第29話 権威ある船と龍骨星系軍

 ネイビスが里帰りしてから1週間ほどが過ぎたころの事です。龍骨星系の窓口であるエントランスで、航宙管制官ロッシが、あまり見かけない信号を拾いました。


「あ、このシグナルには、航路優先使用権限が含まれてる」


「ぬ、この”先触れ”はまずい! よしっ、私が担当するぞっ!」


 状況に気付いたベテラン航宙管制官ソールズベリが、管制を自分の制御下に置いて、このような警報を迷わず発令します。


「ジャンプアウト警報アラートっ! ジャンプアウト警報アラートっ! 管制官権限により、航路使用制限を宣告! 5番航路の各船は退避アボート! 退避アボート! 退避アボート!」


 ソールズベリは大出力電波を用いて、第5番航路でのんびりと星系内航行準備をしていた定期船を退避させました。


「5、4、3、2、1、ジャンプアウト、くるぞ!」


「ええ、もう降りてくるのかっ⁈」


 ズドン! と、大きな空間跳躍の波が龍骨星系に広がります。すると、全長500メートルほどの宇宙船を先頭に、大小の軍艦がジャンプアウトしてきました。


「うわ、手荒く降りてきたなぁ。あれは共生宇宙軍か?」


「違う、真ん中のフネを見てみろ」


 ソールズベリが指し示したのは、稀少元素レアメタルを惜しみ無く使用した白金の装甲板を持ち、シンプルかつスマートなシルエットを見せる宇宙船でした。


 船首には、光沢をもった素材でエンブレムが象られ、陽子プロトンを巡る電子エレクトロン――水素の原子モデルの周囲に、大小、剛柔、動不動、有無、という知性体の性質を表すレリーフが4原色に煌いているのです。


「連合紋章の下の文字を見ろ。RIQSと書いてあるだろう」


「連合執政府の船か!」


 エンブレムの下には、RIQS(レジスタロ インテルジア クオ シンビオシス)という4つの文字が刻まれていました。この四文字が刻まれるのは、共生知性体連合執政府所有の宇宙船だけなのです。


「もう一つのエンブレムを見てみろ」


「ええと、輝く天秤と大きな眼のマーク……まさか、共生知性体連合執政官?!」


 特徴的なそのマークは共生知性体連合の最重要人物を示していました。


「微妙に違う、天秤の腕が折れているから、前執政官プロコンスルだ。だが、どちらにせよ、御偉いさんだな」

 

 共生知性体連合の執政官は、数多の種族を束ねる調停者として強い権力を持っています。引退したのちも、長年の功績により様々な特権を有するものでした。


「しかし……龍骨星系に何をしに来たんでしょう」


「聞かないほうが良いかもしれんが――――聞かぬ訳にもいくまい。執政府船、そちらの進路と目的を伝えられたし」


 ソールズベリが行き先を訪ねると、「エントランス。我らはマザーのあるネストに向かう」と、端的な回答が返ってきました。


 続けて、執政府船は「最短距離航路を使用、龍骨星系軍に伝達」と通告します。どうじに前執政官をの載せた船を中心に、装甲に覆われた軍艦で囲み始めました。


「は、速い、なんて練度だ!」


「執政船の護衛は、共生宇宙軍の中から選抜された練度の高い部隊が務めるんだ。コンスルフリートと呼ばれる手練れてだれだぞ」


 彼らの目の前で、大小の艦船は、さらさらと流れる砂が堅固な岩となるように短時間で陣形を整えました。


 そして「コントロール、発進する」と一方的なメッセージを告げると、執政府船とその護衛はマザーに向って急加速を始めたのです。


 マザーに向かった執政府船の一団は航路を最大船速で駆け抜けると、周回軌道の少し手前で急減速しました。彼らは識別符号と電波を盛大に漏らしながらマザーに近づきます。


 その進路の上では、雑多な艦船が艦首を並べて待ち構えていました。100隻ほどで構成されているそれらは、戦艦や巡洋艦、駆逐艦およびフリゲート、すくなからぬ支援艦で構成されています。


 マザーを守護する――母星を護る星系軍でした。


 龍骨星系にいるフネは、ほとんどが老骨船か幼生体だけですから、星系軍は老骨船ばかりで構成されています。若かりし頃、戦場を駆け巡った軍艦を中心に編成されているその艦隊は、老骨親衛隊とも、近衛艦隊とも呼ばれていました。


 戦艦――戦場の王であり女王たるフネは、400メートル以上の大きなカラダに、大口径ガンマ線レーザーや荷電粒子砲を備えています。彼らの肌は、皺が寄って錆が浮かんでいるものの、往時を思わせるどっしりとした装甲板です。


 重巡洋艦――大型のクルーザーである彼らは、300メートルほどのカラダに備わるミサイルの発射口をパタパタと小気味よく開閉させて、調子を確かめています。一部の重巡は、戦艦に匹敵するほどの主砲を持っていました。


 軽巡洋艦――彼らは、250メートルほどのスマートな体を見せています。大きなフネたちとは違い、軽やかな身のこなしが身上のフネたちでした。


 駆逐艦とフリゲート――小さめのカラダを持った彼らは、巡洋艦よりもさらに身軽で小回りの利くフネたちです。


 正面戦力としてのフネ以外にも、多数の艦船が控えていました。それは兵站を支える補給船、長距離探査を行うセンシング船、電子戦に長けた電子哨戒艦などです。


 そしてその総勢100隻の艦隊は、それぞれ長い軍歴を持っている百戦錬磨のベテランで構成されています。


 老いて皺が寄り錆が浮かんだとしても、往年の猛者たちが100隻も揃えば、実に絵になるのです――――見た目だけならば。


「ああ、腰が痛い! はよ終わらんかな」


「こっちは、最近、足がシクシク痛みよるでな」


 居並ぶ艦たちは、電磁波でお互いにおしゃべりをしています。


「はよ、幼生体のところに戻りたいのぉ」


「そうだなぁ、うちはこないだ女の子が産まれたんだ」


「こっちは男の子ばかりだぞい。元気に暴走するから、大変なのだ」


「そういえば――ゴルゴンさんのとこ、大きな子供が産まれたんじゃと?」


 執政府船の事より幼生体、それが老骨船というものなのです。実のところ、彼らは持ち回りのボランティアであり、老人会の延長のような感覚で参加していました。


「ぐごご……」


「じい様、しゃんと起きれ!」


 ジュガッ! 居眠りをしているおじいちゃんに向けて、光学兵器をぶっ放すおばあちゃんがいました。コヒーレントな光がビシリと外殻に当たると、装甲板はほんのりとした熱を持つのです。


「はぅっ? 寝てないよ、目を閉じていただけ…………ぐごご」


 古びた装甲にペシリと受けた熱に、老骨船が目を覚ますのですが、すぐに眠りに着こうとするのが、老骨船なのです。呆れた顔をしたおばあさんは、もう一発レーザを当てて、おじいさんを叩き起こしました。


 そんな老人会には、ゴルゴンとオライオも参加しています。ゴルゴンは自分の意志で、オライオはくじ引きでアタリを引き当てたので強制的に参加させられていました。


「アタリじゃないぞ、ハズレじゃぞ。全くめんどくさいのじゃぁ」


 オライオは、ホント面倒くさいとぼやきました。


「その上、ボランティアのリーダーを引き当てたのじゃ、ハズレのハズレじゃ。日当がちこっと増えるだけでメンドウなのじゃぁ……ところで、ゴルゴン、なにを出迎えるのじゃ?」


「おお、ハイバーニアという船だ。識別信号は、RIQS0111だぞ。間違えるなよ」


「ああん? RIQSってこたぁ、執政府の船かいな。連合執政府がなんでまた龍骨星系に? まさか税務調査とかか……税金はちゃんと納めておるがのぉ」


「引退したばかりの前執政官殿が挨拶にくるのだ。そして、目的地はマザーというより、ウチテストベッツなのだ」


「前執政官じゃと……お前の前の仕事がらみじゃな」


「まぁな、ああ、見えてきたぞ」


 彼らは急速に艦船が近づいてくるのを確認して、仕事にとりかかり始めます。


プロトコル儀礼手順、プロトコル……このコードだったか。軍にいたときはカラダで覚えてたのじゃが、元首級の出迎えなんて、なかなかやらんからのぉ。ああ、これじゃぁ」


 オライオが記憶をたどりながら、お出迎えの為の手順を思い出し、そのコードを周囲の老骨船たちに流しました。


「皆の衆――このように並んでほしいのじゃぁ! やってくるのは前執政官だということだぞい~~キビキビ動いてくれい!」


 急減速を終えて巡航してくる宇宙船の集団が見えています。老いたフネたちは、やってくるのが連合の前執政官ということで、さすがにカラダをしゃっきりとさせて、列を揃えてゆくのでした。


「定刻通りじゃぁ! 一斉に敬礼するのじゃ!」


 老骨船たちはクレーンを動かして見事な敬礼を一斉に行います。カラダに搭載されている火器の口をしっかりと閉じて、外部に飛び出している兵装を上下に立てました。


 そうすると、彼らはまるで儀仗兵のようにも見えるのです。老いたりとは言え100隻が一斉に敬礼する姿には統制された美しさがありました。


 彼らは、お客人に電波のメッセージを一斉に放ちます。


「ようこそマザーへ! フラーレ・シンビオシス共生万歳!」


 共生知性体連合における汎用的な挨拶が、電波となって飛び交います。双方は軌道を合わせつつ儀式を続けました。


「護衛の方は、静止軌道ステーション向かって欲しいのじゃ。執政府船の随伴は一隻だけでお願いするのじゃ」


 オライオが、自治星系における外交プロトコルを伝えると、執政府船から「了解」と端的な光信号を返えってきます。


「ほいじゃぁ、ここから先はワシらでエスコートするからの。皆の衆はデブリ回収ゴミ拾いに行ってくれ~~い!」


 オライオが合図すると他のネストのフネたちは、ボランティア活動の主目的であるデブリ回収に向かいました。彼らはワイワイガヤガヤと、おしゃべりをしながら、それぞれが担当する航路に向かうのです。


「さぁて、手ごろなデブリを拾って、子どものおやつにしようかのぉ」


「つまみ食いしちゃだめよ?」


「ははは、わかっとるわ。可愛い子どもが優先だろうがよぉ!」


 龍骨星系の星系軍持ち回りボランティアのお爺ちゃんとお婆ちゃんたちとは、こういうフネたちでした。

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