第26話 そしてフネへ
「では、始めよう」
デュークの目に覚悟の色を認めたゴルゴンは、龍骨を震わせて、このようなコードを放ちます。
「我らは生きている宇宙船、龍骨を持つフネである! マザーより与えられたカラダで宇宙を飛び回り、星の世界を征くフネである!
それは生きている宇宙船が持つ縮退炉を稼働冴えるための
「「「釜に火を入れろ!」」」
「うわっ、龍骨が震えたよ!」
ゴルゴンが
「よしよし、リミッターが解除されたな」
リミッターを外された龍骨は、縮退炉に向けてシグナルを送り始めます。すると、炉心の周囲に置かれていた複数の物体に変化が起こります。
「うくっ…………何かが、回転し始めたよ」
「縮退炉の炉心が動き始めたのだ」
炉の中にあるなにかが回転を始め、凄まじい速度で角速度を増してゆくのです。デュークは、自分の心臓の中で、これまで感じたことのない高まりを感じ、ただ慄くばかりでした。
「ど、どうすればいいの?」
「慌てるな、これはまだ予熱段階に過ぎん」
ゴルゴンは「起動フェーズの初期段階に入っただけだ」と言いました。回転を続ける物体は、炉心の中で徐々に本来の姿を取り戻してゆきます。
「うくっ……カラダが重くなった気がするよ」
「縮退物質の質量がにじみ出ているのだ」
デュークはカラダがガクンと絞られるような感覚を得ています。回転する物体は、量子状態を何百層何千層にも折り重ねた物質――縮退物質のパッケージだったのです。
縮退物質は、超対称性を持った物であり、次元の狭間にある物質を吸い上げながら質量を高める性質を持っていました。だから、相当の重量があるのです。
「だが、それは、炉自体が抑え込んでくれる」
「ほんとだ……収まってきた」
デュークの心臓――縮退炉には超構造体と呼ばれる物質が含まれています。重力子そのもので構成されていると言われるそれは、薄い被膜程度のものでしかありませんが、量子状態を変化させながら特殊な力場を発生させるのです。
「縮退炉が時空の折返しを始めたのだ。ここまでは順調だな……」
縮退物質の持つ質量を遮蔽する為にデュークの心臓は空間曲率を180度の角度とし、溢れ出る重力波の負荷を正反対の方向――炉心に向けるのです。
「あ、龍骨に、圧力値のコードが、流れてきたよ」
「始まったな」
デュークの龍骨に、91、92、93パーセントというコードが浮かび上がります。それとともに縮退炉の炉心では、圧がドンドン圧を上がってゆきました。
「ふぇ、96、97、98パーセント?! 何かが起きる……」
炉心の中心に押し込まれた縮退物質がグググググッと縮みます。それはなにかの予兆のようなものをデュークに抱かせました。
「現われよ――深く静かに全てを飲み込むもの。疾く露われよ!」
「ふ、ふぇえぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
ゴルゴンが、またもや祝詞をめいたものを唱えました。すると――
クギュゥゥゥゥゥゥゥゥン!
「う、うわぁ、これって――――?!」
――デュークの心臓が跳ね上がりました。炉心の中で異質な存在感を示す物体が、デュークの龍骨にゾワリとした感覚を伝えてもいます。
「縮退物質の一部が爆縮したのだ。お前の心臓の中にマイクロブラックホールが形成されたのだ。それが臨界だ」
臨界――縮退物質が爆縮することで重力崩壊を起こし、量子サイズの小さなブラックホーがデュークの心臓に発生したのです。
「えええええ、それって大丈夫なのぉ――――?!」
光すら飲み込む超重力源が体内に形成されたと聞いてデュークは慌てます。
「大丈夫、それもカラダの一部なのだからな」
「で、でもぉ……」
「落ち着け」と言われても、自分の中に重力崩壊を起こした物体ができれば、誰だって落ち着かなくなるものです。そして、マイクロブラックホールは、ある程度の大きさになると、ドクンドクンとした鼓動を始めました。
「うわわ、動いてる! 動いてる――!」
デュークは推進器官のノズルや放熱板をバタバタ――――! とさせました。良くわからない重力源が、自分の中でドックンドックン動いているのだから、仕方がありません。
「ふぅむ、重力波の遮蔽が完全ではないな」
「縮退炉のリンクも完全ではなさそうですなぁ」
脈動する縮退炉が、重力波を外部にバシバシと撒き散らしていました。ブラックホールの拍動を、縮退炉の超構造体が抑え込めていないのです。
「そいつは、気合で抑え込むのじゃぁ!」
オライオが「気合だぁ!」と電波を吐き出し、ブラックホールを制御しろと言いました。科学的制御とはかけ離れたやり口のようですが、龍骨の民は生きている宇宙船なのだから、それで良いのです。
「ひぃ……ひぃ……」
デュークはラマーズ法のような吐息を漏らして、必至に心臓を制御しました。すると鼓動が、落ち着いてきます。
「こ、これが臨界……じゃ、じゃぁこれで僕は――」
「いや、まだ終わっておらん。臨界突破しただけだからな」
デュークは、「フネになったのかなぁ? 臨界試験は終わりかな?」と思ったのですが、ゴルゴンは「終わっとらんよ」と言うのです。
「ま、まだ終わりじゃないの――――?!」
「ああ、エネルギーを生み出さないエンジンは、エンジンではないからな。これからが大変なのだ」
「よし、龍骨を伸ばすのじゃ――――!」
「キャパシタと蓄電池を確かめろ!」
「フライホイールの状態も大事ですぞ!」
デュークに向けて、老骨船が叱咤するように言葉を投げかけました。その言葉にデュークは龍骨がピンと張り詰めるのを感じ、カラダの各所にある生体器官を点検するのです。
「そうしたら、縮退炉に少しずつ液体水素を流し込め」
「えっと、こ、こうかな……」
ゴルゴンがカラダに流れる血液を炉に投入せよと言うので、デュークは龍骨をねじりながら炉心の中に自分の血液を注ぎ始めました。
するとシュウゥ…………キカンッ――!
「うぐっ……エネルギーが湧き出てくる――――!?」
落とし込まれた質量そのものがエネルギーに変換されてゆくのです。
「なんてエネルギーなんだ!」
エネルギーは主に電気の形で産み出され、デュークのカラダにフィードバックされました。彼のカラダに備わった多重立体蓄電池や、巨大なフライホイールがその力をグングンと吸収してゆきます。
「縮退炉のコントロールも忘れるな」
「ええと、こうかな? こうかな? あれれれ?」
次々に産み出されるエネルギーの処理にデュークはてんてこ舞いとなりました。縮退炉の制御も気合で行わければならないのだから大変です。
バリバリバリバリ―――――――!
「ぎょえぇぇぇぇぇぇ――――!?」
変換しきれなかった余剰電力がデュークの表皮――厚みを持った軟質のそれにまで伝わり、電気的衝撃が全身を覆いました。
「龍骨が、龍骨がしびれるぅ――――!?!」
デュークの体内では、龍骨も蓄電池の役割を果たしていました。強固でしなやかな材質で出来た龍骨の民の背骨は、莫大なエネルギーを溜め込む事ができるのですが――
「龍骨がぁ――――!? 龍骨が――――――――!?」
「いかんな、キックバックが強すぎるか」
ゴルゴンが見るところ、デュークの縮退炉はあまりにも多量のエネルギーを産み出しているのです。デュークの心臓は全部で12個もあるのですから当然のことでした。
「あばばばばばば―――――!」
デュークが奇声を上げ始めました。エネルギーでパンパンに張り詰めたデュークの龍骨はヒートし、ボルテージはマックスになり、怒髪有頂天にして、鼻からミルクを吹き出すような感じになっています。
「あぱらぱ――――!」
「いけません。龍骨が暴走し始めましたぞ!」
「熱を上手く処理できていいないのか?! このままでは龍骨が焼き切れねん!」
「うむぅ、さすがに負荷が大きすぎるのぉ……このままでは、縮退炉の制御までできなくなるぞい……」
デュークは「あぱぱぱ――――!」などと奇声を上げています。無意識の内に、カラダを制御してもいますが、限界が近づいていました。そして龍骨が余力を失えば、あとは縮退炉が暴走して、縮退事故――自壊する他ありません。
「ぬぅ、想定内といえ。事故が起きかねんな。よしっ、皆、パイプラインを使って、デュークの負荷を軽減するのだ!」
ゴルゴンの言葉を受けて、老骨船たちはデュークが産み出す余剰エネルギーの受け入れを開始します。
「行きますぞぉ――――!」
「良いですとも――――!」
「動け、老いたカラダよ!」
「ワシらに任せるのじゃ!」
彼らは勇ましい言葉とともに、それを開始したのですが――
「フィードバックに気をつけ――がはっ!」
「こ、これは、なんという――うげぇっ?!」
「あじぃぃぃぃぃいっぃいぃぃぃ! いでででででででっ!」
「何ですかこれは!? 死ぬほど熱いですぞ――!」
――デュークから産まれた熱とエネルギーは大変なもので、老骨達の老いたカラダをビシバシと鞭打つのです。
「体内コンデンサが爆発したぁ!?」
「放熱板の容量を超えますぞ! 冷却材がドンドンなくなりますぞ!」
「ぐあっ、龍骨にダメージがはいった……」
「心臓が――――!?」
老骨船たちの老いたカラダが大変な事になっていました。体内のコンデンサがボンボン! と爆発を見せ、全開となった放熱板は白熱し、液体水素が湯水の如く消費され、龍骨のガタが来た部分はバチバチと鳴り、縮退炉はズキンズキンと震えるのです。
デュークの産み出しているエネルギーはそれほどのものでした。それは老骨船の残り少ない寿命をも削ってたかもしれません。
「ぬぁ、第20蓄電群を放出――! あぎゃっ!」
「ひぎぃ! 放熱板が溶けますぞォ――――!」
「諦めるな――――ごほぉ……」
「ウボアァァァァアァ――――!」
そんな状態ではありましたが、彼らはガタが来たカラダを顧みず、残り少ない寿命を削りながらデュークのサポートを続けました。
「あぱぱ……あぱ…………あ、あれ?」
デュークの視覚素子に正常な色が戻ります。
「き、気がついたかデュークよ」
「う、うん。それより……大丈夫なの?」
デュークの周囲では老骨船達が身悶しています。なにが起きたのかを本能的にさっちした彼は、とても心配そうに尋ねました。
「ワシの心臓はまだ現役なのじゃ、大丈夫大丈夫!」
「ははは、コンデンサの10や20安いものだ」
「放熱板が歪んだだけですぞ……」
「龍骨が悲鳴を上げても、離す
そして、デュークが作りだすエネルギーは、次第に落ち着いたものになって来ます。縮退炉の制御と質量投下のバランスが取れて来たのです。
「よし、もういいじゃろ……」
老骨船たちが一斉にパイプラインを切断しました。
そこでまたもや暴走状態に入るかと思われたデュークのカラダは――――安定状態を見せています。老骨船の踏ん張りにより、デュークはカラダを完全に制御することに成功していたのです。
「カラダ中が燃えているよぉ!」
デュークは、おびただしいエネルギーがカラダを駆け巡っているのを感じています。連動する12個の縮退炉は、溢れんばかりのパワーを作りだしていました。総量は老骨船達4隻のそれを合わせたものを超えているかもしれません。
「あっ、
「よし、上手くエネルギーが伝達され始めたな」
デュークの推進器官にある液体水素の圧力が高まっています。
「走りたくてたまらない気持ちが溢れて来るよ!」
「ふはは、それがフネになった証拠なのじゃ!」
縮退炉を臨界させたデュークは、そのエネルギーを制御下に起き、プラズマジェットを噴き出す準備を整えました。それは彼が一隻のフネになったことを示しているのです。
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