第23話 放たれる幼生体

 加速をつけてマザーから飛び出した5隻は、ネストがあるクレーターを後にして、双曲線を描きながら高度を稼いで上空200キロに到達します。


ネストおうちが見えないや……」


 後方に飛びすさったクレーターは、円から楕円へ変わり、次第に細くなって地平の奥に消えてゆきました。日時計山の麓に見えていたネストは、もう直接視認することができません。デュークの龍骨に、なんとも不安な気持ちがよぎりました。


「大丈夫、ネストは逃げもしないのじゃ、それより重力スラスタを全開にして跳びつづけるのじゃぁ――!」


 オライオにそう言われたデュークは、お腹に力を入れてスラスタを吹かします。


 さらに上昇を続け、高度は450キロとなったところで、デュークは異音に気づきました。重力スラスタがシュルシュル……シュル……と、力を失ってきます。


「あれ? 加速が落ちて来たよ」


 しばらくすると、スラスタがフッと停止しました。


「ふぇぇ、完全にスラスタがとまっちゃったよ。それに変だよ、カラダがフワフワするんだ」


「ああ、この辺りのはマザーからは随分と離れているからな。この位置で受ける重力は、”約0.1メートル毎秒”程度。スラスタの稼働限界なのだ」


 ゴルゴンは重力スラスタを使うためには、一定の重力が必要なのだと言いました。


「それにな、加速によるGが無くなれば、色々と釣り合ってフワフワするものなのじゃ。これが、無重力ってやつじゃ!」


「自由落下というほうが適切ですぞ?」


「似たようなものだけどね。フワフワ――――ってするのはね」


 デュークは、老骨船の説明に、「へぇ~」と感心しましす。すでに速度は第一宇宙速度となり、マザーの重力を振り切って惑星間航行状態に入っていました。


「でも、スラスタが使えなければ――これからどうするの?」


 デュークは推進力がなくなったことに気づくのです。このままでは慣性の法則に従って、直進することしかできませんでした。


「そうですなァ。なにかにぶつかるまで、ひたすら待つしかありませんな。漂流する難破船みたいなものですぞ? ははは」


「ええええ――」


 ベッカリアが冗談めかした口調でその様な言葉を言うので、デュークは驚きの声を上げました。推進力が無ければ、今の速度のまま進路も固定されて、彼の言葉の通りにしかならないのは事実です。


「10年くらいで、隣の惑星に到着できるかもしれんのぉ」


「いやいや、進路が合っていないから、その先は小惑星帯ですかね。20年ほどでたどり着くのを期待しましょう」


 オライオとアーレイがこれまた軽口を叩きました。


「その前に私の寿命が来るだろうて…………と、冗談はさておき、ここからは本当の足で飛ぶことになるのだよ」


「足って、この推進器官のこと?」


 デュークは長く伸びたノズルをフリフリさせるのです。彼はまだそれを使って行動した事がありませんでした。


「そうだ、そこに縮退炉からのエネルギーを入れるのだ」


「縮退炉って、お腹の中で何かがムズムズして、ドクンドクンって音が聞こえるこれのこと?」


「うむ、それが縮退炉だ。さて、マザーからは充分距離を取ったな」


「周囲の龍骨の民には待避を勧告済みじゃぁ」


「近衛艦隊にも試験開始を通知済みですぞ」


「返信きました! ”初めていいよ~~!” とのことです」

 

「そうか、では始めるとするか――――」


 老骨船達が、デュークを他所になにかの試験を始めます。


分離パージ!」


 ゴギン! という音と共に老骨船達は一斉に結合を解除します。彼らはガスを吹かして、デュークから少しずつ離れていくのでした。


「ふぇぇ?」


 デュークはそのようにして、ただ一隻、宇宙に放り出されたのです。

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