第279話 第三艦隊本隊来る

「量子レーダーに感有り! 方位、隣接星系方面――位置は星系最外縁に指し抱えています!」


 デュークの視覚素子が一筋の光の流れ――恒星と恒星との間に掛かる量子的な繋がりを用いたスターラインの先端を捉えました。トクシン和尚はそれを見遣りながら「数はいかほど?」と尋ねます。


「レーダー上の数は5000を超えてます!」


「艦隊主力の先遣隊だニャ。トラップした粒子を光学系に伝送して艦種識別するのじゃ」


 和尚から「艦種を特定せよと」と命じられたデュークは量子レーダーからもたらされるデータを副脳にインプットして、通常空間で見えるような形に変換しました。


「えっと、この反応…………あれ? これって小型艦ばかりですよ。フリゲート艦以下の反応しか見えません!」


 量子レーダーが捉えたボート群の航跡を見つめた提督はそれがどうしたと言わんばかりの口調で応えるものですから、デュークは「あんな小さな艦艇が艦隊主力の先遣隊だって?」と目を丸くするのです。


「僕、艦隊主力って大型艦ばかりだと思ってました……」


「ほっほっほ」


 彼の視覚素子が捉えたスターラインは数は多いものの大変に小さく、フリゲート艦よりも小さないボートのようなものや、中には戦闘艇レベルのフネとも言えぬようなものすらあったのです。


「ふむん、確かに小く見えるのぉ」


 デューク「あんな小船ばかりが援軍に来たってなんの足しにもならないぞ……」と落胆の色を隠せませんでした。恒星間戦争における標準的な戦闘艦のサイズは少なくとも100メートル以上であり、それ未満の艦艇は補助戦力としてはともかく、艦隊戦の主力にはならないのですから仕方がありません。


「だが、それはあれらが恐ろしいほどの力を持っている証拠なのじゃぞ?」


「ふぇ……あんな小さなフネが……?」


 拍子抜けした感じの少年戦艦の様子を他所に、トクシン和尚は「視覚素子を伸ばして、よく見るのじゃ」と諭します。


「は、はい」


 眼の前のスターラインをよく見てみろとの指示に従うと、小さな艦艇群はなにやら霧のような物に覆われているのがわかります。


「なんだかモヤモヤしている感じがしますね……」


「このデータを使って解析するがよいぞ」


「これって共生宇宙軍の艦種識別データじゃないですか。なんでこんなものを持っているんですか?」


 トクシン和尚から受け取ったデュークは「これって軍事機密じゃ……なんでこんなものを」と尋ねると、和尚は「蛇の道は蛇といってな。あ、詮索は無用じゃ。ほっほっほ」とふくよかな顔に笑みを浮かべました。


「……まぁいいか。このデータとあれを照合してっと」


 なんだか面倒くさそうな事情があるようだったので、それにデュークはそれ以上立ち入ることなく、共生宇宙軍艦艇のシルエットデータ――重要な軍事機密であるそれを用いて、副脳を使ってフィルタリングします。すると、すぐさま


「…………あっ、これって!」


「ほっほっほ。重力震に備え、総員耐ショック態勢を取るのじゃ!」


 デュークが声を上げると同時に、和尚はニヤリとした表情を浮かべながらスパリとした指示を出し、全艦がそれに対応をした瞬間、スターラインの航跡がシュッとかき消えズン! とした重力震動を巻き起こり、5000隻以上の軍艦が姿を表すのです。


「あ、あれボートなんかじゃない、あれは巡洋艦と駆逐艦だ!」


 恒星間航法の最終段階であるラインアウトが完了して現れた軍艦はどこからどう見ても立派な軍艦であり、共生宇宙軍のシンボルマークを輝かし、その上「か、完全武装の水雷戦隊――?!」とひと目で分かるほどの剣呑な武装を明らかにしていました。


「重武装の水雷戦隊……あのモヤはカモフラージュだったんですね!」


「彼らは既に戦闘配置についているかのぉ。セオリー通りスターライン中のカモフラはお決まりじゃ。その上、最新鋭の量子支援艦がついているらしいの。味方の目まで盗むと、最近の宇宙軍は進んでおるのぉ」


 スターライン中の艦艇はその隠蔽性を相当に失う状態に陥ります。でも、連合の正規艦艇の中にはそれを欺瞞するような機能を持つ特殊艦が存在し、その隠蔽フィールド能力によって恐るべき秘匿性を展開することができるのです。


「5000隻の隠蔽フィールドかぁ……で、でも、ラインアウトする時の重力震はこれみよがしでしたけれども? あれじゃ敵にも伝わります」


「それが目的なのじゃ。存在を見せつけておるのだろうて」


 和尚は「軍艦というものはその性能をあまりひけらかすことはないが、プレゼンスの意味合いを含めた行動と見た」と説明し、こうも続けます。


「しかも5000隻の同時ラインアウトを一糸乱れず行いおった。これは相当な練度を持っておる。ふむ……艦隊本部はそう考えておるのか」


「意味が良くわからないのですけれど……とにかく凄い練度の部隊なのですね」


「それはそうじゃ、あれは第三艦隊の第一・第二水雷戦隊だろうて。最精鋭も最精鋭、ほれ、分艦隊に派遣されていた水雷屋がおったろ? あれの母部隊じゃ」


「水雷戦隊……あの飢えた狼みたいな人たちの……」


 ゴルモア星系防衛戦において、分艦隊に配置されていた水雷戦隊は第三艦隊から派遣された、いわば駆逐分艦隊というべきものでした。その実力については、数度に渡る襲撃行動とその戦果を知っているデュークが疑問を挟むことはありません。 


「自らに倍する敵がいようとも、喉笛を食いちぎるまでは死なぬという狼たちが5000隻――」


「うわぁ……」


 水雷戦隊とか駆逐戦隊とか、そういうものに苦手意識を持っているデュークは、龍骨をブルブルと震わせました。


「そして、これは本隊の露払いに過ぎないのじゃ。後続するスターラインをよっくと見るのじゃ」


「後ろの…………」


 後続してくるスターラインに気が付いたデュークですが、目をまん丸くして「ふぇぇぇぇっ――――!?」と驚きます。


「な、なんだあれ?!」


 彼の視覚素子が捕捉した恒星間航法が作り出す光の流れは、これまでに見たこともないほどに大変巨大なものであり、到着側の星系にいるデューク絡みたらまるで満天を覆うが如き様相を見せていたのです。


「凄まじいスターラインです。さっきのとは比べ物になりません! それにこの巨大な光の玉のような形って……」


「2万隻は下らぬ第三艦隊本隊。それがスターライン航法を行いながら即時対艦戦闘を前提とした高密度密集陣形を取っておる。連合の正規艦隊だから当然とは言え、頼もしいものだの。ほっほっほ」


 熟練の指揮官でもあるトクシン和尚でしたが「ふっ、あの数でよく統制が取れるものじゃ」と少しばかり舌を巻くような表情を見せました。


「さてさて、そろそろ降りてくる頃合いじゃぞ」


「2万隻以上のラインアウト、ですか……ゴクリ」


 光の奔流と化した第三艦隊本隊はチタデレ星系の外縁部にスルスルと近づき――デュークは「ふぇぇ、こんな大部隊が降りてきたらとんでもない重力震動が起きるぞ……注意しなくちゃ」と龍骨を引き締めたのです。

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