第183話 執政官会議あるいは戦渦
スノーウインドがつぶやいた言葉に、ヒツジの主席執政官が、「どうした?」と尋ねました。すると、宇宙軍総司令官たる執政官は自分の中に飛び込んできた情報について、報告をはじめるのです。
「第三艦隊軍管区より緊急電ですわ。第三艦隊司令官ラビッツ提督は、執政官権限にて軍管区北部に
「むぅ……」
赤色警報とは、共生知性体連合に対する脅威が現実の物となった場合に宣言される、該当する星系への軍事的警報です。戦争の準備状態を示す警戒レベルは、戦争の一歩手前まで引き上げられていました。
「勢力均衡圏の数カ所で機械帝国がスターラインを伸ばしています。総数は10万隻……これは旧辺境軍閥の艦艇のほとんどになります」
スノーウインドは執政官室に概略図を表示します。相当な数の機械帝国の艦船が、共生知性体連合の勢力圏に近づいていることを示していました。
「ヒヒィン! なんということだ、始まってしまうのか! 予算が――(悲鳴」
「ぬぅ……い、胃が痛い(苦悩」
「うげっ、悪い予想があたっちまったぜぇ!(嘆息」
「おやおや、これは大変ですねぇ。もっちゃもっちゃ(反芻」
「スンスンスンスン――――怖いよぉ――パタッ(擬死」
居並ぶ執政官たちは、口々にこれは一大事だと騒いだり、ため息を漏らしたり、鳴き声を上げたり、死んだふりをしました。
「
イヌ顔のヒューマノイド――主席執政官補佐のバウワウが、一同に静粛を求めました。すると執政官達は、すぐさま元の通りの状態に戻ります。
「ふむ、外交チャンネルはどうなっている?」
長い顎髭をつまみながら、メリノーシニア主席執政官は、外交担当であるゴリラ顔の執政官の方を見つめます。
「ぬぅ……正規チャンネルで打電を続けているのですが、”返答の要を認めない”との返答です。まったく外交儀礼に反しています」
外交担当執政官のゴリー公は眉をしかめて答えました。続けて彼は、このような報告をします。
「帝国内にある大使館船との思念波通信のライン――恒星の巡りが良くなっているので繋がるはずなのですが、こちらは一切の連絡がありません」
「拘束されたか、あるいは沈められた、か?」
主席執政官の質問に、ゴリー公は「ぬぅ……他の要因は少なく……その可能性は高いかと」と答えました。
「そうか…………状況から判断して一方的な条約破り。宣戦布告なしの戦争状態ということだな。だが、外交努力は引き続き継続するように」
メリノーシニアは、顎髭をなぜながら状況を冷静に把握し、ゴリー公に指示を出しました。彼は次に、宇宙軍総司令官スノーウインドの方を見ます。
「第三艦隊軍管区の有力星系軍は、すぐに共生宇宙軍の指揮下に置け。いつから動かせる?」
「準備行動は進んでいます。あそこの主要種族であるラビッツ提督支配下の月ウサギ族星系軍はすでに進発可能状態です」
最近とみに胴回りのあたりの太さを増したスノーウインド執政官が答えました。彼女は「他の星系軍は――いくつか問題を抱えています」とも続けます。
「一部星系では、星系軍の外部領域派遣について法的な処理が滞っているところもあるようです」
「スンスンスン――――そこの飛べないトリさんの所とかぁ? 星系軍の司令官がいないと報告を受けているよ」
諜報担当執政官、げっ歯類に属するハムス執政官が、小首を傾げて飛べないトリの皇帝である執政官に尋ねました。
「クワッ! フリッパード・エンペラ帝国星系軍はすでに準備完了してるぜ。だがそのとおりだ! 名代として派遣した俺のガキが、まだ到着していないんだ……」
「スンスンスン? お子さんは、士官学校に在学中ではなかった?」
「ああ、まだ少尉候補生だが、そこのスノーウインド執政官に頼んでな。訓練航海がわりに執政府差し回しの超高速艇で向かわせているんだ」
トリの執政官はスノーウインドに向けて、彼の自然の産物である見事な環状突起を下げながら、そう言いました。
「大丈夫なの? 手の早い女ったらしって噂だけど。なんか、トリだけじゃなくて、他の種族にも手を出しているとか?」
「ああ?! あの野郎やっぱりそんなことを……って、ハムス、お前、士官学校にまで、スパイを仕込んでんのかっ!」
トリの執政官はとさかをフリフリさせて怒るのですが、共生知性連合の諜報担当執政官たるハムスは「それが仕事だもの――」と言い、このように続けます。
「あのさぁ。君の息子が問題起こしてるから、士官学校に入れた部下達にうまいこと調整させているんだよ。感謝してしかるべきだよ!」
ハムスはプルプルとカラダを震わせ、「ぷくぅ――!」とふくれっ面になりました。彼は連合の内外で情報収集も行いつつ、種族間の軋轢を産まないような”行動”も仕事としているのです。
「クワァ…………す、すまねぇ…………。畜生、あのスケベ息子め……」
「バウバウバウ……で、少尉候補生で、大将ですか?」
イヌ顔の執政官バウワウが宥めるように口をはさみました。この場合「能力的に大丈夫なのですか?」という程度の疑問です。
「バウワウ補佐、わかってて言わんでくれ――――神輿だよ、神輿。あいつはただのお飾りなんだ。まぁ、下につけた奴らがいるから問題ないだろ」
トリの皇帝がそう説明したところで、メリノーシニア主席執政官は、「
「バウワウ補佐、法務担当執政官として、各星系のサポートにあたれ。支援ならば、内政干渉にはあたらんだろう」
「しかるべく――!」
ワオン! とバウワウ主席執政官補佐が鳴き声を上げました。
「諸問題は随時解決するとして――宇宙軍総司令、これで合計戦力はどうなる?」
「第三艦隊の戦力3万隻および予備5千隻。第三艦隊軍管区の星系軍約は数日で2万隻程度になります。すでに外縁部に駐留している戦力を5千隻として、あわせて6万となります」
スノーウインドは、龍骨の中で
「数的には不利だが、防御に徹すればしのげるか?」
「いえ、何かあったときにそれでは不足です。ですから、別の宇宙軍正規艦隊から……そうですね、あと2万隻ほど抽出するべきでしょう。その程度であれば、他の方面への影響は最小限です」
「同盟星系の独立戦力は、どれほど使える?」
「超高速航行に難があり、またこちらの指揮下に組み入れることはできませんけれど……まぁ、数合わせてとして1万隻。脚の遅い防衛戦力というところですわね。それよりも、彼らの有する資源プラントからの補給が重要です。現地徴発なんてできませんから、資金の手当てをお願いします」
スノーウインド執政官がそのように説明すると、ウマヅラの執政官が「ヒヒィン」と鳴き声を上げて、発言を求めます。
「同盟とは言え外部勢力です。補給費は高くつきますよ? それに、これ以上軍を動かすとなるとそろそろ予算が危ない。そもそも今年は大規模星間災害が頻発して余裕がないんです。あ、予備費の残りは本当の予備なんですから、これ以上は絶対につかっちゃ駄目です!」
馬面の執政官が、「軍事面での必要は認めるが、財務面で心配だ」と言っています。共生知性体連合も、お金がなければ行動ができない組織でした。
「いつもながらなにカツカツだな……補正予算を作れるか?」
「それは可能ですが、時間がかかります。元老院の承認を得るのに多分一ヶ月はかかるでしょう」
数多くの星系を有する共生知性体連合は、かなり潤沢な予算をもっていますが、それは有限ではなく、元老院――全種族から一名ずつ選抜される連合議員による機関からの承認を得る必要がありました。
「それでは、主席執政官権限で臨時軍事国債を発行する。それで手当して欲しい」
「フヒィン……その手しかありませんね。ですが、引き取り手はどうします? 議会の承認を得ないものですから、100年割賦無利子ということになりますぞ」
臨時の軍事国債は、支払い条件が大変に厳しいものでした。引き取り手はある意味、ほとんどボランティアで購入することになります。
「そいつは俺が受け持つぜ。ウサギのところも同様だろう」
「フヒィン……資金を集めるにしても、時間がかかりませんか? それに金融市場が混乱すると思われますが?」
ウマが、国債調達のための時間と、マーケットから大量の資金を奪う危険について確認しました。
「そうだな、ウチのところも議会がうるせぇから、オレっちの個人資産で買うよ」
フリッパード・エンペラ族の皇帝であり、執政官である飛べないトリは、クワックワッ! と笑いました。
「それで必要資金の半分は作れるさ。初動には十分だろう?」
「それは、それは、さすがは皇帝陛下であられますな」
ウマがわざとらしい仕草で、会釈をします。飛べないトリの帝国は、連合有数のお金持ちとして有名なのです。トリの皇帝の個人資産は、その気になれば一個正規艦隊を作るだけの蓄積がありました。
「ま、こいつは、息子の初陣でもあるからな。気ばらせてもらうぜ!」
「ほぉ……ならば、私の方も多少は融通するとしよう」
主席執政官たるヒツジの種族は、連合中枢にある主要種族です。そのため、相当に裕福な内情を持っていました。メリノーシニアは政治的バランスを考慮して、自分も資金を出すと言ったのです。
そして他の執政官達も、それ相応の資金協力をすることを約束しました。共生知性体連合というものは、主要種族の責任が大変重いのです。
「よろしい、あとは軍に任せるだけだ――連合の安寧を守る為、全力を尽くせ」
「かしこまりました主席執政官」
スノーウインドは細長の目を更に細めながら、確固たる意思を持ってそう答えたのです。
◇
執政官会議が終了し、活動体をスルスルと浮かばせかけたスノーウインドのところに、ペタペタという足音が近づきます。
「スノーウインドの婆さん。ちょっといいかい?」
「なにかしら?」
龍骨の民の執政官に向け、飛べないトリの皇帝が話しかけます。
「よろしく頼むぜ――」
「よろしくって……あんまりお金を出せなくて、ごめんなさいね」
龍骨の民は経済活動というものに無頓着な部分があり、その上大量の資源を輸入して、幼生体に大量のご飯を食べさせなければならないのです。フネとしての収入は莫大な利益を生みますが、内実はそこまで豊かではありません。
「あ、そっちのほうじゃねーよ。軍の方だよ」
「フリッパード・エンペラ星系軍――危ないところでは使わないから安心して」
「いや、使い潰してくれてかまわんよ。あんたがそういう配慮をするフネだって知ってるから、釘を刺して置こうと思ってな」
「じゃ、息子さんごと最前線に送っちゃおうかしら?」
「おおよ、それでいいぞ。臣下がバタバタと倒れ伏すような目に合うくらいで丁度いいのさ。奴には、皇子としての自覚を持ってもらわんと」
「飛べないトリは、我が子を崖から突き落とすということ? とんでもない教育方法ねぇ」
「クワッ! クワッ! クワッ! 産まれたばかりの幼子を宇宙に放り出すあんたらのほうが、とんでもねーとは思うけれどなァ?」
「そういう生き物なのよ、私達は」
軍艦は戦場で死ぬ生き物――それが宿命だとスノーウインドは笑うのです。
「クワッ! 面白い生き物だよなあんた達。オヤジが言ってた通りだ」
「オヤジ……ああ、あいつね。あいつ、元気にしてる?」
「あんたとオヤジは新兵訓練所時代の同期だったんだよなァ。ああ、元気だぜ――。齢90! 老いてなお増す増す盛んだ。で、こないだも女官を……まぁ、そういうことだ」
「うはっ、昔からそうだったけれど――もしかしてあなた達って死ぬまで発情期?」
フリッパード・エンペラ族はそういう種族として定評があります。だから、スノーウインドは、トリの皇帝をジィ――と見つめ「あなたも同じかしら?」と尋ねました。
「おい、オヤジや、あのバカ息子――スイキーと一緒にしないでくれ。俺は一穴主義の徒なんだ。なんというか……おりゃぁ、妻だけで十分だ」
トリの皇帝は、フリッパーをパタパタと振って否定し、ちょっと顔を赤らめました。彼は、やろうと思えば一個軍団のハーレムを作れるほどの財産があるにも関わらず、正妻だけを
飛べないトリはもともとただ一羽を伴侶として繁殖を行っていましたが、進化に伴いそのあたりが緩くなっています。ですから、彼は先祖がえりの典型例とも言われていました。
「あらあらまぁまぁ――奥様が羨ましいわねぇ。さすが、品行方正で知られるスイカード皇帝陛下であられますわ!」
「褒められているのか、馬鹿にされてんのか……」
デュークの同期であるスイキーの父親スイカード3世は、トサカを下げながら「とにかく、よろしくな」と言ったのです。
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