第24話 引継ぎ

 デュークが宇宙にポイっと放り出された時から、時間は少しさかのぼります。フネの医者であるドクがおびただしい錆が浮いたカラダを床に転がし、彼のカラダはすでに不要な物質を代謝できなくなるほどに弱っていました。推進器官はおろか、重力スラスタが稼働しなくなるのも時間の問題でしょう。


「だから、そろそろ着底の間に向かおうと思うのだ」


 彼の前には老骨船ゴルゴンがいます。ドクはネストの医者としての役割をゴルゴンに託す事を決めており、「お前への引き継ぎを終えるぞ」と否定を許さぬ口調で告げていました。


「各老骨船の健康管理は毎日行え。あまり宇宙で無理をさせるなよ。幼生体の成長記録は必ずとっておけ。ご飯についてはタターリアが管理してくれるが、そのデータを確実に貰うように」


「はい、ご飯の量は成長に影響しますから」


 幼生体を健やかに成長させるため、食べる食事の質と量はかなり厳密に計算されています。


「ふむ、あとは――――」


 ドクは懐にクレーンを伸ばします。指先がカラダの隙間に差し入れられグイと持ち上げられると壊れかけたヒンジがギシッっと音を立て、副脳が差し出されます。


「これが、長年引き継がれてきたメンテ記録だ」


 龍骨の民にはメンテ用のハッチが備わり、カラダの内部に手を入れる事ができ、場合によってはドクがカラダの中からバキバキと取り出したように記録保持用の器官――副脳を、他のフネに渡すこともできるのです。


「こいつは他船に引き渡すことで記録を継承することができる部品だし、曖昧なところのある龍骨と違って正確な記録を残すのに最適なものだからな。他のフネには触らせるなよ」


「ネストの財産ですね」


 ドクの副脳に入ったメンテ記録はカルテであり、たくさんの宇宙船達の成長記録から死に間際の言葉までが記録されている氏族の財産でした。古老から渡されたゴルゴンは文字通りそれを押し抱き「いただきます」とだけ言って自分の懐に収めます。


「よし、これで引き継ぎは終わりだ」


 ドクはそう言ってから「最後に質問はあるか?」と尋ねました。


「一つだけ」


「それは、デュークのことかな?」


 ゴルゴンが全てを口にする前にドクは察していたかのように応えます。


「あれは随分と大きく育ったな。で、そろそろ宇宙に飛ばすに出す時期になったが、縮退炉の事が不安なのだろう?」


「察しが良いですな」


 ゴルゴンが驚きを口にするのですが、ドクは「どうということはない。ネストの医者としては子供の成長が気にかかるというのは当然の事だからな」と言いました。


「莫大なエネルギーを産み出す縮退炉の成長はフネの性能に大きく関わる。我ら生きている宇宙船――多少のことであれば、外部から補正を行うことも可能だが」


「ですが、デュークには縮退炉が12個もあります。心配も数倍――私の古びた縮退炉が異常を起こしそうです」


 老工作艦はデュークのカラダが持つ12個の心臓に不安を覚え、彼の龍骨に言いようのない不安をもたらしていたのです。


「ははは、共生宇宙軍の技術大将を務めるどころか、恒星間統治の軸とも言われたお前”見通す眼光ザ・インサイト”でも不安を抱えるのだなァ!」


「何のことかよくわかりませんが?」


「腹黒、妖怪と呼ばれたお前らしいな……」


「ええ、そんな私でも、マザーの産み出す我ら自身については見えぬ事が多いのです。ブラックボックスが多すぎますよ」


「そんなことはわかっておる。それが我らがテストベッツの幼生体ともなれば」


 実のところ、マザーに関する事象については龍骨の民自身にも分からない事が多いのです。


「とはいえ、お前にもこれまで何隻も送り出した経験があるだろう?」


「たしかに、ですが今回はどうしても不安が募るのです……」


 そう呟きながらゴルゴンはカラダを震わせます。何隻もの幼生体を見守ってきた経験を持つ年経た老骨船が震えるのでした。


「くははははっ! 70過ぎたフネがそんな姿をさらすとはなァ」


「貴船に比べれば、まだ私は若造ですからね」


 ドクが笑いとともに排気を噴き出すのですがそれもしかたがないことです。なにせ彼はテストベッツの老骨船の中でも最年長の100にも届くかという古老であり、その彼からすると70半ばほどのゴルゴンといえど若造なのでした。


「ま、”四十、五十は洟垂れ小僧、やっと六十で半人前、七十まで過ごして一人前、八十九十でお勤め終えて、百まで待って星還れ”というところだからな」


「ううむ、さすがに大先輩にはかないませんなぁ」


「フン、わかっておるじゃないか――」


 生きている宇宙船はあんまり上下関係についてうるさくありませんが、30年も年が違えば、いろいろな違いが出てくるのです。


「だから何かアドバイスをしてやるかな。そうだな最近見ている夢のことでも話そうか。例のハッキリとした連続性を持つ夢のことだよ」


「それは死にゆく……船の記憶の事ですな」


「そうだ、お前もいずれ見るものだ――」


 それは生きている宇宙船が見る死にゆく前の走馬燈の話でした。年経た龍骨にフネとしての経験バックロードされて、さらに先祖の記憶や設計図が入ると――


「龍骨の民が死に際に見る夢だ。それは過去のストーリーのはずだが……これれが面白いことに最近見ておる夢は過去の話ではないのだよ。舞台は、未来のことらしい」


「ほぉ、未来ですか? そういうこともあるのですな」


 死に際の老骨の夢とは過去の記憶が呼び起こされるもののはずです。ゴルゴンは意外な思いを抱きました。


「かいつまんで説明するとこのような話だ。大きなとても大きなカラダを持った少年――厚い装甲と重武装を持つ大きな戦艦が星の世界に飛び立つのだ。彼は様々な種族と巡り合い、フネの仲間たちと宇宙を駆け巡りながら――どでかいことをやらかすらしい……」


 一息にそう語ったドクは「ふぅ」と排気を漏らしてから、こう続けます。


「お前が不安がっているから作り話をしているわけではないよ。龍骨に浮かぶ情報は紛れもない真実を伝えるものだからな。これはマザーが…………まぁ良い。信じるか、信じないかはお前に任せる。デュークのことも、ネストの老骨どもも纏めてお前に託すのだ……」


「はい…………」


 ゴルゴンは最早なにも言うことが出来ませんでした。


「ふむ、まぁいい。連合のかじ取りを握るほどの経験があるお前に、これ以上のことは言っても無駄だろう」


「まぁ、たしかに」


 言うべきことを言ったドクは「では、還るぞ」と言いました。そのようにして、ドクはしばらくの後着底の間で寝息を立て始めます。先達がまるで幼生体のようにすやすやと眠るのを見つめたゴルゴンは「託された、か」と、呟きました。


「いやはや、このようにして――――」


 そこでゴルゴンを閉ざし、自分の古びた龍骨をキリリと引き締め、渡された龍骨こころのバトンをしっかりと握りしめ、ヴォッォォォォォォンン!任された!と大きな汽笛をあげたのです。

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