第335話 回避完了なるも

「左へ回避行動ッ! マックスパワー!」


 ペダルを蹴りこみ戦闘機を左向きに旋回すると同時に、スイキーはスロットルを全開にして加速を始めます。


「あっ右上方――ひ、光の玉が飛んできたっ⁈」


 デュークが後方を見ると、右上方から何やら丸まっちい10メートル程度の光の玉のようなものが飛来するのが分かります。


「光の玉だと、追尾されているかっ⁈」


「追尾はされてないけれど、このままだとかなり近くを通過する」


 デュークがそう言ったやいなや――


「バーナー、オンッ!」


 スイキーはスロットルについている推力増強装置のボタンをねじ込みました。同時にガッ! という衝撃と共に機体は瞬発的な大加速を始めると、「グェッ……」というカエルの鳴き声のようなうめき声が上がります。


「スイキー、だ、大丈夫かい⁈」


「問題ないっ! 耐Gスーツが起動したあおりでゲップが出ただけだ――それより本当に追尾されていないんだろうなっ⁈」


「うん、やっぱり直線的に飛んでくるだけだから――大丈夫、回避できてるよ」


 自分たちの方に飛んできた光の玉が、特段の追尾体制をとっていないことを確認したデュークは、それがスっと走り抜けてゆくのを眺めて「光速の25パーセントくらいの速度だね」と速度を計測しました。


「25パーセントとは微妙な速度だな。判別はつくか?」


「なにかの熱光学兵器……でも、プラズマキャノンにしては速度が遅すぎるし、あまり熱量が感じられないよ」


 プラズマキャノンはプラズマを集積し高速射出する兵器です。エネルギー兵器と実体弾の中間的存在であるそれは、高熱量で光速度の50%程度をもっている物ですが、デュークの視覚素子が捉えてはいるものは全くの別の物のようです。


「アレはもしかしてこの星系の艦隊が使っている兵器かな?」


「そうか、奴らが投げあっていたアレか」


 デューク達は未開星系内に入るまでに可能な限りの観測を行い、現地勢力の艦隊戦のようなものを確認した際、謎のエネルギー球の投射を確認していました。


「他になにか反応を感じるか?」


「ううん、他にはタキオン粒子を検知してはいないよ。戦域から離れていたし、一発だけだし、微妙に外れていたような気もするから…………流れ弾だったのかも」


 広大な宇宙空間における戦闘では、狙い撃つというよりはばら撒くという運用がなされることが往々にしてあります。先ほどの光の玉はただの一発でしたから、デューク達を狙い撃ったものではない可能性大でした。


「さすがに戦域に近づけばある程度は飛んでくるってことか」


 戦闘機乗りとしての経験が豊富なスイキーが「気を付けて監視するしか――」と言った時です。デューク達の近傍を駆け抜けていった光の玉が突如はじけ飛び、大きな閃光を放ちました。


「 アレはギガトン級の核反応だよ! シールド大丈夫っ⁈」


「大丈夫、この機体は縮退炉持ちなんだ!」


 新型艦載機はフリゲート級の艦艇ですから正規の縮退炉を持っており、加えて共生知生体連合の艦外障壁であればギガトン級であれば直撃しなければ問題ありません。爆発の余波をシールドで防御しながら、二人は警戒しつつ、爆発を観測します。


「……アレは一体なんなんだろう。熱光学兵器っぽいのに核爆発を起こす兵器なんてあったかなぁ」


「一応、陽電子砲ってのがあるんだがな。使い勝手が悪いんだ」


 反物質である陽電子を加速する陽電子砲は、弾着のタイミングで対消滅反応が生じる恐ろしい兵器ですが、周囲の物質と反応する性質のため大気中で使うことはできず、宇宙空間でもわずかながらも星間物質があるため、減衰率が高いという弱点があります。一部の要塞砲に使われている以外では、あまり見かけないものです。


「あれは気弾エネルギー衝撃弾とか光の槍サイコスピアとかの類かもしらん」


「それって、攻撃型サイキックが使う技だったっけ?」


 中央士官学校では共生宇宙軍の取り得るありとあらゆる攻撃方法、防御方法について学ぶことができました。そのなかには思念波を用いたそれも含まれているのです。


「思念波兵器か。なるほど、この星系は能力持ちが多いからありえる話だね」


 デュークが口にした思念波兵器とは、能力者と彼らの攻撃手段であると定義されるものです。A級サイキックレベルであれば艦船を攻撃できる攻撃力があり、S級ともなれば単体で数十隻と渡り合えるとされ、その上のイレギュラークラスなら、艦隊戦や惑星攻略戦すらできる戦略兵器扱いとなります。


「ギガトン級の核反応――これができるのはA級ってところだろう」


「A級って星系単位でみても、十人もいるかいないかの存在しなんだよね?」


「ああ、かなり希少な才能だな。それも思念波技術に強い種族での話だぜ」


 共生知生体連合におけるサイキック能力のレベル分けはSABC等級ですが、本人の素質に加え思念波技術のアシスト込みで計測されるものでした。


「しかし、いくら思念波に強い種族だと言っても、艦隊戦をやらかして流れ弾が発生するくらいってのはおかしい。A級、それも攻撃型がゴロゴロしていることになる」


「それってやっぱり変なんだね?」


「ああ、攻撃型のA級思念能力者が艦隊戦をやれるほどいるなんて、連合でも一つあるかないかだぜ」


 デューク達の帰りを待っている候補生エクセレーネはA級サイキックですが攻撃型ではありません。攻撃型A級思念能力者はかなり稀な存在なのです。


「そしてここは星系内航行も超空間にアクセスするのも思念波能力を使うんだ。種族全体がサイキックで、それもレベルが高いってことになる。もし、S級を確認したら俺は全力で逃げるぜ。たとえお前さんの本体に乗っていてもだ」


 デュークの本体は超大型戦艦ですが、惑星破壊を行えるS級とやりあえばただですみません。もし、共生知生体連合において敵対的で悪意のあるS級サイキックがいた場合、数千の艦隊で押しつぶすか、希少なサイキックや異能生命体の特殊チームで闇に葬るといった物騒な手段で討伐を検討するレベルです。


「そんなのが、いるかもしれないのかぁ」


「まぁ、連合でも数少ないヤベー存在だからなぁ……」


 S級認定を受けているのは、共生連合執政府直属の秘匿部隊に数名、戦争教団ドンファン・ブバイのトップ、白いカバの親の方、連合諜報局にも一人いるらしいなど、他にもいるかもしれませんが、本当に希少な存在でした。

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