱膜を抜ける攻撃をすべく対艦ミサイル攻撃が必要だと思いましたが、彼には手持ちのミサイルがないのです。でも、和尚の考えは――
「最後列艦艇、全艦超長距離レーザー砲撃開始。目標右舷前方、機動中の敵艦。即時発砲、即時発砲!」
というものだったのでした。
「ふぇ、この位置だと撹乱幕の効果範囲ですけれど……」
デュークは「撹乱幕にじゃまされてレーザーは敵を叩くだけの力がないはずじゃ」と思いながらも。「準備ができたものから、すぐに撃て」という命令に従います。
ジュガガッ! ジュガガッ! と重ガンマ線レーザーの射撃が開始され、デュークの残った砲身を大事に冷却しながら「それっ!」と砲撃を加えました。
そして10秒後――減衰するかと思われたレーザーはなんの干渉も受けることなくメカロニアの艦艇に突き刺さり、多数の爆発が生じるのです。
「ふ、ふぇぇ? レーザーが通りましたよ?!」
「ほっほっほ、今回は撹乱幕を展開しておらんのじゃ」
和尚は「同じ行動を取れば同じ罠を使うと思うじゃろ? そこが付目じゃ」と呵々大笑しました。右舷前方を機動していたメカロニア軍はレーザー攻撃がないと踏んでいたらしく、重ガンマ線が飛来すると列を乱して進撃の手を緩める他ありません。
「じゃが、不十分。我らはこのまま右舷前方の敵軍に火砲を集中する」
「で、でも、左の味方に取り付きそうな敵はどうするのですか、あちらは手つかずですよ。このままだと味方が危ないことになります!」
「なぁに、それも想定どおりだニャ。手つかずの戦力を叩き込むぞい」
と言った和尚は「帝国軍には帝国軍じゃ」と続けます。
「ふぇ、帝国軍に帝国軍って…………あ、ペンギン帝国の予備隊か!」
デュークが艦首をぐいっと捻って後方を確かめると、彼の後背に潜んでいた予備隊――飛べないトリ達の近衛艦隊が左舷に流れつつ、砲列を並べて今まさに超長距離砲撃を行おうとしていました。
「ほっほっほ、準備は万全じゃな」
「あっ、撃った!」
トリ達の艦隊は相当なレベルで統制された一斉砲撃を開始します。その中心となっているのは、通常のガンマ線レーザー砲の何倍もの輝きを放っていました。
「あ、あれはっ?! 中央のあの砲は一体何ですか、凄まじいエネルギーです!」
「種族旗艦”フリッパードエンペラ”搭載の多段重ガンマ線収束砲”アイスペッカー”じゃ。あれは要塞砲レベルのパワーを持つと聞いておるニャ」
アイスペッカーは、重ガンマ線レーザー砲を数十門ほど束ねた艦砲であり、大変な威力を持っていますが、和尚いわく「バカ高いお値段の上、運用コストがアホみたいなことになる。戦艦を十隻揃えた方が安くつく」ということでした。
「さすがは共生知性体連合の中でも有数の経済力を持つフリッパード・エンペラ族と言えようて。共生宇宙軍の正規艦隊でも艦載の要塞砲クラスなんぞ持っておるのは極稀じゃ」
「へぇ……すごいなぁ」
デュークは「僕もああいうの欲しい……かな?」などと思いながら、着弾観測をしていると、ペンギン艦隊から放たれたレーザー砲撃は左舷前方の敵軍にギャリギャリと食い込み、多数の爆発を発生させるのがわかります。かなりの距離のある射撃とはいえ、デュークたちの後背に潜みながら砲撃諸元の精度を高めていたのでしょう。
「ほっほっほ、さすがはトリの皇帝直轄の最強戦力ペンギン帝国近衛艦隊5000隻――実戦経験は少ないものの練度は相当なものじゃな」
「でも、あの距離で良く砲撃が通りますね」
和尚は砲撃効果にご満悦になりながら「重厚な防御陣も動かしてしまえばな」と説明しました。和尚の策により、堅牢無比な陣形を持っていたはずのメカロニアには隙が生じていたのです。デュ―クは「なるほど、そうやって敵を動かすのも一つの戦法なんだ」と納得します。
「あ、敵が退いて行きますよ」
「ふぅむ……そうくるか」
そこでトクシン和尚はこれまでのメカロニア軍の動きを思い出し「ほぉ?」と呟きました。
「こちらの動きにハマっているようで、その実すぐ再編成しておる。これは……損害覚悟でこちらの手の内を暴くつもりじゃな。有り余る戦力があるからこそできることじゃが」
「スターラインが追加で来てます……敵の戦力がどんどん増えてます」
この戦いの間、デュークは量子レーダーを常に稼働させ――星系外からは断続的に敵の戦力が追加されているのを知っているのです。龍骨に見えないプレッシャーがジワリとかかるような気持ちになったデュークは「和尚様、このままじゃ、打つ手がなくなるのですか?」と尋ねました。
そんな彼に対してトクシン和尚は「ほっほっほ!」と呵々大笑してから、こう続けます。
「安心するがよい、デューク君。痩せても枯れても引退したとしても、ワシは共生宇宙軍随一の策士よ。まだまだ策は捨てるほど持っておるぞよ!」
「おお……」
デブ猫といってもいい位の福々しい見かけの彼が快活な様子でそう言うものですから、デュークはなんとなく「ありがたや、ありがたや」と思ってしまいます。
「あ、でも、和尚様って、痩せてもいないし、枯れてもいませんけれど!」
「ほっーほっほ! 引退してから相当肥えたからのぉ!」
デブ猫なトクシン和尚はやはり福々しい表情を見せながら、呵々大笑するのです。その様子に周囲の将兵たちも、指揮下にある傭兵や民間軍事企業のメンバーも大変な安心を覚えたことでしょう。トクシン和尚は共生宇宙軍元中将で、栄光の第一艦隊参謀長、そして軍大学の最上級教授であった男なのです。
しかしこの時、トクシン和尚の笑みの奥には別の思考が働いていました。「敵の動きが単調すぎる」と考えている和尚の経験とその軍略家としての思考は――「常に備えよ――備えなれければな」という結論に至っていたのでした。
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