第30話 宇宙の車窓から

 ゴルゴンとオライオが執政府船お客様を先導しているころ、デュークはネストの床に転がりながら、何十回目かの脱皮を行っていました。


「うんしょ、うんしょっと! よし、脱げた~~」


 引き伸ばされた柔らかな外皮が、デュークのカラダから剥がれ落ちて、ネストの床に広がります。彼がブルブルと震えると、体内に押し込まれていた部分がポコンと膨らみました。


 龍骨の民の幼生体は、このようにして、カラダを大きくしてゆくものです。そして、この時、デュークのカラダは550メートルほどへ成長していました。


「あ~~お腹が減ったぁ!」


「脱皮した後はお腹が減るものよね、これをお食べなさい」


 テストベッツの食料供給を一手に担う給食艦タターリアが、デュークに金属のインゴットを手渡します。


「いただきま~す!」


 デュークがぴかぴかと輝く10トンの鉄塊を口に放り込みました。タターリアがネストの溶解炉で丁寧に精錬し、純度を高めたお手製のご飯です。


「うわぁ押ししいなぁ。純度が高いんだななぁ」


「私も、ご飯!」


 100メートル級幼生体がデュークの横にふわりと浮んで、ボリボリと鉄を齧るデュークを羨まし気に眺めていました。彼女は老巡洋艦オイゲンがマザーに還った時に産まれた幼生体メーネです。


「メーネちゃん。さっき食べたでしょう」


「やだ~~もっと食べる~~、にーたんみたいにもっと大きくなる~~」


 メーネはデュークの大きさにあこがれて、その大きさに近づこうとしていました。


「あまりにも食べすぎると、栄養過剰でおかしくなっちゃうわよ。それにデュークと同じように食べたら、栄養過剰どころか、栄養で爆発しちゃうわ」


 タタリーアがメーネを宥めるのですが「でも~~」などと言って聞いてくれませんでした。駄々をこねるのは幼生体の特権なのです。


「それじゃぁ、僕の抜け殻をお食べよ。抜け殻には栄養分があまり含まれてはいないんでしょ」


「そうねぇ……それならね」


「わ~い」


 タターリアは、床に落ちていたデュークの薄い抜け殻をスパリと半分に切って、メーネに与えました。小さな幼生体は、嬉し気に抜け殻にかみつき、ハムハムと食べてゆきます。あまり栄養は含まれていませんが、幼いメーネには理解できないから、ちょうど良いのです。


「とはいえ、メーネもどんどん大きくなるね」


「この子も随分と大きなカラダで産まれたからね。でも、あなたの規格外っぷりにはかなわないわ」


「ふぅん、あそこにいるネイビスおば…………おねーさんもそうだったのかな?」


 デュークはクレーンをスっと伸ばして、一隻のフネを指します。デュークに匹敵するほどの大きさをもつタンカーが、ゴローンと寝っ転がりながら、炭素繊維のスナックをポリポリ齧っていました。


 彼女は液体水素が流れるパイプをくわえてながら、アンテナを伸ばして電波を拾って何かの映像番組を見ているようです。時折、ゲプッとした排ガスが聞こえるのは、気のせいではないでしょう。


「メーネと同じくらいだったかしらねぇ」


 ネイビスは、タターリアが里帰りしていた時に産まれた幼生体でした。


「ふぅん、メーネもああなるのかぁ」


「なってもらっては、困るわ」


 ネイビスは、少しばかり前からネストに里帰りしてから「有休を使い切るのだわ~! こ、これが働き方改革! 毎日が夏休みぃ!」と、良く分からない科白を吐き、1週間ほどもダラケタ生活をしているのです。


「実家にいる安心感とはいえ、他のネストのフネには見せられない姿だわ……」


 とてもだらしない格好で、毎日無為に過ごしているフネを見ながら、タターリアがため息を漏らしました。デュークが「おねーさんというより、おやじ臭い?」と思うほどなのです。


「もう、ネイビス、そうやってゴロゴロしていると、健康に悪いわよ」


「え――? いいじゃない、たまの休みなんだしぃ――」


「もう! お肌のケアはしないし、検診もさぼるし……そのままだと、ガタが早く来ちゃいますよ!」


「大丈夫――大丈夫――、あははは、龍骨星系のテレビっておもしろ~い」


 見かねたタターリアが窘めるのですが、ネイビスはどこ吹く風で、またカーボン製のプレートを口に放り込むのです。


「はぁ…………」


 生きている宇宙船たちがそんな会話をしていると、不意にネストの館内放送に、ビ――ビ――ビ――! と、アラートが響きます。


「うん? 初めて聞くアラートだよ」


「なに~これ~?」


「外からのお客様が近づいてきたんだわ――そろそろ、もてなしの支度に戻らないとね。ネイビス、お客様がくるのだから、ダラダラしてないで準備なさい」


 そう言ったタターリアはスルスルとネストの奥に向かいました。


「外からのお客ってなんだろう? ねぇ、ネィビスさん、知ってますか?」


「おきゃくってなに~~? おばちゃんおしえて~~」


 良く躾けられた幼生体と、そうでない幼生体がネィビスに尋ねるのです。ネイビスは口の端を微妙に歪めながら答えます。


「龍骨星系の外から、異種族が来たのよ。それもお偉いさんだってさ――テストベッツ総出で、出迎えするんだって」


「へぇ、異種族かぁ」


 デュークは、映像番組でクマ型種族や、それ以外の種族も見たことがあるのですが、実際に生で目にするのは始めてです。


「どんな姿をしているのかなぁ?」


「いしゅぞく~~いしゅぞく~~」


「あ――休みなのに――めんどいわ――」


 デュークは異種族について思いを巡らし、良く分かっていないメーネはカラダをフリフリさせ、ネイビスは面倒くさそうに排気を漏らしました。


 そんなテストベッツのネスト上空――マザーの周回軌道に乗った執政府船からシャトルが分離されます。


 ゴルゴンとオライオが先導する中、シャトルは急降下を始め、日時計山の麓にあるテストベッツのネストに真っすぐ向かってゆきました。


 降下軌道を取りながら速度を落としていくシャトルの前面には、二酸化ケイ素のガラスで作られた多重防熱コクピットが見えています。中では、平均的なヒューマノイドの姿をした、正副のパイロットが操縦をしていました。


「重力スラスタの精度が安定した。降下軌道、順調。定刻通り進行中――そろそろ、目標のクレーターが見えるぞ」


 主操縦士が手元のパネルを操作すると、ガラスの透明度が変化して、デュークたちのネストがある綺麗な円弧を持ったクレーターが見えてきます。


「綺麗なクレーターだな。真ん中にあるのが、日時計山だ。マザーの微小重力下で昔から変わらぬ姿を晒し、雄大にそびえ立つ自然が作り上げた芸術的な塔は、まるで日時計のごとし――」


「なんですそれは、共生世界観光ガイドの一節ですか?」


「今、俺が考えた」


「ははは」


 直径約80キロに渡る太古の雄大なクレーター、その中心に立つ日時計が落とす針のような影、シンプルでナチュラルなその姿に、パイロットたちは心奪われたようです。


「よし、機体を傾けてくれ。元執政官にも見せて差し上げようじゃないか」


「了解、角度修正」


 パイロットたちは、シャトルを降下させながら、角度を微妙に変化させました。するとシャトル後方にある個室の窓でも、綺麗なクレーターと日時計山の姿が映るのです。


 個室に備え付けられた豪壮な席から、その光景をジッと眺めている要人がいました。彼はクレーターを眺めて、何度も頷き、感心したように顎髭をさすっています。


「これがゴルゴンの故郷か……ふぅむ……」


 美しい姿を露にする雄大なクレーターを眺めて、髭を撫でるける要人は大変感慨深そうに目を細めるのです。


「なるほど――」


 そして、彼は胸の奥にある感情を漏らすようにして、こう言うのです。


「”実に汚らわしい穴蔵”だな! あの山などは、まるで銀河にそびえ立つクソだぞ! いやはや、実に実に実に汚らしい――!」


 美しい自然の造形美似向けて、前執政官は間違いようのない悪態を放ちました。そんな彼を乗せたシャトルがマザーの地表に近づくのです。

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