第278話 交代に向けて
「カークライト提督、映像通信が可能な距離に戻られたということは後方遮断は中断ということですかニャ?」
「はい、散々補給線を叩きましたが、さすがに敵も対応を始めましたもので」
カークライト提督は「2000隻程度ではこれ以上は無理でした。とはいえ、取り急ぎダミー艦隊をばら撒いておきましたから、あと数時間は敵を釘付けにできるでしょう」と現状を簡潔に説明しました。
「ほっほっほ、ここにきての数時間は大きい。チタデレ星系の縦深を用いた時間稼ぎを用いれば、問題なく主力が到着できますぞ」
「はい、そして主力が入ればこの星系の防衛は盤石となるでしょう」
和尚と提督の言う通り、共生宇宙軍第三艦隊主力はあと10時間もすればチタデレ星系に到着しようとしていました。その戦力は全てが正規艦艇ですから、強力無比な打撃力と防御力で、数に勝る機械帝国軍を相手に優勢に事を進めることができるでしょう。
「そうなると、あとは他星系への進攻への対処が問題ですが。ペンギン帝国以外の星系軍も後詰に入りつつある頃でしょう」
「ふむ、共生宇宙軍の他艦隊からの戦力移動もあるはずだニャ。デューク君、共生宇宙軍の動きは入っとるかニャ?」
「ええと、第二と第四艦隊から抽出した機動派遣部隊が急行しているとのこと。あれれ? 第四艦隊ってキノコの駆除をしているはずじゃ……?」
そこでデュークが「あの危ないキノコを放置していいのですか? 宇宙船にも寄生するような、危ない奴らなのに」と素朴な疑問を口にしました。
「ほっほっほ、それは第四艦隊分艦隊の一つの事じゃな」
和尚は知性を失ったキノコ族はたしかに危険な生物ですが、そのコントロールは第四艦隊の一部で十分コントロール可能であると説明しました。
「ふぇ、そう艦隊構成だったんですねぇ」
「共生知性体連合の宇宙艦隊――第一から第四の正規艦隊、訓練艦隊である第五艦隊、そして執政府直属の近衛艦隊を合わせた六艦隊の規模や構成は艦隊ごとにかなり違うからのぉ」
「第四艦隊は10個の分艦隊を有し、一部の分艦隊は連合の何処にでも展開ができるように配備されているのだ」
そのような知識は共生宇宙軍の高級軍人であれば、当然持っているべき知識ですが、この時のデュークはまだそんなことは知らなかったし、知る必要はありませんでした。
「しかし、第二艦隊にも機動派遣部隊が設置されておったのか……」
「ええ、和尚が引退された後に設置されています」
トクシン和尚が引退してから既に10年は経過しています。軍の編成に大きな変更はありませんが、様々な変化が生じているのです。
「ふむ、そうなるとまた宇宙軍に変化が起きるか」
「ええ、これまで共生知性体連合と機械帝国の間にあったメカロニア辺境軍閥というある種のバッファーゾーンがなくなりましたから」
今回の事態により連合と帝国中央とは直接接触することになっているのです。当然執政府はこれに対して手当を行うはずなのです。
「ま、それは私には関係の無いことですな」
「ほっほっほ、提督は緊急招集された予備役――主力に防衛線を引き継げばお役御免じゃからのぉ」
提督は緊急事態のために予備役から引き戻された人物なのです。好き好んで戦場を駆け巡る戦神の僧侶と違い、チタデレ星系に正規艦隊が入ればまた野に下るのが当然でした。
「そうか、提督は民間の船長でしたな。ですが、メカの脅威はまだまだ残っていると思うのですよ? 提督みたいな人は軍に残ってくれたほうが安心なのですがねぇ」
ペンギン帝国星系軍であるスイキーは「星系軍が出張るような事態にならないよう、やつらを見張っていてほしいものです」と言い、こうも続けます。
「それにメカロニアに対する反攻作戦もあるかもしれませんよ?」
スイキーはトサカを斜めにしながら質問します。メカロニアの進攻により、いくつかの連合準加盟星系や友好的な星系が落とされています。
「それはない、執政府は勢力圏の放棄を選択するだろうね。あそこまで勢力圏が拡大しているのは、もともと150年ほど前の勢力伸長政策の名残なのだからな」
「ああ、それは歴史の授業で学びました。それで今回、裏で勧めていた大疎開計画が発動――そういうわけですか」
過去に何が行われたかはもはや過去の歴史というものになっていますが、現在の共生知性体連合は専守防衛を旨とする政策を行い、一朝事あれば直ちに大疎開を行えるように準備を進めていたのです。
「おや、執政府と軍の高官レベルの秘匿事項だが殿下は知っているのかニャ?」
「一応、オヤジは執政官ですし、私は執政官候補生ですから」
そんな会話が続いていると――――ガコンッ! という音と共にデュークの艦体が少しばかり揺れ上がります。
「うん、デュークからの映像通信が乱れていますが、どうされましたか?」
「突然艦体に動揺が走ったのじゃが……む、これは内部からだの」
「おっと、デュークの艦首がネジ曲がっていますぜ」
外部からデュークを捉えているカメラには、彼の艦首がウニョンという感じでネジ曲がっている様子が映っていました。
「おいおいデューク。なにをそんなに艦首を捻っているんだ。外から見てるとへし折れそうなくらいだぜ」
「いや、あの、ちょっと……話についてゆくのが……大変で……龍骨が」
この分艦隊にいる間、何事も経験と様々なものを見聞きし、難しいことを考えると龍骨がネジネジしてしまうという生きている宇宙船の本能を抑えつけてきたデュークですが、話が戦術から戦略的なものになったところで限界を迎えたようです。
「艦首の装甲をひしゃげるほど、捩じっていたのか……痛そぅだな」
「ふむ、装甲板が薄くなっている影響かもしれん」
船乗りとして長い経験を持つカークライト提督は「疲労が蓄積しているのだ」と告げました。
「ふむ、いかな龍骨の民とはいえ、さすがに限界ということか」
「ええ、他の艦艇もそろそろ無理がたたってきた頃合いでしょう。速やかに星系内を後退して主力との到着に向かいましょう」
このようにしてカークライト提督率いる分艦隊とその指揮下の艦艇は、大きな損害を出すこともなくメカロニアの攻勢を押しとどめ、第三艦隊主力との邂逅に向かうことになったのです。
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