第185話 分艦隊始動!

 艦隊編成のさなか、デューク達は最後の補給を受けています。


「雪の公爵デュークだなんて、随分格好のいい名前を付けてもらったわねぇ。ゴクゴクゴク――あら、この推進剤、美味しいじゃない」


 補給船から伸びる長大なパイプラインを口にしながらナワリンが言いました。龍骨の民の血液である大量の液体水素が彼女のカラダに取り込まれます。


「へ、変かな? モグモグモグ――」


 そう尋ねるデュークの口の中では、特大のコンテナがバキバキと押しつぶされていました。中には縮退炉の質量を保つための特殊な縮退物質が入っています。


「あんたの肌色そのものみたいで、良いんじゃない? スノーウインドおばさまの一字もあたってるし。でも、”僕は宇宙軍総司令に成る!”だなんて、随分と大きなことを言ったわね。ジュジュジュジュジュ――」


「あれは、その場の勢いというもので――パクパク。あ、すいません、おかわり!」


 ナワリンは、一滴も漏らさぬと言わんばかりに、液体水素を吸い続けます。デュークは投じられたコンテナをすべて食べつくしても、まだ腹八分にもならないので、さらなる補給を要請しました。


「デュークって棟梁ドューチェって意味もあるみたい~~だから、もしかして将来、執政官になったりして~~ボリボリボリ――」


 龍骨に隠された情報を検索しながら、ペトラは様々な金属や塩で出来たペレット――通称”鉄の種”を頬張っています。それは一粒が数百キロもある大変大きな物でした。戦艦であるデューク達と違って、彼女はサイズが小さいのですが、450メートル級重巡洋艦のキャパシティも大したものなのです。


「でも、あれって、貧乏くじなんでしょ? それは嫌だなぁ。それはナワリンがやってよぉ。パクッ――」


 龍骨の民にとって執政官というものは、面倒な仕事として認識されています。だからデュークはコンテナに詰まっている縮退物質を噛みながら、嫌そうな目をするのでした。


「私だって嫌だわよ――――ところでぇ、私たちも艦隊旗艦の護衛艦なんだから、なにか名前コードネームが欲しいわねぇ。デュークだけ格好のよい名前を貰うのは卑怯だわぁ!」


「ん~~じゃぁ、”雪の公爵”様にあやかって~~”雪の王女様”を名乗りましょうよ~~!」


 ペトラがそう言うとナワリンは「あ、それいいかも」などと言います。そして二隻の女の艦《子》達は――


「「ありの~~ままの~~♪」」


 ――などと歌い始めるのです。


「ブ――――――ッ! そ、それ以上は駄目ぇ――!」


 ナワリン達が、著作権的に非常に不味そうな歌詞を口にしたので、デュークは口にしていた縮退物質を盛大に吹き出してしまいました。


「んもぉ……どこからそんな危険なコードを引き出して来るのさ……」


「こないだ寄港した所で買った記録素子の中身だよ~~!」


「なんだか、怪しげな道端で売ってたアレね。随分と安かったわぁ。パッケージがなくって裸のままで、中身の画質はちょっと荒かったけれど」


「ふぇっ………………それって連合著作権法違反……すぐに廃棄するんだ――!」


「あら、大丈夫よ。データは副脳におさめて、ブツは食べちゃったから」


「記録素子って美味しいんだよねぇ~~~~!」


 ナワリンとペトラは実にあっけらかんと笑いました。共生知性体連合には、著作権についてかなり緩い惑星もあるのでした。憲兵艦であるデッカーが聞いたら「映画泥棒は逮捕だ――!」と怒られます。


「怪しげな記録素子って、つい手が出ちゃうのよ」


「危ないブツほど、美味しいんだよぉ~~!」


「んもぉ……」


 デュークの龍骨の中では、目の辺りにモザイクが掛けたドタ靴を履いたネズミが「ハハっ!」と実に怖い笑みを浮かべていました。


 最近のナワリンとペトラは、宇宙港や惑星に寄港するたびに、女の子達だけで買い物をしているようです。怪しげな旅の宇宙商人が売っているブツを購入するなど、金銭の間違った使い方を覚えていたのです。


 そのような会話をしながら、デューク達は順調に――というより、盛大に補給物資を食べ散らかすのでした。


ヌロォンはぁ……」


 デュークの背中にある司令部では「一体、何隻バイ分のリソースを食べる気だ、こいつら……」と、軟体生物の兵站幕僚がため息をついていました。


 デューク達の脇には補給船が接舷し、何度も何度も交代で補給を続けているのですが、その勢いは凄まじいの一言に尽きるのです。


「は、は、は! 食欲旺盛でよろしい。これだけ食べれば、1ヶ月は補給無しで航行できそうだな」


 分艦隊司令官であるカークライトは「頼もしいものだ」と笑いました。龍骨の民は食いだめができるのです。


「だが、これだけ補給出来るということは、兵站は十分になったな?」


ヌルルンはい、この星系でのステーションからの補給の他、宇宙軍総司令部差し回しの補給船団が続々と到着しています」


 艦隊の補給体制が完成しつつあると、兵站幕僚が答えました。多数の輸送船も集まり、分艦隊は大規模な移動が可能になっていました。


「少将、各部隊より編成完了との報が続々と入っていますギョ。0400マルヨンマルマルには全部隊が完了する予定ですギョ!」


 司令部では、分艦隊の編成作業が完了しつつあることを示す報告が続々と集まって来ました。魚の幕僚がブクブクと泡を吹きながら「ようやく終わったギョ――!」と一息入れています。


「第一戦隊、第二戦隊、第三戦隊――前衛部隊は、艦載母艦”ゴッド・セイブ・ザ・クイーンズ”を中心に完全に戦力化されましたニャ。中央は旗艦”雪の公爵”を中心に完全充足しつつありますニャン」


 猫型種族の幕僚が、ニャンニャン言いながら、部隊が戦力として機能し始めたと言いました。


「デッカー特任大佐から入電。艦隊各所における憲兵隊の配置が完了。衝突事故のあった二隻の戦艦は艦長を拘束――戦艦そのもの損害は軽微なようで、これは臨時に憲兵隊に組み込み、中隊相当の部隊に編成したいとのことです」


「あいつ、懲罰部隊黒騎士中隊でも作る気か……まぁいい、許可する」

 

 カークライトは、ウムりと豊かな顎髭を蓄えた顎を頷かせます。龍骨の民であるデッカー特任大佐は、艦隊の各所に憲兵艦を配置し、統制を図っていました。それは概ね成功しているようです。


「リスケリスケでしたが、全体の工程は概ね予定通り――いやはや、目の回る思いでしたが。なんとかなりましたァ!」


 アライグマの幕僚が手をスリスリと洗いながら、「クルゥ」と嬉しそうな鳴き声を上げました。


「ふむ、君たちのおかげだな」


 カークライトは司令部に映る分艦隊の様子を眺めて、満足げな笑みを浮かべました。大小様々な艦艇、多数の種族で構成されている分艦隊は、全ての部品がピタリと嵌った機械のように完成しつつあります。


 短時間でそれを成し遂げたのはカークライト少将の手腕もさることながら、彼の幕僚達の超人的な努力によるものでした。


「よろしい――では、全隊に通告。分艦隊は0600マルロクマルマルを持って、移動を開始!」


 第三艦隊分艦隊――後にカークライト支隊と呼ばれる部隊は、戦艦デュークを中心としたひとつの組織として活動を始めたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る