第184話 星の光近づく
「ゴルモア星系現地部隊から報告。機械帝国艦隊と思われるスターライン、星系外縁部に近づく。第一波は5000隻、続行する艦艇3万以上を観測」
「本隊だね――あの星系が主攻正面ということか」
「予測通りですな。やはり我々よりも先に到着しますぞ」
「それも予測どおりだね。駐留部隊には本隊の到着まで遅滞防御を指示するんだ。どんな手を使っても構わない。そのように指示を出して」
「艦隊の到着まで持たせる必要がありますからな」
「うん、このままの速度でスターラインしてゆけば、間に合うさ。あと2つ恒星系をまたげば、次はゴルモアだから――」
第三艦隊司令官ラビッツ提督がそう言った時です。第三艦隊主力が星系内航行をしていた星系の主星が、グラリと揺れたのです。
◇
「グォォォォン! 凄い数だな!」
ゴルモア星系に駐留している第三艦隊分遣隊の指揮官バルカ・ペパード大佐は、大きな牙が伸びた口元から器用に口笛を吹きました。彼は太古の恐竜のような生き物がコンパクトに進化したヒューマノイドで、火の付いていない葉巻を横咥えにしています。
彼はグリッとした眼を爛々と輝かせながら、恒星間にかかる光の橋――光速度を超える粒子が空間に干渉することで見える多数のスターラインを眺めます。
「本気も本気、どうして攻めてくるのか分かりはせぬが、やつら本気だぞ!」
「ふむ、あれを押し止めるのが今回の仕事ですか……ワォン!」
バルカ大佐の座乗する重巡洋艦バーンの艦長シュールツ中佐が鳴き声を上げました。マルドック族と呼ばれる犬型種族である彼は、ふさふさとした体毛が伸びる体をブルルと震わせてもいます。
「艦長?」
「ハフハフ、これは武者震いというやつですよ。ですが、こんな戦は10年ぶり位ですねぇ」
歴戦の戦士であるシュールツは、舌を伸ばしてハフハフと吐息を漏らしました。
「機械帝国に何があったのかはわかりませんが、これは明確な敵対行為です。連合星系ではありませんが、ここは同盟星系ですからな。防衛行動に異論はありません」
機械帝国の艦隊が近づくこのゴルモア星系は、共生知性体連合とは同盟関係にあり、星間防衛協定に基づき、共生宇宙軍は防衛行動を開始していました。
「で、ですがぁ。我々は近隣星系の部隊を統合してやっとこ500隻の部隊なのですよぉ……? あんなに沢山の艦隊に攻めてこられたら、長くは持ちません。シュルシュル……」
怯えた声でそう言ったのは、ペパード大佐の副官であり主席幕僚でもあるベネディクト少佐でした。彼は、顔をつるりとさせたり固くさせたり、体表を赤にしたり黒とさせたり、せわしなくしています。少佐は骨格や体型を自由にシフトさせることの出来るシェープシフター族の一員でした。
「ブファァァァァァァァ! 臆病風の臭いがするぞ。臭くてかなわん!」
「ゲホンゲホン!」
紙巻きタバコを横咥えにしながら、ベネディクト少佐にブゴゴゴゴと紫煙を吹き付けるものがいました。タバコの煙を浴びたベネディクト少佐は、ゲホゲホと咳をつきます。
「な、なにをするのですか、ティ大佐」
「臆病者の臭いをさせているお前が悪い。タバコがまずくなる」
少佐の抗議を全く認めず答えたのは、ゴルモア星系星府から派遣されている連絡武官のティ大佐でした。ゴルモア人の特徴である厳つい相貌には、侮蔑の色が浮かんでいます。
「すみませんな、ミスタ・ティ」
シュボッ――――ペパード大佐は、横咥えにした葉巻を手に取ると、オイルライターを使って炙り始めます。大佐は相当な愛煙家であり、連絡武官がタバコを吹かしているのにかこつけて、吸い始めるようです。
「ですが、我々共生宇宙軍に、貴方がたのいうところの”
ペパード大佐は大量の紫煙を艦橋内に巻き上げます。艦内換気システムが作動しているため、それはすぐに立ち消えます。
「ほほぉ”エラーン”か。それは頼もしい――我が星系が共生知性体連合と防衛協定を結んでいることが間違いではなかったことを証明して貰いたいものだ」
「それは当然。ところでゴルモア星系軍の状況は?」
ペパード大佐は口に含んだ紫煙を楽しみながら、尋ねました。
「すでに、外惑星艦隊・内惑星艦隊を統合した星系防衛艦隊が進発している」
ティ大佐が手元の機器を操作すると、スクリーンに星系図が表示され、ゴルモア星系軍の配置が映ります。
「ほぉ、予定より艦艇数が多くありませんか?」
ペパード大佐は、「少なくとも3000隻はいるな」と呟きました。
「商船などを急遽改装した――星系内戦時から続く緊急戦争プログラムを発動したのだ」
ゴルモア人は、長きにわたる星系内紛争を経て、100年ほど前ようやく統一された星系星府を樹立しています。それまでの内乱において常態化されていた民間船の強制徴用のシステムがまだ生きたのです。
「で、でも、商船って――――乗っているのは民間人ですか?!」
「ふん! 我らがゴルモア人には、軍民などという区別はないっ!
ティ中佐は「エラーン! エラーンッ!」と大声を上げました。エラーンとはゴルモア語で勇気の意味をもち、一種の神格化された象徴のようなものでした。
ゴルモア人は、勇気と豪快さを兼ね備える戦闘種族として知られています。
「うへぇ……ですがあなた方のフネは、ほとんどが惑星間宇宙船では――」
ゴルモア星系の科学技術はようやく恒星間航行ユニットが導入され始めたばかりでした。装備なども銀河の主要な勢力と比べると、一段落ちるのです。
「フゴ――! 星系内戦闘であれば、多少の性能の差など簡単にひっくり返してみせるわっ! エラーン! エラーン!」
ティ大佐がブハハァと煙を撒き散らしながら答えます。
「ふはぁ――おお、勇ましいことですなァ!」
共生宇宙軍の現地指揮官は、連絡武官に負けないような勢いで、紫煙を撒き散らします。よこにいるベネディクト少佐が「うう、酷い臭いだ」と嫌な顔をしていますが、気にすることはありません。
「おっと、スターラインが消えましたぞ」
マルドック族の艦長は、それまで輝いていた光の架け橋がスッと消えるのを確認しました。
「ふむ……すこし距離が遠いな。星系外縁部で隊形変更するつもりか? 大軍に詭道無しというところだなァ」
「ならば、こちらも全艦隊を前進させて、先制すべきだ――――」
ティ大佐が「エラーンの名のもとに!」などと言いながら、先制攻撃を掛けるべきだと発言を行いました。
「ま、それも良いのですが、先の防衛協定会議における事前調整の通りにことを進めますぞ。正規の部隊――ゴルモア艦隊主力の皆さんと我々共生宇宙軍の部隊は、第13番惑星の軌道で待機します。遅滞防御――共生宇宙軍の本隊が星系内に到着し、星系外縁部へ移動するまで、あと48時間程度、それだけの時間稼ぎをすればいいのです」
ペパード大佐は、見た目は大変怖い恐竜の様な見かけをしていますが、冷静な指揮官として定評がありました。
「ふむ、無駄に戦力を失う必要もないということだな」
恐竜型種族にも負けず劣らずの厳つい風貌をしたゴルモア人の大佐は、少しばかり肩をすくめて呟きます。連絡武官を務めるくらいの器量がある彼は、その見かけと振る舞いはともかく、冷徹な軍人としての才覚を持っていました。
先程の、「我らが力をもってすれば――」などという言葉は、一種の政治的なパフォーマンスのようなものだったのです。共生知性体連合の同盟星系――さらには、準加盟星系人として地歩を固めつつあるゴルモア人は、世知辛い宇宙のあり方をしっかりと把握していたのでした。
「ぜっ、前衛艦から入電。ゴルモア星系軍の偵察艦、機械帝国艦隊前面に近づく――艦型データを観測する模様――――」
「ふむ、血の気の多い部隊指揮官が強行偵察を仕掛けたか」
手元のデータを確かめたゴルモア人は、「これは我が軍のものだ」と言いました。
「ミスタ・ティ、あれは有人ですな?」
「うむ、我軍に無人のフネはない」
星系内航行としては、最高速度で、ゴルモア人のフネが星系外縁部を強行偵察に向かっています。しばらくすると――
「あっ赤外線反応――――! 偵察艦、轟沈です!」
――機械帝国からの攻撃により、ゴルモア星系のフネが沈められました。それを確かめたティ大佐は、分厚い手のひらの中でタバコを握りつぶし「犠牲は無駄にはせんぞ」と呟いてから、ペパード大佐を見つめます。
「星系防衛の条件は満たしたようだが?」
ティ大佐の言葉を聞いたペパード大佐は、手にした葉巻を手のひら――高温にも耐える装甲のような自前の鱗に押し付けて消火します。
「そのようで。では、我が分遣隊は、これより星系防衛行動を正式発動。全艦予定通り、第13番惑星軌道に集結し、防衛体制に移ります。よろしいか?」
「よろしいも、よろしくないもない――」
ゴルモア人の連絡武官は「――しかるべく」と頭を下げました。
共生知性体連合とその同盟星系との関係は、多種多様なパターンがあるのですが、このゴルモア星系においては、それなりに友好的な関係が築かれていたのです。
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