第316話 執政官候補生

「リリィ・ラスカー、入ります」


「うむ、入りたまえ」


 リリィ教官がオコート元帥――中央士官学校校長のもとに出頭しています。


「スイキー以下、士官候補生5名の状況説明をはじめます」


 リリィ教官が空中に浮かび上がった仮想デバイスをサッと操作すると――部屋の中央に立体的ホロ映像が投影されました。


「これが彼らの成績か」


 オコート校長は宙に浮かび上がったホロ映像を目をすがめつつ眺めます。


「ふむ、なるほど――」


 それらの仮想的映像は脳や視覚に直接投影されているので、解像度や画質を気にする必要もありません。でも、老練な軍人である彼がそうしているとデータの奥にある見えない何かが明らかになるような印象を受けるのでした。


「二回生に上がって、スイカードは落ち着いたか?」


「ええ、一回生――龍骨の民の面倒をうまい具合にサポートしています。彼は実に面倒見がよろしいのです」


「それが飛べないトリの性分だからな。いや、奴自身の性格もあるか」


 オコート元帥は「さすがはスイカード殿の一人息子よ。人の上に立つということをよく知っている」と意味深に頷きました。


「ああ、もう一人の二回生はどうしているかな」


「エクセレーネ候補生は模範的ですわね。万事控えめで、素直で裏表のない――デューク達の良いお手本になっています」


「……キツネ族にしては稀有な性格だな。エクセレーネ士官候補生は曲がりなりにも大貴族の娘だろう? それも王位継承権がかなり上の方――権謀術数と欲望蠢く魔窟のようなキツネ族の宮廷育ちが、どうしたらそのような性格になるのだ?」


 エクセレーネの種族であるキツネ族は生来ずる賢く、派手好みと言われる傾向にあります。また、その社会は厳格な階級制度――貴族パトリキによる寡頭制が採用されており、それを異種族にすら押し付けるような悪癖を持っていました。


「本人に聞いたのですが、そこだけは素直に話してくれません」


「ネコを被っておる、ということはないのだな?」


「もしもそうならば、相当のやり手ということになります。自分を完全に殺してあるべき姿を演じる――士官候補生としては望ましい資質です」


「たしかにそうだが、もう少し、こう、なんだ、キツネらしい悪辣なところを見せてくれる方が安心できる」


「そこまで言われるとは……」


 リリィ教官は「疑心暗鬼にすぎるのでは?」と尋ねるのですが、オコート元帥は「君はあれらを直接扱ったことがないから分からんのだ。キツネ族それも上の方のやつらは化け物じみたところがあるのだぞ」と罵る様な口調で言いました。


「キツネ族は優れたサイキック集団――共生知生体連合の諜報部門などでは諜報する種族だが、いささかねじ曲がった精神を持っている」


 元帥の言葉はそのままの通りであり、キツネ族は扱いが大変に難しいとされています。執政府では内々にキツネ族を要注意種族と指定しているほどでした。


「長く執政官を輩出できていないのも当然だ」


 執政官はおおよそ主要12種族から輩出されるのですが、時たま他種族の中からも選出されることがあります。


「ですが、執政官となった方は相当に優秀なのだと聞いた事があります。800年ほど前のキツネの執政官は連合の中興の祖ですわ」


「あの女狐か――巧みな手腕で連合内の混乱をその初期段階で抑え込み、その混乱を利用して連合の土台を固めるなど、まさに化け狐だわい、ワシの種族では伝説にすらなっておるわ」


 オコート元帥はそう言ってから「あの混乱自体が彼女自身の演出だった……ご先祖様はそう思っておったらしい」と小さな声で呟き、「ふむ、いささか口が過ぎたな」と口を閉ざしました。共生知生体連合における他種族批判は、度が過ぎれば問題となりかねません。


「ま、執政官をやる奴は悪辣でなくてはいけないからな。連合を生き永らえさせることができるのであれば、どのような手も使うのが執政官だ」


 元帥は「そして我々はそれを育成せねばならん」と言ってから、はたと気づいたようにこう尋ねます。


「執政官候補の三隻の調子はどうだ?」


「ああ、それですね。大丈夫です」


 デュークらは半年間の士官学校生活を経て、インプット的な教育の大半を終了しています。その内容は多岐にわたり、中央士官学校の性格上通常の士官教育をはるかに超えた、結構えげつない内容もあるのですが――


「ふぅん、なるほど、そんなものなんだねぇ」

「わからないものは、わからない! でいいよの!」

「そのうち、わかるようになるよぉ~~!」


 などと、その中身を大よそのところ、受け止めることができています。


「デュークは図体に比例して随分と懐が広いようで、ナワリンは思い切りが良いのか、ペトラはお気楽が過ぎますが、なんにせよ若いだけに龍骨に余裕があるようです。さすがは宇宙軍司令の肝いりということでしょうか」


「少年執政官計画、だな。年経た龍骨の民よりも、若いのを執政官候補にしてしまった方が、後が楽か――たしかに理屈ではある」


「騙されて執政官になるよりは、最初からそうであればいいのですからね。これも英才教育というものですわ」


「ワシには洗脳にしか思えんがなぁ……それ龍骨の民とはいえ、少年期においてあれだけのドンパチを経験させるのも、なんというか……それが生きている宇宙船の現執政官が意向ということであればいたしかたないが」


 オコート元帥は積極的な猛将として名を馳せたイノシシでしたが単なる猪武者ではなく、若い時分から部下や後輩の面倒見の良い人格者として知られる男でした。


「ま、それはそれ――それでは準備が整ったということか」


「はい、デューク達の本体もおおよそのオーバーホールを終えましたから」


 リリィ教官が「いつでもいけます」と言うと、オコート元帥は「ならばよろしい。実習に移りたまえ」と応えました。

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