第156話 陸(おか)

「まったくひどいところだとは思わんか?」


 惑星ローチの空を滑るように飛ぶ共生宇宙軍の装甲フライヤーのコクピットの中で、コング大尉がぼやきました。彼は高く盛り上がった眉の中にある眼には、荒涼たる岩石地帯が映っています。


「大気も薄く――無価値な岩石が転がるだけの惑星だ」


 コング大尉は実につまらなそうに言うのです。


「確かに――」


 コング大尉の横に座ったデュークは、龍骨の中に収められた惑星のデータを確認しました。コング大尉の言う通り、この惑星には取り立てて価値のある資源がないのです。


「おまけにこの恒星系は超空間のネットワークから外れているから、大規模開発も望めない」


 コング大尉の言うとおり、この惑星が属する恒星系には、超空間の入り口がありません。デュークはここに来るために、スターライン航法――随分と効率の悪い方法を使ったことを思い出しました。


「その上、あんな虫たちがそこかしこに潜んでいやがる……」


「さっきのあれ――見た目は確かに昆虫みたいですね」


 先程、コング大尉が軽機関銃で射撃した虫の様な生き物は、ケイ素を主体とした生物であり、原始的な昆虫の様なフォルムを持って、カサコソ――と動く動物でした。


「あれ以外に生き物はいないんですか?」


「おらん…………」


 大尉がぶすっとしながら答えました。この惑星は生態系も貧弱なようです。


「遺跡がなければ、こんな星は放置でいいのだがな」


「あ、遺跡って――」


 デュークは、フライヤーのコンソールを操作して、とある画像を表示します。すると、デュークの視覚素子に、黒ぐろとした四面体――縮尺からすると1キロ四方はある巨大な箱のようなものが映りました。


「古代遺跡――上代の先人達が残したものですよね」


 上代の先人達――共生知性体連合を構成する種族達が文明を持つよりもはるか昔に栄えたと言われる種族です。


「そう、言われているな。これの調査のために、共生知性体連合大学と共生宇宙軍の機関が調査している――陸戦隊はその護衛をしているのだ」


「あの虫みたいなのが、が時々遺跡の方にやってくるからな。外周を掃除しなくてはならない――大変なんですねぇ」


 デュークがそう言うと、コング大尉はやれやれという程に目をすがめます


「他人事のようにいうなよデューク。お前の本体が、超弩級の戦艦なのは知っているがな――今は陸戦隊員なんだぞ」


「まぁ、そうなんですけれど」


 共生宇宙軍は、艦隊勤務者といえど年に一月ほどの期間は陸戦隊員として行動することを求めています。これは艦隊と陸戦隊との融合を図るための一般規定でした。


 デュークは、次の任地に至るまでの間に、この惑星で年間分の陸戦隊員行動単位を稼げと命令を受けていたのです。


「艦隊勤務だけが宇宙軍じゃないぞ、デューク三等軍曹」


 コング大尉は、デュークはミニチュアの側面に貼られたに階級章を指し示しながら言いました。そこには黒字に流星が一つ流れる――”共生宇宙軍三等軍曹”の階級章が付いています。


 共生宇宙軍に入隊したデュークは、新兵、二等兵、一等兵ときて、従軍経験により下士官昇進していたのです。


 辺境での激しい戦闘や、キノコ狩りの功績からすると昇進速度が遅いように感じますし、彼が巨大戦艦であることを考えると、少し控えめなものに感じるかもしれません。でも、軍艦の戦果を基準にすると、あっという間に昇進してしまいかねないので、他の種族とのバランスを考えて、軍艦の昇進は抑えめになっていました。


「龍骨の民は宇宙のことばかり考える――若い龍骨の民ならなおさらだがな。鉄砲抱えて、地べたを這いずり回る経験は大事だぞ、坊や」


 コング大尉はフゴ――と、荒い鼻息を漏らしながら、デュークのことを子供扱いしました。デュークはまだ艦歴2年ほどの若さですから仕方ありません。宇宙空間での航法や戦闘に多少の自信が付いてきたのですが、陸――惑星上での活動については、まだまだ経験が不足していました。


「こんなクズ星だが、おかは陸だ。経験値、高めとけよ、デューク」


 コング大尉は少し手荒い言葉でデュークに言うのですが、根が素直な彼は「それもそうだよなぁ」と思い、「はーいイエッサー!」と元気に答えました。


 そうこうするうちに、薄い大気の中を飛んでいたフライヤーが高度を下げ始めました。すると、惑星の地表に設置された構造物――共生宇宙軍が遺跡の上に設置した基地が見えてきます。


 ◇


 フライヤーから降り立ったコング大尉とデュークのところに、爬虫類から進化したと思われる士官がズリズリと近づきます。


「おお、ワインダー少尉。お前さんのチームが先に戻っていたのだな」


「ええ、こちらのほうが近かったものですからねぇ…………」


 ワインダー少尉はハスキーな高音で答えます。彼女はヘビ型種族のメスでした。


「なんだ、疲れた顔をしおって」


 コング大尉は、彼女が鱗を持った顔をしかめて、少し疲れた様子であるのに、気づきます。


「ときに、そちらの若いフネ――デュークは、使い物になりましたか?」


「あん? そうだな虫の群れと遭遇してなぁ。まぁ、弾薬持ちとしては、それなりにな。撃ち方は、丁寧過ぎる嫌いがあるが――狙撃手としては良いかもしれん」


 コング大尉は、害獣バグと対峙した際、デュークがまぁまぁの動きを見せていた事を思い出しながら、そのように答えました。


「はぁ、それは良かったですわねぇ……」


「なんだ、含みのあることを言いおって。同行者はナワリンとペトラだったな?」


 この時、ナワリンとペトラは、ワインダー少尉とパトロールに出かけていました。


「で、こちらも害獣バグと遭遇したのですが……私が連れていったフネ達は、ちょっと、あれでして…………」


「え……彼女たちになにかあったのですか?!」


 ワインダー少尉が、パトロール中に害獣バグと遭遇し、何事かあったかと言うので、。デュークはナワリンとペトラに怪我でもあったかと慌てて尋ねました。


「大丈夫よデューク。ただ――」


 ワインダー少尉は、デュークを見つめて、シャ~~と弱々しい擦過音を鳴らしてから、発着場の脇に転がる二つの物体を指差しました。

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