第31話 文化の違い
ネストの発着場にフネのミニチュアが集合しています。お客人は平均的な大きさの種族であることから、活動体でお迎えをすることになっていました。
「おっと、じぃさんたちが、戻ってきたわね」
天井の梁に掴まったネイビスが、半透明の素材を通して、ゴルゴンらが戻ってくるのを見つけます。
「整列整列――! 気圧の変化に備えろ――!」
ネストの面々は小さなカラダを並べ、綺麗に整列します。それに合わせて発着場の天板がゆっくりと開いてゆき、ネストに満ちている不活性ガスが外に吹き出して、発着場は真空状態になりました。
「おーい、皆の衆。お客人を連れてきたぞい!」
オライオとゴルゴンが降りて来て、するりと降着スペースにカラダを固定しました。その後から、シャトルが降下してくるのがわかります。
「あれが異種族のフネかぁ! 目測で100メートルもないな」
シャトルは降下速度を調整しながら、龍骨の民たちに側面を見せ、ゆるりとした着陸態勢に入りました。
「”共生知性体連合”の紋章――僕らの世界を意味する印だね。それにRIQSという文字に、何だけヘンテコなシンボルもついてるなぁ」
「あれは連合執政府を示しているのよ。天秤のシンボルは執政官様って覚えておけばいいわ」
デュークがあれはなんだろうと言うと、ネイビスが説明をしてくれました。
「執政官は、超偉い人なの。だから
「え、そうなのっ⁈ ひぇぇぇぇぇぇっ!」
デュークをからかったネイビスは、「冗談よ」と笑いました。
発着場では、着陸用の足を延ばしたシャトルが、するりと降り立ち、エンジンがシュウシュウとさせて、熱を落としてゆきます。
そこでデュークは発着場の天板が閉まっているのに気づくのです。同時に、床に備わったパイプラインから、ブワリと気体が噴き出すのを感じました。
「なんだこのガスは――不活性化ガスじゃないよね」
「酸素と二酸化炭素の混合物よ。お客様が呼吸するための特別な人工大気なの。私たち龍骨の民と違って、酸素とかがないと死んじゃう種族は多いから」
発着場の気圧が高まり、シャトルのエンジンが完全に停止して落ち着きます。乗降口の開放用装置がガチャリと音を立てて、
「さぁ、お出ましよ」
「異種族か、どんなだろうね!」
異種族の姿を想像するデュークの龍骨がブルっとします。扉がゆっくりと開くと、シャトルの中に人影が現れるのがわかりました。
すっと乗降口から顔を出し、白銀の輝きを持つ金属質の鎧を纏った2足歩行の生き物が降りきます。カラダと同じようにその顔もまた白銀に輝き、紅い眼は何かをうかがう様な光を放っていました。
「二本の足を交互に揺らして歩いてる! へぇ、あれが足のある種族かぁ。頭に目や耳とか感覚器官が配置されてるね。スッゴイ変な生き物だぁ!」
「そうね、たしかに私たちとは全然違うわよねぇ。でもあれが、一般的なヒューマノイド型ってやつなの。種族はなんていったかしらねぇ?」
ネイビスが船首を傾げていると、活動体に乗り移ったゴルゴンがスルスルとやってきて、このように教えるのです。
「あれは機械生命体の一種のリクトルヒという種族だ。種族の多くが護衛やら傭兵やらメイドやらとして、執政府に仕えておる」
「ゴルゴン爺ちゃん、おかえり! へぇ~~リクトルヒって言うんだ」
その後も続々と、白銀の鎧をまとったリクトルヒたちがスロープを降りてきます。総数は11名になるのですが、デュークには、その顔や体は全く同じように見えました。
「11個も同じ顔がならんでいるね。僕たちでいうところの
「異種族の顔は大体同じに見えるのだ。近くで見たら、微妙に違っているはずだ」
スロープを降りたリクトルヒ達は2列に並んで隊列を作り、手にした棒状のものを高く掲げました。クルクルと周囲を舐めていた赤い目の光が落ち着くと、突然リクトルヒのカラダから音楽が沸き起こります。
デーン、デーン、デン、デデデーン!
それはなにやら恐ろし気であり、随分と重厚で、荘厳な感触のある音楽でした。パパラパーン! とした管楽器やら、ドドーンとした打楽器の音が怪しく鳴りあがり、弦楽器は実に不穏気なメロディーを奏でます。
「うわぁ、なんだこれ」
「へぇ、これはリクトルヒが歌っているのね。すっごい威圧的だわぁ――どこかで聞いたような気がするのだけれど」
「シャトルから偉いさんが出てくるときのお約束だな」
プワァーーン! と、ファンファーレが鳴り響くと、シャトルの中からトーガのような衣服を身に着け、フードを被った人物が現れました。そして、タラップの上からゆったりと降りてくるのです。
トーガの端から覗くサンダルがグッと地面を踏みしめ、ヒューマノイドとしては随分と長身のカラダがグッと逸らされます。たくましく伸びた手が上がると、フードが巻き上げられました。
フードの中から現れたのは、鋭い光を打ち出す三つの眼でした。頭部全体を包むような二本の角が伸びてもいます。口元には立派な顎髭が伸び、白い面をスラリとさせていました。
「三眼の視覚素子だ! それに頭になにか生えてるよ! あれはアンテナかな?」
「あれは角というのだ」
三つ目の人物がその大きな角を振り上げました。そして何かを探るように眼光を右に左にゆっくりと横切らせ、長く伸びた耳をピンと尖らせると、大きな角を高らかに掲げるのです。
「ヤギ――――? なんだろうこのコード?」
「種族を判別する情報が浮かんだか。まぁ、あれはヤギ型種族だからな」
二足歩行のヤギは、口元に蓄えた白い顎髭をさすりながら一つ頷き、軽く右手を上げて指を二本立ててから歩を進めました。2名を残してリクトルヒたちがずずいと付き従います。
歩みを進めるそのヤギは、護衛されるのが当たり前――いや、そのような者が居ないかのような自然体でした。
「うわぁ、なんだか凄いぞ! あれが元執政官かぁ」
「滅茶苦茶、偉そうなヤツだわねぇ」
デュークとネイビスは、他者を圧するような、辺りを払うような威圧感――威厳というものをヒシヒシと感じたのです。
「ふむ、前執政官とは確かに偉いものかもしれん……だが、私にとってはただの古い友人だがね」
「え、友達なの?」
ゴルゴンは、あの人物はただの旧友だと言うのです。そのゴルゴンに向けて、ヤギが重々しい足取りで近づいてきます。
「であってから、70年来くらいかな? まぁ、何にせよ久しぶりではあるな。では、挨拶に行ってこよう」
ゴルゴンは何の気負いもなくスルスルと前に出ます。それを認めたヤギの前執政官は、口元を上げて満面の笑顔を浮かべました。
ゴルゴンの古い友人と言うからには、とても素敵な挨拶が行われる――デュークはそんなことを考えていると、前執政官の口がおもむろに開き――
「薄汚れたゴミ屑の大地に潜む忌まわしきガラクタが首を並べて我を迎えている!
なんと
貴様らの用意したこの瘴気の忌むべき匂いは激しい反吐を催すほどの嫌らしさぞ! 至高の高みにある悪魔の眷属の長がかような汚染地に入らなくてはならないとは!
怒りを持ってお前たちの龍骨を物理的にも精神的に激しく確実に打ち据えてやる!
知性体に備わる魂を真逆に捻じ曲げ足蹴にして宇宙の超重力源に叩き込んでやる!」
「ふぇ?」
デュークの聴覚素子が捉えた前執政官の言葉は、どう考えても呪詛そのものでした。それに対して、ゴルゴンはクレーンを広げてこう応えるのです。
「その生臭い野生動物のような知性の欠片も微塵も感じられない汚らしい山羊面!
宇宙中から集めた放射性廃棄物により禍々しく歪んだ気分の悪くなってくる角!
空虚な光を周囲に撒き散らしながら世界を汚染する外道な力を持った3つの目!
宇宙の片隅で生きながら腐るのがお似合いのバケモノが持つ矮小すぎる汚い翼!
外法をもたらす忌み嫌われた破壊の象徴のような激しく切り裂きたい汚れた髭!
共生種族が等しく認める悪魔じみた名前であり呪詛に満ち満ちている前執政官!」
「ふぇぇぇぇ?! ゴ、ゴルゴン爺ちゃんまで変な事言ってる!?」
ゴルゴンも前執政官を呪い殺すような言葉を放っています。古い友人たちの間で行われた挨拶は――罵りあいを超えて酷さでした。
「あわわわ」
前執政官はともかく、ゴルゴンが同じようするので、デュークは驚きを隠せませんでした。
そこで、これはどうしたことだろうと、彼が周囲の老骨船を見回すと皆一様に押し黙っています。
デュークが他のフネ達が、あまりにことに絶句したり、憤ったりしているのかと思ったのですが、微妙に違います。
老骨船達は、笑いをプププとこらえていたのです。それはネイビスも同様でしたが、彼女はこらえきれずに、吹き出しながら、デュークに説明をするのです。
「びっくりしたでしょ。あれが、あのヤギ型種族の正しい挨拶の仕方なのよ。”言葉の意味を逆にするのが礼儀"ってメンドくさい種族なの」
「えっと、それはつまり――」
つまり、汚物がどうたらというのは最上級の賛辞ということでした。前執政官は、なんともメンドクくさいコミュニケーションを取る種族なのです。
呪詛の応酬は続きます。「偉そうにするなこの連合の寄生虫め! お前税金無駄遣いしすぎだろ! この泥棒!」とか、「ええぃ、何を言うか、お前だって税金泥棒だったろうが!」とか、「もう違うわい――あれ……えっと、そうだった……ええい、この愚かなヤギめ!」とか、「ガタガタ震えながら命乞いをしろ! この前執政官様に跪け!」とか、「てめぇ、龍骨の民に喧嘩売ってんのか? 母星ごとヤギ型種族を焼いてやるぞ!」などと……。
「えーと反対の意味になるということは――凄い誉め合いをしたり、そんなことしないよってこと?」
「そうね、酷い言葉を使えば使うほど礼儀正しいことになるみたい。彼らの惑星は罵倒や呪詛で満ち溢れた素晴らしい所なんだって――共生世界観光ガイドブックに書いてあるわ。よっぽどのひねくれ者じゃないと、バカンスで行くのはお勧めきないけれどねぇ」
旧友たちの罵り合いが続きます。「ゴルゴン、お前は新兵時代、寝小便たれてただろ! この、えんがちょえんがちょ!」「ちょ、まて、それはホントのことじゃねーか!」「うるせ――!」「ぼけ――!」などと……。
「あの二人新兵訓練所の同期だったのね。あは、ゴルゴン老の言葉が、若いころの言葉になってるわぁ」
「訓練所? ふぅん」
とは言え、外交儀礼としてはゴルゴンの振る舞いは完璧なものでした。最後は旧友同士の真実の言葉が漏れていたような気がしますが、それも過去の良い思い出です。一息つくと、ヤギとフネはがっしりと抱き合い、久しぶりの再会を祝いました。
そんな彼らは言葉はともかく、とても中が良さそうなのです。
「ふわぁ……こんなメンドクサイ文化を持つ種族が宇宙にはいるんだね。共生世界にはあんな種族ばかりなのかなぁ?」
「大丈夫よ、あんなのはあの種族くらいものだから。まぁ、もし出会ってしまったら、”
デューク達がそんな会話をしている中、ゴルゴンはフッと排気すると旧友に向かって、このように言うのです。
「チェフォデラー、すまないがこちらの方はこれから普通に話させてくれ」
「ふむ――わが友が言うのであればしかたがない。そうするとしよう」
チェフォデラー元執政官はちょっとばかり眉根を上げると、普通の言葉で話し始めました。彼は文化的な感覚を長年の経験と訓練で抑え込むこともできるのです。
「普通に喋れるんだ」
チュフォデラー前執政官は、長いこと別の種族と接触していたこともあり、相手の文化に合わせるだけの努力ができるのです。でも、それは大変に精神力をすり減らす行為でした。
「お互いの理解には努力が必要なのよねぇ。そういう努力が、種族をも越えた友達を作る秘訣なのよ。デュークもそれを学びなさい」
「うん……理解と努力かぁ。そうすれば、異種族と友達になれるんだね」
デュークは、異種族との交流が楽しみになるのでした。
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