第186話 分艦隊の進路
「戦略外観図を表示せよ――」
カークライトが、分艦隊全体にブリーフィングをはじめました。司令部室には、分艦隊の他の艦艇からの集まった仮想実体が表示されています。
「我々の敵は機械帝国――マシーンの軍団である。それらが、連合の勢力圏に近づいている」
カーライトは、機械帝国が迫りつつ有る状況を端的に説明しました。
「ふむふむ、もぐもぐ」
仮想実体として司令部内にいるデュークは、カークライト提督がブリーフィングをしているのを眺めながら、食後のデザート――重金属の詰まったプレートを頬張っていました。
「はむはむ、ぱくぱく」
「ほえほえ、むしゃむしゃ。あ、これ、美味しい~~♪」
デュークの傍らには、司令部直属の護衛艦として配備されたナワリンとペトラが加仮想実体となり、こちらもデザードを食べています。
「マシーンって、ケイ素系生物の一種だっけ~~?」
「どういうヤツラだったかしらねぇ? 新兵訓練所でちょこっと勉強した気がするけれど、うろ覚えだわぁ」
「龍骨の中のコードを確かめてみよう……ええと、ドロイドを中心とした機械種族の帝国――とっても頭が固いヤツラなのじゃ! なんだこれは、ご先祖様の落書きかな……?」
龍骨にある情報は、結構いい加減なものであることが往々にしてありました。
「艦隊情報にアクセスしてみよう。ううむ、辺境軍閥のボスが死んで、中央の皇帝が一番になったのかぁ」
分艦隊旗艦となり、軍事機密に触れることが出来るようになったデュークが、「ほら、こんな感じみたい」と、ナワリンたちにデータを共有します。
「種族的暴走の可能性――これってどういうことかしら?」
「複雑なことはわかんな~~い!」
加えてカークライトが戦争の経緯などについて説明するのですが、ナワリンとペトラは「良くわからないことが、良く分かる~~」などとぶっちゃけました。デュークも「うーん」と唸るばかりで、似たようなものです。
そのようにして、デューク達が無線でくっちゃべっている中、カークライト提督が、メインスクリーンを指し示しながらこう言います。
「機械帝国艦隊は、通常空間から侵攻し、いくつかの星系を橋頭堡として確保しようと動いている」
機械帝国から、勢力均衡圏――共生知性体連合の同盟星系が形づくるラインに伸びていました。
「あそこらへんって、連合加盟星系じゃなくて、同盟星系ってところかしら?」
「仲の良い種族がいるところ~~?」
「将来、共生知性体連合に参加するかもしれところだって聞いたよ。防衛協定がうんたらかんたら……よくわからないけれど、あそこも共生宇宙軍が護るところなんだねぇ」
現実には、もっと複雑な背景があるのですが、デュークの言っていることが大体正解に近いのです。
「でも、通常空間からなんでわざわざやってくるのかしら? 星図をみると、機械帝国に伸びる超空間航路があるじゃない」
ナワリンが艦首をねじります。それに対して答えるようにカークライト提督は超空間航路の状況を説明し始めました。
「第三艦隊根拠地近傍に位置する超長距離超空間ハイウェイには差し迫った脅威は存在しないと司令部は考えている。超空間要塞カステル・メカロニア1以下、要塞守備艦隊と超空間機雷原による鉄壁の守りが存在し、敵戦力の動向も薄いため、超空間からの侵攻はないものと考えられている」
画面には、丸っこい形をした構造物の概略図が表示されます。それはとても沢山の武装を備えた宇宙要塞のものでした。
「へぇ、超空間要塞って言うのがあるのねぇ」
「カステルってお城って意味みたいだけれど~~?」
「超空間に紛れ込んだ惑星を要塞化したものなんだって。エーテル内戦闘に特化した実体弾や質量兵器を主武装とする要塞だってさ」
超空間においては、そこに満ちているエーテルが光学兵器に対して強い抵抗を持つため、実体弾での戦闘が主となります。超空間要塞はそれらの質量兵器を大量に搭載し、艦隊レベルの攻撃に耐えうる強固な装甲を持っていました。
「うは~~すっごく強そう~~!」
「なるほど、わざわざ守りの硬いところに突っ込んで来る馬鹿はいないってことね」
「そうみたいだね。だから敵は通常空間――スターライン航法で攻めてきてるんだ」
などというデューク達のおしゃべりを他所に、カークライトが説明を続けます。
「次に具体的な敵戦力の配置について説明する」
カークライトがサッと手を振ると、スクリーンに多数の星系が配置された連合勢力外縁部が映し出されました。その外側の星系には、なにやら塔のような棒が何本も立っているのが分かります。
「スターライン航法が起こす未来量子探知により、凡その配置が分かっている。多数の方面に敵部隊が分散しているが、これらは陽動でありと司令部は判断した」
カークライトは「敵主力は――」というと、とある星系に向かう一際長い棒がクローズアップされました。
「ここ、ゴルモア星系に向かっている。これは、約5万隻の艦隊で構成されている」
「あ、あの棒って、敵を示すシンボルが積重なって出来ているのねぇ!」
「うわぁ~~5万隻~~凄い数だよぉ~~!」
「三次元チェスのスタックタワーみたいだなぁ」
敵の大戦力は、ジリジリとゴルモア星系に近づいています。その先には、いくらかの高さのあるシンボルの重なりが示されていました。
「ゴルモア星系には、同盟星系軍および駐留軍が存在する」
「へぇ、駐留部隊なんてのがいるんだ。でも、そんなに多くないなぁ」
機械帝国から近づく巨大なタワーに比べてゴルモア星系のそれは低いもので、薄っぺらく感じるほどでした。なけなしの共生知性体の部隊を合わせて、やっとそれだけなのです。「護りきれるのかな?」と、デュークが素朴な疑問を口にするほどでした。
「同盟星系防衛協定に基づき、駐留部隊には絶対死守命令が発令された」
カークライトが淡々とした口調で言いました。
「ぜ、絶対死守命令――!?」
デュークは普通に驚くのですが――
「ほえ~~足止めで~~捨てがまりで~~全滅~~!」
「降伏も許されない、全滅必死の命令ねぇ……危険な響きの中に……なぜか甘美な響きがあるわ……」
――ペトラとナワリンは「龍骨が燃えるっ!」などと言った感想を漏らしました。ナワリンの氏族
「しかし、彼らが星系防衛をする間に、第三艦隊主力がゴルモア星系到着すれば、星系防衛が可能であると司令部は判断している。我が分艦隊も主力に合流しゴルモア星系の救援に向かう指示を受けている」
「なるほど、少しの間持ちこたえれば、なんとかなるんだね」
「全滅必至の味方を助けに行くんだ~~!」
「くっ……これは、燃えるシチュエーションねぇ」
デュークはちょっとばかりホッとした気持ちで、龍骨をなでおろしました。ペトラとナワリンは、「ほえほえ~~!」「龍骨が~~!」などと声を上げました。分艦隊全体から集まる仮想実体――艦長クラスの軍人達の多くも「なるほど」と頷いています。
分艦隊全体が、作戦目的を理解したことを確かめたカークライトは、そこで指を一つ掲げます。
「だが、一つ大きな問題がある」
分艦隊の軍人たちの多くは、「問題?」「何だ」と、カークライトの次の言葉に備えました。デューク達も「なんだろね?」「何かしら?」「ほえ~~?」と艦首を傾げます。
「第三艦隊主力はスターライン航法を全力で行っていたが、途中星系での恒星重力異常により、ゴルモア星系への到着が遅れるとの報告があった――」
「え、事故かしら?」
「大規模な艦隊移動だとそういうことがあるって聞いたことがあるよ~~!」
「航路設定のミスかなぁ…………」
デュークらがそんなことを呟く中、分艦隊の仮想実体達も「と、いうことは……」「まずい」「間に合うのか?」などとざわめきます。
「すでに敵の先遣隊がゴルモア星系に到達したとの報が入った。現地部隊は、5日間耐えてみせると言っているが――主力が到着するには8日間以上かかる予定だ」
「「「なんと――――っ!」」」
カークライトの言葉に、分艦隊全体がどよめきました。救援は、時間的に間に合わないのです。
「ふぇぇぇっ、間に合わないのっ?!」
「駐留部隊が……全滅しちゃうわっ!」
「それは嫌だよぉ~~~~~~!」
デューク達は過酷な事実に、大変驚きます。周囲でも「まさか……見捨てるのか?」「戦略的撤退……」「しかし……防衛協定が……」と苦痛な口調のうめき声が上がりました。
「…………」
分艦隊全体に恐れと浮ついた感情が支配します。その様な光景を無言で眺めていたカークライトは――やおら、軍帽を被り直し――
「
眼光鋭く睨みつけ、豊かな顎髭を蓄えた口元を開き、いつもの物静かな口調とは打って変わった怒号のような叱咤を響かせたのです。
それは少数民族ニンゲン特有の強力なサイキック――思念波を用いた拡大音声として、分艦隊全体に鳴り響きました。
「「「ッ――――!」」
分艦隊の面々は、提督の拡大音声に身を引き締めました。デューク達も龍骨を軋ませるようなその声に、「うっ」として、カラダを無意識にビクリと停止とさせます。
「…………」
どよめきが消え――分艦隊のなかでは、咳きひとつするものも、無駄口を叩く者もいなくなります。
「宇宙軍は戦友を見捨てない……護るべき共生知性体を見捨てない。それは同盟星系も同様である……」
カークライトは、淡々した口調で続けました。
「そして、そのための手立てはすでに用意した……」
そして、ニンゲンの提督はギュッと握りこぶしを掲げ、確固たる意志を眼に浮かばせながら――
「わが分艦隊はこれより全艦全速となり、4日でゴルモア星系に到達する!」
――と、宣言したのです。
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