第182話 執政官会議あるいはお茶会

 デュークが艦隊旗艦に任じられた頃、共生知性体連合首都星系――その中枢たる執政官会議室では、連合内外の様々な問題について、執政官達が討議をしています。


「あとからあとから問題が出てくるのぉ」


 メリノーシニア主席執政官が「めぇぇぇ……」とため息を漏らしました。執政官とは広大な連合全体を執政するのが仕事ですから、膨大な量の決定を日々行わなければならない激務なのです。


「バウワウ! 連合執政官は全知性体の下僕ですから!」


 主席執政官補佐のバウワウは、その名の通りの鳴き声を上げ「ご主人さまに仕えるんだワン!」と冗談めいた口調で言いました。法務担当の連合執政官である彼は、連合とその法に忠実な公僕として知られています。


「へっ、ご主人様――――民衆と言うやつだな。 執政官の務めを果たさなければ、民衆に吊るされちまうんだよな?」


 クワッ! クワッ! クワッ! 飛べないトリの執政官が翼を首に当てながら「やめろ! 余は皇帝なんだぞ! せめてギロチンにしろっ!」などと冗談を飛ばしました。彼はフリッパード・エンペラ帝国の皇帝でもあります。


「スンスンスン、吊るされたら楽になれるかなぁ?」

 

 げっ歯類の執政官ハムスが、机の上でクタッっと寝転びながら「疲れた――!」と言ってから、「吊るされてもいいから、もう冬眠させてよ……」と言いました。彼の種族は冬眠することで長い寿命を得ることで知られています。


「もっちゃもっちゃもっちゃ、強制的に蘇生されて、また働けと言われるのが落ちですなァ。あ、あと冬眠は不可です」


 反芻するウシの執政官ブルが、何事にも動じない鷹揚な姿勢でそう言い、「共生知性体連合執政官は、執政官であることを強制されているのですよ」と、真実を微妙に含むセリフを漏らしました。


「ウマじゃなくて、ロバに生まれればよかったかな? そうすれば仕事もらくだったろうにな。つーか、予算がたらんのだ! 足らんのだ!」


 ウマの執政官チェンタウロス3世は少し息切れをしていました。財務担当である彼は、いつも予算のことで頭を回しているのです。


「ふむ…………会議がれたな。少し休憩しよう」


 私語が増え、会議の雰囲気が緩んだの感じた主席執政官メリノーシニアは、気分を変える為に休憩を告げました。


「ええ、それいいですわね。では、お茶にしましょう」


 龍骨の民の執政官であるスノーウインドが、クレーンを掲げてパンパンと手を叩きました。


「失礼します」


 すると、フリルのついた可愛らしい給仕の服装をしたまばゆい白銀の肌を持つ機械生命体が10数体ほど現れます。彼女たちは、連合中枢に入ることを許された数少ないスタッフであるリクトルヒでした。


 彼女たちは、スノーウインドのメイドであり、執政官護衛であり、かつ執政官会議では秘書のような役割をもっているのです。


 お仕着せを着た彼女たちは、手慣れた手付きで、執政官の前にお茶のセットを置きました。合わせてお茶菓子も執政官ごとに配っています。


 そしてティーカップに向けてポットを傾けてお茶を注ぐのですが――


「メイドロボ……ブヒヒ」などと、ウマの執政官が、いやらしい笑いとともにメイドに手を伸ばしました。彼はかなり独特な性癖ロボ愛好家をもっているのです。


 それを見た可愛らしいメイド型のリクトルヒは、白銀の相貌にとっても素敵な笑みを浮かべ――「成敗せいばいっ!」と言います。


ヒィィィンいたっ――!」


 メイドはチェンタウロス3世変態紳士の手を、実にいい角度で叩きました。するとウマの脳に大変な激痛が走り、彼は「お、折れてない? 折れてないのに――激痛がぁっ!」と、のたうつのです。


「リクトルヒに手を出すのやめろよ、馬」


「何言ってるのですが、彼は純粋なウマじゃないんですよ。馬とシカとのハイブリットなんですから」


「ああ、馬と鹿のハイブリッド……お馬鹿というやつですなぁ」


 トリとイヌとウシが伝説の珍獣バカ――について言及しました。馬の執政官は「馬鹿にするな――!」と吠えますが、馬鹿なのでしかたありません。そんなバカを他所に、お茶を楽しむ執政官たちもいます。


「ハーブティーか、いい香りだ…………ほぉ……これはなかなか」


 お茶香りを楽しんだメリノー主席執政官はその味わいに息をつきました。彼の口の中には爽やかでありつつ深みのある味わいが広がっています。


「これは惑星コンガンダの月洸草から抽出したムーンティーですわ」


「最高級の天然素材か」


 龍骨の民であるスノーウインド執政官は「それを一晩寝かすのがコツなんです」と説明しました。


「苦いがこれはありがたい……お薬を飲むのに丁度いい」


 ごつい顔立ちをした執政官ゴリー公がお薬が入った袋に手を伸ばし、薬をポイっと口に含みながら、お茶を飲みました。


「スンスンスン……これって苦いなぁ」


「草だしな。だけど、苦くて旨いと思うぜぇ」


「ヒヒィン! 草の味は故郷の味だ――ああ、君、おかわりを頼む――いてぇ!」


 げっ歯類であるハムス執政官が会議室の机の上に寝転がりながら、皿に注がれたお茶を飲んで顔をしかめました。トリの執政官は「まぁまぁだ」と評価します。おかわりを所望したバカが、また手を叩かれました。


「あ、これってカフェイン入ってませんよね? 私達イヌって、カフェインが駄目なんですよ」


「分かってるわよ、バウワウ。月洸草にカフェインは入ってないわ」


 主席執政官補佐であるバウワウ執政官が小首を傾げながらそう言うので、スノーウインドは「うん、大丈夫。やっぱり入ってないわ」と答えました。彼女の口は、高性能なセンサーでもあるのです。


「ずずず、ふむふむ、月洸草には疲労回復の効果があるそうですな。草の香りが強くて目が覚めます。もっちゃもっちゃ」


 ウシの執政官ブルは反芻しながらそう言いました。


「茶菓子はスノーウインドの手作りだな。ははは、これは面白い形をしているな」


 メリノーシニアが、手元に置かれたお菓子――可愛らしいフネの形をしたクッキーを眺めます。


「ええ、腕によりを掛けて作りましたわ。極上の龍麦を臼でひいて、超空間のエーテルを濾した甘い塩と混ぜたもの。つなぎは極楽ラクダのミルクと恒星フェニックスの卵と……」


 居並ぶ執政官の同僚達の前で、幻の料理人レディータンヤンと化したスノーウインドが滔々とレシピを述べました。


「ほぉ……さすがタンヤン」


「砂糖が入っていないのがいいですな!」


 クッキーは主席執政官が「ほぉ」と嘆息するほどの味でした。糖分が制限されているゴリー公も「ありがたい」と口にします。


「クワッ! こ、この味はっ?! 美味い! 美味い――ぞぉぉぉぉ――!」


「スンスンスン、あまーい! にがーい! あまーい!」


 トリの皇帝が大仰に翼を広げて、口からビームを出すかのごとく叫んでいます。ハムス執政官は、「苦っ……甘~~♪ 苦っ……甘~~♪」とお茶とお菓子を交互に口にするのです。実のところ、レディタンヤンの料理は共生知生体連合でもトップクラスのものだという評判でした。


「もっちゃもっちゃ……ですが、不死鳥の卵って食べていいんですか? 禁制品だったような気が?」


 ものすごい常識人であるゴリ―公が「こいつは、さすがに……」と言いました。それに対してはバウワウ執政官――主席執政官補佐が「法的には問題はクリアしています」と断言しました。


「私が言うのですから、合法です」


「「「お、あなたがそういうならば…………」」」


 バウワウは連合執政官の中でも特殊な立ち位置にいます。詳しくは言いませんが執政官の一人ではあり、かつ主席執政官の補佐であるものの、ある意味独立した法的権限を持つのが彼なのです。


「六法全書に書いてあるのです、ワン! あ、書いてなかったかな? まぁ、違法であっても私の権限で恩赦すれば良いのです」


「「「……いろんな意味で怖いんですけど」」」


 まぁ、フェニックスの卵は10年に一度の解禁期間だったので全くと言っていいほど問題ありません。


「ふふふ」


 色々な権限を持つ執政官達がティータイムを楽しむ様子を見て、スノーウインドが満足気に目を細めました。ここには相当な権力者たちがいるのですが、それが一致団結して協働するというについて全くと言っていいほど肯定的なのですから、仕方がないことかもしれません。


 そのことについては――「いずれわかるわ」などと、スノーウィンドは、ただまるまる口元には優しい笑みが浮べるのっです。


 そんな時――


「奥様、失礼します。外部情報が届いています」


 ――リクトルヒのメイドがつっと駆け寄り、スノーウインドの手元に厳重に封印された封書を置きました。


「ん……」


 龍骨の民の執政官は渡された封書を見て、それをクレーンの先で開けました。そして彼女は封書の中にはいっていた特殊なクリスタルで製作された情報デバイスを眺めてから、口の中に放り込みます。するとじんわりとした情報の渦が龍骨に飛び込むのです。


「ん……」


 情報の内容を確かめたスノーウインドは、一瞬だけ目をつむり――このように呟きます。


「楽しいお茶会もお仕舞ね」――と。

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