第28話 故郷(ふるさと)近くの光景
「次の番組は確か――」
周波数をそのままにしておくと、次の番組が始まり、チャンチャラチャララチャチャッ♪ 軽快な音楽とメロディーが鳴り始めます。それはネイビスが幼生体の時分に、面白げに視聴していたことのある”お笑い番組”でした。
「あ、これってまだ続いてるんだ」
『みなさーん、お元気ですかぁ! 龍骨亭
「何代目だったかしら、この司会者。宇多”丸”師匠から数えて、ええと――」
と、ネイビスが龍骨を捩じりねじり思い出そうとするのですが、宇宙に出てからはときどきしか見ていなかったもので、ちょっと思い出せません。
番組の中では、帆柱
「メンバーが結構替わっているわね。座布団運びのフネは代ってないけど」
座布団運びは小柄な駆逐艦あがりですが、重巡のような名前のタカオとかいうフネで、大よそのメンバーよりも軍歴も芸歴も長いという老骨艦でした。
『さて、今日は龍骨川柳――生きている宇宙船らしい悲喜劇を川柳にしていただく、こういった趣向でいきましょ~~! おっと泥船さん、手が早い!
”酒
うはは、今日はお酒お休みなんですね。皆さんも休肝日、大事ですよ~~。さて次は――はい、海舟さん! なんだか苦し気に胸を押さえていますが?
”恋に落ち、高鳴る
おやおや恋なんですか、老いなんですか、どっちで苦しいんですか。まぁ、ご自愛、ご自愛。はい、次の方――天測さん、何かを忘れたって?
”乗り出して、星図忘れた、漂流記”
迷い船ですかい。八分儀の名前が泣きますよ、しっかりしてくださいな。お次は――砲さんだね、どうしたどうした、なんだか口惜し気じゃないか?
”大砲の、鳴りより強い、口の撃”
口喧嘩で負けちゃったって? 戦艦のあんたが、それじゃ駄目だよ。座布団一枚取っちゃって! よし、残った方で――じゃぁポンコツさんからいこう。
”陽を浴びて、こくりこくりと、フネを漕ぐ”
陽だまりでうつらうつらするのは最高ですよねぇ! おし、満帆さん――
”酒飲みは、いつも船酔い、二日酔い”
く、酒クセェ……おめぇさん、酔いどれ船じゃねーか。泥舟さん見習ったほうが良いよ。そりゃエタノールは推進剤にもなるけどよぉ。飲み過ぎはいかんよ。
さて、最後に、俺っちもネタを披露しようかね。
”飛んで行く、希望の星は、涙星”
随分と可愛がってきた子どもが、恒星間世界に旅立ってな……飛んでゆく子どもの光が涙で滲んで星になっちまったんだよ……ぐすっ。
だけどアレだね、フネが星の世界に旅立つ――天に昇るってのは成長の証だからよぉ、嬉しい話だよなぁ……おっと、そいつがこの番組のタイトルだったぜ! ってなところで、本日の”昇天”はこれにてお開き――』
――また来週という司会者の声を聞いたネイビスは、最後はグッと締めてくるのはさすがね、などと思いながらネストへの最終進路を確認しました。もう、マザーの公転軌道にかなり近づいているのです。
「おや、アレは――」
そんな彼女の眼にプラズマジェットの長大な輝気が見えました。それはスルリとした加速を行う一隻の船です。
「こわごわ飛んでいるわね、あれは幼生体だわ」
彼女がレーダーを調べると、やはり装甲板を持たない幼生体の特徴的な電波反射が返ってきます。近くには萎びた感じのする装甲板からの反射もありました。
「ははぁ、
幼生体が放つプラズマの光が、バシッバシッと瞬いています。どうにも噴射が安定しないようです。そしてドン! とひときわ大きな輝きを見せると、急激な加速を始めました。
「あらやだ、暴走してる」
縮退炉を臨界させたはいいものの、推進器官をコントロールできずに、幼生体は急加速して老骨船たちからどんどん離れてゆくようです。
「老骨船は足の悪いのばかりか」
老骨船たちが慌てて追いかけていますが、凄まじいパワーで飛ぶ幼生体に追いつくことができないようです。
彼女の龍骨には
「レスキューできるのは、私だけか…………よし、こちらネイビス! メーデーを受信したわ。そこの幼生体大人しくしてなさい!」
ネイビスが救難活動を決意し、幼生体に向けて電波通信を放ちます。
「荷物が邪魔ねぇ……あとで回収できると良いけれど……」
幼生体の加速、そのベクトルに合わせるには、里帰りのお土産――希少な鉱物や珍しい食べ物などが邪魔でした。でも、彼女は惜しげもなく、荷物のほとんどを放出します。そしてネイビスは、全力でその巨体を推し進めたのです。
そして数時間後――――
「ゴルゴンじいさん! 子どもから目を離したらダメじゃない!」
「むぅ、すまんな」
ネイビスがゴルゴンを叱っています。
「テストベッツの常識船とか言われてるのに、あきれちゃうわ!」
「まぁそういうない。デュークの縮退炉を調整するために、ワシはエネルギーを使いすぎたのじゃもの……」
オライオは、かくかくしかじかと言い訳をしました。
「そっか、これだけデカイ子どもだものね。だけどさ、この子、ホントに子どもなの?」
ネイビスの目に映るデュークのカラダは、大型タンカーの彼女よりも大きいのです。
「3か月位前に産まれた子どもですぞ」
「うむ、我らが取り上げたのだが、産まれた時から大きかったんだ」
ベッカリアとアーレイは「あの時はびっくりしたなぁ」と口を揃えました。
「ふぅん。で、この子はデュークっていうのねぇ」
ネイビスは、「わたしはネイビスよ。宜しくね」と挨拶をします。
「ほれ、デューク。ネイビスにお礼を言うのじゃ。お前の”おばさん”にあたるテストベッツのフネじゃ」
「じじぃ――――! 誰がおばさんよ! 私はおねーさんよ!」
ネイビスが、オライオの失言を咎めます。彼女は三十路を少し超えたフネですから、おばさんと呼ばれるには微妙なお年頃でした。
「えっと、ネイビスおねーさん。ありがとう」
「ふふふ、デュークちゃんは、よくわかっているわねぇ」
デュークがネイビスに向けて、そう感謝の言葉を掛け舳先を傾けました。すると、ネイビスは丸みを帯びた視覚素子を細め、ニンマリとした笑みを浮かべます。
「さて、お土産を回収してこようかしら」
「お土産?」
ネイビスがお土産というコードを漏らしたので、デュークが「それはなんですか?」と尋ねます。
「特別な金属とか、珍しい食材ね。ああそうだ、ちょうどいいから、あなた回収を手伝いなさい。そしたら、あとでおやつにあげるから」
「え、ホントぉ⁈ うん、やるやる――!」
デュークは目を輝かせました。それを見たネイビスは、子どもというものはやっぱり可愛いものねと言うほどに、微笑んだのです。
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