第25話 フネになるということ

 老骨船たちはデュークから1キロほどの距離を取りました。それまで合わさっていた識別信号も分離されて、各々が持つコードが明確になってゆくのです。


 戦場工作艦ゴルゴン――”見通す眼光ザ・インサイト


 高速輸送艦アーレイ――”韋駄天ザ・スピード


 巡航客船ベッカリア――”華麗なる手管ザ・マジック


 仮装特務船オライオ――”魔船ザ・デビル


 デュークの周囲を遊弋する老骨達が、艦船種別、個体名、そして一握りの龍骨の民にだけに許される二つ名を高らかに告げるのです。


「我ら、いまだフネなり!」


 生きている宇宙船の老人たちは、自分がフネであると高らかに宣言しました。型が来て、皺が寄り、落とし切れない錆を持つ彼らではありますが、その声には現役のフネにも負けない力がありました。


 そして、ゴルゴンは、デュークに向けてクレーンを伸ばし、こう告げるのです。


「デュークよ。お前は龍骨の民であるが、お前はまだフネではない。宇宙を行くめに必要なものが不足しているのだ」


「ふぇっ…………何が足らないの?」


 突然の宣言に、デュークは龍骨を捩じって考えます。


「老いてガタが来たワシらですら、持ち合わせているもの――臨界する縮退炉、フネの肝がまだ出来ておらんのじゃ」


 縮退炉とは縮退物質を閉じ込め、マイクロブラックホールをその中核とする動力炉です。オライオの言う通り、その超効率のエンジンは、広大な宇宙を縦横に駆け巡る速度に達するために不可欠のモノでした。

 

「縮退炉を臨界させねば、フネたる存在とは言えないのです」


 幼生体であるデュークのカラダには、原子力電池、分裂炉や融合炉などのエネルギー源が備わっています。でも、それらは広大な宇宙を飛ぶには、いささか力不足でした。


「そうなんだ……」


 そのように説明するベッカリアの言葉に、デュークは納得します。


「さて、これから始めるのは”フネ”になるための儀式――縮退炉の臨界試験なのだよ。縮退炉を動かすことが出来なければ、フネになれない」


 アーレイは実に真剣な眼差しながら、縮退炉を動かすための試験を始めると宣告するのです。


「さて、お前はフネになれるだろうか?」


 ゴルゴンは大きな眼をすがめながら、ポツリと呟くのでした。


「えっと、大丈夫のはずだよね、僕だって龍骨の民なんだから……」

 

「普通ならば、そうだろう……だが、デューク、お前の場合は特別なんだ。お前には12個の心臓があるんだよ。それらをすべて臨界させて、同調させなければならないのだ――」


 高速輸送艦が、デュークのお腹の辺りを眺めながら続けます。


「失敗すれば、バランスを崩して縮退炉が暴走するかもしれない……くっ」


「え、えええ、そ、そうなの!?」


 デュークはこれまで、何とはなしにカラダの中の熱源を使ってきたのです。でも、本当の心臓にあたる縮退炉は別次元のものでした。


 彼の龍骨に「縮退炉の暴走、爆縮」というコードが流れます。


「”自壊”…………ふぇぇ、このコードは一体何なの!?」


 デュークは恐ろし気なコードに龍骨を震わせるのです。


「それは、龍骨が折れる可能性を示すコードだ」


 最年長のフネゴルゴンは、あっさりと口調でそう告げました。


「まぁ、安心しろい。ゴルゴンの計算ではな、事故が起きる可能性は数パーセント位なのじゃ」


「えええ、そんなにあるの? きょ、今日はやめにしない?」


 数パーセントというものは、結構起きそうな確率です。それが恐ろしい結果を産むのだとしたら、とてもやれることではないと、幼いデュークでも理解できるのです。


「だめだ、時間がたてばたつほど、未臨界の縮退炉は不安定さを増すのだ」


 ゴルゴンは、縮退炉を臨界させないと次第に重さを増して危険なことになるとつげました。


「そして前の龍骨は――縮退炉を起動させろと言っているはずだ」


 ゴルゴンがデュークの龍骨を見透かすように指摘しました。


「あ、星を掴めって――」


 ネストの外に出た時に龍骨に感じた感覚は、日増しに大きくなっています。


「カラダが少年期に向かい始めている証拠だな。それは、龍骨の民にとって実に自然な生理現象なのだ」


 生きている宇宙船の龍骨が発達し、宇宙を観測すると、そのようなコードが浮かんでくるのです。


「さぁて、怖がらせても仕方がない。危険性は減らすことはできるしな」


 ゴルゴンが、カラダの中から長いパイプラインを取り出し、デュークに投げつけました。ベッカリアもアーレイも同じようにして、太いパイプラインをスルスルと手繰り出します。


「それを咥えておけい!」


 オライオもバシュン! とパイプラインを射出して投げつけます。デュークはそれらをパクリと飲み込むのです。


「ふぇ……これって一体なんなの?」


「エネルギー供給ラインだ。お前の縮退炉に私たちの縮退炉を連動させて、事故率を下げるのだ!」


 ゴルゴンは大きな眼をクワっと見開きました。老骨船のカラダをバッファとして使い、デュークの縮退炉が臨界するのを助けると言うのです。


「老骨船とはいえ、4隻分のエネルギープールがあればいけるはず」


「縮退炉事故がなんぼのモノじゃ――、安心して”不運と踊っちまうハードラックとダンスのじゃぁ、グハハハハハ!」


「もしもの時は、私達4隻も一緒に逝きますぞ!」


「うむ、死なばもろとも、一緒にマザーに還ろう。龍骨も残らないほどに爆発するかもしらんが」


「ふぇっ、事故るのを前提にしないでよぉ!」


 老骨船たちの言葉に、デュークはちょっぴり不安になりました。老骨船のサポートがあっても、無視できない確率で事故は起きうるのです。そんなデュークに老骨船たちは、このような言葉をかけ始めます。


「フネの生涯には未知の航路を行くときも、戦場を駆ける時もある。危険とはいつも隣りあわせなんだ」


「流星群が飛び交う航路を行かねばならこともありますぞ。敵の侵攻が迫る惑星から住民をまるごと疎開させたり、宇宙超獣とバトルしたり、ものすごいデンジャーが待ち受けているのですぞ」


「じゃが、恐れてはならん、リスクを恐れてはならん! その様なものは食べてしまうのじゃ、龍骨で食べてしまうのじゃ! それが龍骨の民というものじゃ!」


 老骨船たちは、宇宙船とは危険と隣り合わせのものだと言い、それを飲み込むのだと諭すのでした。


 そして、ゴルゴンがこのように告げるのです。


「お前はフネに成りたいのだろう? ならば、危険もリスクもデンジャーも全て受け止めるのだ」


 ゴルゴンは「危うさというものは正しく認識して、必要ならばそれを龍骨の正面で受け止めるのだ」と続けます。「恒星間を行くフネにはそれが絶対に必要なのだ」とも言うのです。


「あああ、フネに成るって、そういうことなんだ……」


 デュークは龍骨の中でそれを理解しました。すると彼の強い龍骨は、それら正面から受け入れ始めます。


「それがフネなんだ!」


 白くて大きなカラダがブルリと震えました。


 それは決して怯えによるものではありません。デュークの龍骨は強いのです。彼のは危険に相対してなおそれと対峙し龍骨が勇み立っているのです。


 生きている宇宙船の武者震い――デュークは、生きている宇宙船に必要な心構えと覚悟というものを掴んだのです。

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