第27話 大きな淑女の里帰り
内部からは、定期的に強力な重力ビーコンが明滅し、宇宙に浮かぶ灯台の様相を呈していました。この人工天体は、他の星系からジャンプしてくる宇宙船を誘導し、管制する宇宙ステーション――”エントランス”と呼ばれる物です。
中心にある航宙管制室では、航宙管制官がジャンプアウトを管制しています。彼らは龍骨星系には珍しい現役のフネでした。
「フネも少なく、あと少しで当直も終わりか……ふわわっ」
「フネが少ない――そういう時にこそ、事故やイレギュラーが起きる」
彼の横に座ったフネが、ポツリと独り言を漏らします。それは艦齢50歳余のベテランである航宙管制艦ソールズベリでした。
「すみません……」
「軍では24時間ぶっ続けで管制をすることもあるのだ。さぁ気合を入れなおして――――――そら来たぞ。両翼座方面に”先触れ”を探知だ」
ピ……空間がわずかにゆれて、タキオン粒子がエントランスの量子レーダーに届きました。
先触れとは、超空間を
「両翼座方面? この時間に定期便は無いはずだけれど」
ロッシは
「所属はコスモス重水素、船名はネイビス……龍骨の民だな。季節外れの里帰りってところかな?」
「うむ、今はオフシーズンだからな」
里帰りとは、現役船が
「そろそろ音声通信が可能になります」
「ふむ、呼びかけてみよう。こちらエントランス――貴船の目的は?」
ソールズベリはジャンプアウトしてくるフネに向けて、タキオン粒子を用いた通信装置で尋ねました。
「エントランス、こちらネイビス。10年ぶりの里帰りなの。仕事にかまけて、なかなか帰ってこれなかったけれど、やっと戻れたわ」
艶のある声からすると、その主はいまだ若いフネ――それも女性のようです。
「ねぇ、そっちは”晴れ”ている?」
晴れているか―—ジャンプアウト地点や進路上に障害物は無いかという問いかけでした。
「完全にクリアだ。問題なく降りられるぞ」
「ネイビス、了解」
そのようなやり取りがなされて数分が経過すると、ソールズベリが、カウントダウンを始めます。
「カウントダウン20・19・18・17。縮退炉、星系内モードへ移行せよ。14・13・12・11、航路をリンクせよ。7・6・5・4・3、ジャンプアウト、
ソールズベリが許可を出すと、ほんのわずかな間をおいて、空間を揺るがす重力震発生します。するとそこには、ドン! と500メートルほどの巨大な船が姿を現しました。
「ほぉ、500メートル級か、大きいな」
「図体ばかりデカくて、いやになるのだれどねぇ」
大型の油槽船である女性のフネが、コロコロと笑いました。
「さぁて、早くネストに帰りたいわね。航路指示をお願い」
「そうだな航路は比較的空いているが……」
早く故郷へ帰りたいと声を漏した彼女は、大量のコンテナをカラダに括り付けていました。それらはネストに持ち帰るお土産なのです。
「早く帰りたいのはわかるが、このルートを使うのだ」
「あら、随分遠回りじゃない」
ソールズベリは、彼女の巨体と荷物を考慮した最適かつ安全なルートを通告していました。航路を確認したネイビスは、少し不機嫌そうな声を上げました。
「安全第一、念のためだよ。故郷に戻ったからって、気を抜かないように」
ソールズベリがやんわりと諭します。その電波の声は、ベテランだけ持つ強さと優しさが同居したものでした。
「仕方がないわねぇ」
「よろしい」
ネイビスが了解したことを受けて、ソールズベリはフッと肩の力を抜きました。そして彼は、里帰りをする同胞に、こう告げるのです。
「おかえりなさい、
そんな会話がなされてから、十数時間が立った頃です。
「くぁぁぁ、ねむぃ……」
長い通常航行に入ったネイビスを、強い眠気が襲っています。
「まだ先は長いのよね……少し寝るかぁ」
彼女は自動航行のコマンドを副脳に打ち込んでから、瞼を閉じました。しばらくすると、大きな口が半開きになってゴガガ……とした鼾が漏れ始めます。
口の端からは推進剤のよだれが漏れてもいます。周囲に異性が絶対にいないことを確信した
寝言も聞こえてきます。
「ああん、そんな……」
ネイビスが夢で誰かとの逢瀬をしているようです。龍骨の民の男女は繁殖活動こそしないものの、気の合った
「いやぁん、もっと~もっと~」
夢の世界にいる彼女から、さらに艶やかな声が聞こえてきます。実のところ、このネイビスには男性経験が全くありません。多分、副脳に収めた恋愛小説のデータがバックロードされているのでしょう。可哀そうなフネなのです。
「ふがっ……」
しばらくして、ネイビスが起き出します。
「はっ、誰かに可哀そうって言われら気がするけれど……ま、いっか」
彼女は前方の航路を確かめ、そろそろ減速の頃合いかと思い、推進剤への圧力をほんの少しだけ上げました。
「ラジオが聞こえるところまで来たかしらね」
ネイビスは、ひょいと高利得アンテナをマザーの方角に伸ばし、星系ラジオの電源をいれます。微弱な電波を拾った彼女は、副脳で補正してから龍骨に流しました。
『龍骨星系の天気をお伝えします。主星が穏やかで柔らかな日差しを見せているこの数日。きょう一日、静穏な状態が続くでしょう。恒星風の速度は昨日まで400km毎秒ほどでしたが、今日はやや速度を上げて450km毎秒。磁気嵐の影響はほとんどありません。一方、やや活発なコロナホールが恒星の中央へ向かって動いています。このところの良いお天気も、今日明日までとなりそうです。明後日からはお肌の調子に気を付けてください』
マザー上空のステーションにあるラジオ局から、お天気の情報が届きます。
「よかった、今日はまだ穏やかな
恒星から放たれる太陽風は強いエネルギーを持っています。生きている宇宙船たちにとっては、それほど危険なものではありませんが、あまりに強い場合は、
星系内天気予報を聞き終えた彼女は、周波数を切り替えました。
『航路情報、航路情報。本日、マザー周回軌道では、一時間あたり20隻ほどの
遠足――それは、幼生体が初めて星系内航行を行う、大事な儀式でした。
その他の航路情報を確認し、安全を確認したネイビスは、子どものころよく見ていた子供向けの番組に周波数を合わせて、音声データを拾います。
『強大な人類至上主義者の軍が襲い掛かる! 哀れなフネたちは魔の手にかかってしまうのか? だが、そのとき、待たせたわね! と、軽やかな声が響くのだ! 次回予告――”スノーウインド、大暴れ!” 連続ラジオ活劇”幸運の船”、この番組はネストの光は明るい光――龍骨電機。
無駄に力のはいった次回予告と、提供者のナレーションが流れると、ネイビスは「ふっ、龍骨星系に帰ってきた実感が湧くわね」と思ったのです。
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