第277話 一応の戦果

 チタデレ星系において、メカロニアの進攻を食い止めるべくデューク達が奮戦すること2日が経過しています。


「和尚様、敵が後退していきます!」


「さすがのメカロニアもやっとこ息切れじゃニャ」


 トクシン和尚は使い方の難しい傭兵やら民間軍事企業の集団を使わざるを得ないという状況にも関わらず、ありとあらゆる手段を用いてメカロニアを足止めし、また痛撃を加えていました。


「カークライト殿が敵後方を襲撃してくれておるのもありがたい」


「敵後方を遮断していた味方部隊ですね。補給線を叩いているのですよね?」


 本来カークライト提督の部隊は、デューク達がメカロニア艦隊を食い止めている間に、後方より急襲するという鉄床戦術のハンマー役を担う予定でした。ですが、敵の防御が手堅いことを知った提督は、あえて戦術を変更し、敵後方の補給線を潰すことを決意、これを実行していまいした。


「ほっほっほ、主力を叩くのは効率が悪いと見て、補給線にシフトするとは目の付け所がシャゥプじゃのぉ。臨機応変とはこのことじゃ」


「えっと……補給線を潰す……メカもご飯が食べれなければ、戦うことができなくなるということですよね」


 補給線を寸断されたメカロニア艦隊は、デューク達の攻撃を諦め星系外縁部へ撤退を始めていたのです。


「ふむ、だが一応の戦果というところ。メカどもは再編成が終われば、またやって来るだろうて」


「何度やってきても、叩きノメしてやるだけです。いっそのこと追撃をしたらどうでしょうか?」


 デュークが随分と勇ましいセリフを口にします、トクシン和尚の指揮もあり、防衛戦を乗り切れるという自信がそれをもたらしているのですが――


「ほっほっほ、勇ましいことだが――戦略目標を誤ってはいかんぞ? われらは主力がくるまで持ちこたえればいいのじゃぞ」


「は、はい、和尚様――あ、その主力から定時量子通信が来ています」


 デュークの副脳に「第三艦隊主力はあと20時間以内にチタデレ星系に到着」という報告が入ってきました。


「分艦隊およびペンギン帝国星系軍は、前動継続せよとのこと!」


 それを受けたトクシン和尚は「よし、ペンギン帝国のスイキー殿下に連絡を取るのじゃ」と指示を出しました。時をおかずしてデュークと予備隊であるペンギン帝国星系軍旗艦フリッパード・エンペラとの間に通信が確立されます。


「スイカード殿下、そちらの状況はいかがな?」


「和尚様の指示通り、予備隊は消耗を最低限に抑えていますから、あと数日はやれる計算です」


 和尚が継戦能力について尋ねると、飛べないトリ――ペンギン帝国皇太子スイカード・JE・アイスウォーカーは、クワッカッカッカ! と、快活な笑みを見せながら応えました。


「しかし和尚様、あの手この手のエゲツナイ戦い方でしたな」


 スイキーは「このスイカード、感服するのを超えて言葉もありません……というか、さっきのあれはなんですか!」と鳴き声を上げます。


「あっちに移動しろと言われたら、知らんうちに予備隊が囮になっていましたぞ!」


「ほっほっほ、効果は絶大、その上損害はなかったから問題なかろうて」


 和尚は予備隊を囮にするような仕掛すら用いて、メカロニアを翻弄したのです。それは大変効果的な作戦で、敵が撤退を決意する最後の一押しとなっていました。


「まぁ、それはそうですが、せめて先に言っておいてください。あの時は本当にヒヤヒヤしました。まったく、心臓に悪い」


「ふむ、敵を騙すにはまず味方からというからの」


 トクシン和尚は福々しい笑顔の奥に冷徹さと悪辣さ果断さを程よくミックスさせた優れた作戦家としての顔を持っているのです。


「ほっほっほ、これも軍略というものじゃ」


 和尚があっけらか! と笑うものですから、スイキーは「うへ、この坊さん、見かけと違って中身は悪人だぜ」とぼやきを漏らします。


 とは言え、和尚の手練手管の甲斐もあり、共生宇宙軍正規部隊ならぬ傭兵と民間軍事企業の雑多な集団は、メカロニアの軍勢をあの手この手で引き付け、ここチタデレ星系での防衛を完遂しつつあるのですから、軍人であるスイキーとしては「かなわんなぁ」と、練達の指揮官の頭脳に感服するところ大でした。


「しかし、海千山千の傭兵や民間軍事企業をよくもまぁこれだけ働かせられますね」


「そこは殿下の持っておられるお財布の力が大きいがね」


「私のではなく、オヤジの個人資産ですが」


 ペンギン帝国星系軍はメカロニアの進攻への戦力派遣に際し、艦隊編成と運用資金にペンギン帝国皇帝の個人資産の一部を流用しています。それは平均的な星系における一年分の予算に匹敵するという凄まじい額でした。


「溜め込み過ぎなんですあの糞オヤジ。息子には僅かな小遣いしかくれんのです」


 トリの皇帝は指先一つで、惑星どころか星系まるごと買い上げるような財力を持っていますが、息子には必要以上のお小遣いを与えることはしていません。それを知ってか、知らずかトクシン和尚は「ほっほっほ、それも親心というものじゃニャァ」といつも通りの福々しい笑みを浮かべます。


「とはいえ、息子さんの初陣に万を超える艦隊を与えると言うのは大変に豪気なものだニャ」


「クワカッカッカ! 艦隊を出したのは主要種族の責任の一環ですからな。なにせ、10パーセント分上乗せで税金を収めることが必要なのです」


 連合執政官を排出した種族は主要種族と呼ばれ、連合の中でも枢要な立ち位置になるのですが、税金を他の種族よりも多く提供する義務があるのです。


「今回の費用、皇帝陛下は個人資産から捻出しています。これも民の負担を減らすため――息子には吝いですが、あのオヤジ金の使い方を知っています」


「ほっほっほ、良い領主どのじゃな」


 そんな和尚とトリの皇太子がそのような会話をしている中、デュークは艦首を捻りながら「お金……税金……ううん?」と、なにかに気づいたような、ぼんやりとした感じでゴリゴリと龍骨をねじります。


「デューク、どうした外から見えるほど艦首が捻じれてるが?」


 龍骨の民の装甲はある程度のフレキシブルさを持っているのですが、デュークの場合それが顕著であり、彼が艦首を捻っていると傍から見ていても「このフネ、ひどく考え事をしてるなァ」とわかる程捻れがはっきりと見えるのです。 


「あのね、僕ら龍骨の民も主要種族って聞いたことがあるんだ。でも、僕たちあまりお金持ってないんだ。それなりのお給料をもらっているけれど、ほとんど母星に回す資源に消えるって……じゃぁさ、僕らってどうやって税金を支払っているのだろう?」


 龍骨の民はデッカイ宇宙船なので、軍のフネにせよ民間のフネにせよかなりのサラリーが入ってくるのですが、経済観念がうっすい種族なので財テクもしていませんし、給料の多くはマザーへ向かう資源に回されます。


「お前やっぱフネなんだなぁ」


 デュークの言葉を聞いたスイキーは「龍骨の民って、どうしてこうなんだろう?」と思っていると、スイキーは「税金は労働や戦力の提供でもいいんだ。つまり、お前さんが身を粉にして働くこと自体が税金になるんだぜ」と説明してくれました。


 共生知性体連合と龍骨の民の間には龍骨の誓約といわれる条約が結ばれており、生涯の多くを連合船籍のフネとして過ごすことで税金を収めている形になっているのです。


「それぞれの知性体にあった形での納税ってことさ」


 そして実のところ、それはある意味他の種族よりも税金を沢山収めているようなもので、それを相殺するべく、軍ではご飯食べ放題となり、民間では資源購入の際ディスカウント価格が適用されることになっていました。


「へぇ……そう言う仕組みなんだ」


「トリはお金を、フネは労力と戦力を提供する――ま、拙僧などは僧伽になってから一度も収めておらんがの。ほっほっほ!」


「いいなぁ、お坊さんは税金かからんものなぁ」


 共生知性体連合では政教分離政策が取られているため、ガチめの宗教法人は無税でした。そこでスイキーは「俺も税金対策に宗教法人立ち上げるかな」などとつぶやきます。


「ほっほっほ、やめておいたほうが身のためじゃぞ? エセの宗教法人を作るとマルサがやってくるぞよ」

 

「げっ、あれに睨まれたら種族代表ですらお縄になるって、あのマルサがですか?!」


 共生地生体連合の徴税は中央AI中央委員会配下の独立組織――共生知性体連合税務局が担当しています。そしてそこには共生徴税査察官Messenger And Receive of Symbiosis――その略称からマルサと呼ばれる怖い人達がいるのです。


「へぇ、連合ってそういう組織もあるんだ…………」


 などとデュークが感心していると――


「あ、カークライト提督から通信です……。あれ? 電波強度が高いぞ。映像はいります」


 これまで敵後方での運動を行っていたカークライト提督から通信が入ったのです。

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