第69話 空飛ぶふたり

「ヒリヒリ痛い…………」


 げっ歯類に齧られたデュークの指先が欠けていました。龍骨の民は体内に光ファイバを張り巡らせ、表層感覚を龍骨に伝達しているので、彼はピリピリとした痛みを感じているのです。


「ま、唾つけとけば治るか」


 龍骨の民のカラダはナノマシンが存在しており、多少の傷は自己修復するのです。それは機能的に本体と殆ど変わらない活動体も同様で、微小機械たちは「宿主が傷んでる、治すぞ!」とか「うっわ、痛そ……」とか「痛みがなければ成長なしノーペイン、ノーゲイン!」などと言いながら修復作業に入っているので、そのうち治るでしょう。


 デュークは齧られた指をペロペロなめながら通路を抜けてゆきます。500メートル四方は有る開けた場所にでると、彼は異種族たちがちらほらと姿を見せているのに気づきました。


「僕と同じ方向へ歩いているから、あの人たちも新兵なんだな。あっ、建物が見えてきたぞ。あれが駅舎だな」


 デュークが歩を進めていると彼の視覚素子に大きな建物の姿が映ります。それは灰色の建造物で、機能性を追求した実利一辺倒の様相を見せるものでした。


「列ができて――――あそこに並べばいいんだね」


 駅舎の入り口では、様々な種族が列を作り、順序正しく中に入ってゆきます。デュークは行儀正しく行列の最後尾につきました。


「ここが最後尾っと……うん?」


 彼が最後尾に並んだのと同じタイミングで、何者かがスルッと平行してきます。それは上が黒で下は白い6メートルほどのカラダをフワフワと浮かせた異種族でした。体表はつるりとした流線型で、大きな尾びれがゆるやかに上下し、わき腹につけたベルト状の装具からはゴポゴポとした音が漏れ出しています。


 その姿を見たデュークが龍骨を確かめると、「海に住む魚類か似たような生き物から進化した種族――だと思うっす」というちょっと曖昧なコードが浮かび上がりました。コードというものは時々適当なものになることがあるのです。


「やぁ、君も新兵?」


「そうだよ!」


 魚のような知性体は快活で明るい声で答えました。大きな口から覗くギザギザとした牙は大変に恐ろしげなものです。デュークは思わず「凄い口だぁ。これは捕食生物――肉食の魚型種族かな?」と、電波の声を漏らすほどでした。


 すると、その魚はピクリとカラダを震わせ、こう言うのです。


「はは、確かに魚に似ているけれど、ボクはシャチだよ」


 シャチ型種族の新兵は笑いながら否定しました。電気を捉える感覚器官を持っているらしく、電波を漏らしたデュークの声を聞くことができるのでしょう。


「ご、ごめん。異種族のことって、良くわからなくって……」


「はっ、気にするなよ! お互い新兵なんだからさ、ボクはシャチ族のシロホホよろしくね!」


 シロホホといったシャチ族は、気にするでもなくやはり明るい声で挨拶をしてきました。とても怖そうなギザギザの歯を持つその知性体は、中身は大変に懐が広いようです。シャチという生き物は、目の上に白い模様――アイパッチを持っていますが、シロホホは、その名前の通り口元も白くなっていました。


「うん、よろしく。僕は龍骨の民のデュークだよ」


「生きている宇宙船だね。艦種は――戦艦かな?」


「ふぇ、なんで分かるの?」


「ははっ、ステーションに降り立った時に、目ン玉のついた白くてデッカイ戦艦がいたのを見たからさ。あれ、君のだろ?」


 シロホホはデュークの本体を見たことがあり、真っ白なフネのミニチュアを見つけたから、多分そうだろうと当たりをつけたと言うのです。


「しかしあれだね、活動体というのは本体と色は同じでも形は微妙に違うんだね。角がなくって、まるでヌイグルミみたいだよ」


「うん、よく言われるよ。あっちとこっちで、素材が微妙に違うんだ」


 特殊な装甲板で覆われたデュークの本体は、カッチコチでありつつ柔軟性のあるものでしたが、ミニチュアのそれは白くてツヤツヤモコモコとしたもので覆われているのです。


「フネの生き物と言うだけで面白いのに、そんな面白いギミックをもっているなんて、興味深い生き物だなぁ。ははは」


 再度笑いを見せたシロホホが「おっと、ホームが開いたみたいだ。列が前に進むよ」と言いました。


 デュークはシロホホと一緒に駅舎の中に入りながら、空中にプカプカ浮んで進むシロホホの動きが気になりました。


「ねぇシロホホ、君の種族はどうやって飛んでいるの? ベルトになにか仕掛け――重力スラスタがついてるのかな?」


「違うよ、このベルトはただの呼吸補助器さ。サイキック――いわゆる”思念波”のちからで、自分のカラダを飛ばしているんだ」


「思念波……あれってそんな力があるんだ」


 シロホホの種族は念力に優れた種族のようで、カラダを浮かすことなど朝飯前なのですが、デュークは大変に驚きました。彼にとって思念波といえば、遠隔通信――現在使っているミニチュアと本体をつなぐ情報リンクのためのものだと思っていたからです。


「種族によって思念波の特性が違うんだ。ボクたちの思念波は自分のカラダの周囲に働きかける念動力なのさ。これを使えば空中を飛ぶことが出来るし、摩擦を減らして海の中だったら時速100キロくらいで泳げるんだ」


 シロホホは「ボク達が10000体匹集まると、念動力だけで宇宙船を飛ばすことも出来るんだ。皆、共生知性体連合基準でクラスBのサイキック認定受けてるから」と説明しました。


「ふぇぇ、宇宙船を動かせるんだ」


「祖先はそれで宇宙航行をしていたらしいけれど。今は君たちのように縮退炉をつかってるんだよ。おっと、入り口についたね」


 デュークとシロホホは駅舎の入り口に入ります。制帽と制服をビシリとキメた駅員が古めかしいパンチャーをカッチャカッチャと鳴らしながら「チケット見せてください」と言っています。


「チケット、チケット――」


 デュークはクレーンを使ってチケットを懐から取り出しました。パチンと切込みを入れてもらった彼が、シロホホの方を見るとその体に巻かれたベルトの物入れから、チケットがフワリと飛び出ます。


「それも思念波の力なんだね」


「うん、ボクらはこんなヒレしかないからね」


 チケットを提示したデュークたちがゲートの中に入り込むと、駅舎の中が見えてきました。そこはいくつものホームが置かれたところで、枕木の上に長い金属の棒が敷かれているのがわかります。


「この木材と金属の棒は一体なんだろ?――パリパリ鳴ってるぞ」


「このレールはリニアだね。古めかしい金属レールに見えるけれど、かなりクラスの高い常温超電導物質だよ」


 シロホホはこのような施設や鉄道技術に詳しいようで、異種族のテクノロジーに疎いデュークに、地上の乗り物について色々と教えてくれました。


「でも、乗り物らしきものは見つからないよ?」


「時間になれば、あそこから出てくると思うよ」


 ホームから伸びるレールは駅舎を離れたところで大きく湾曲し上の方に伸びています。その先を眺めると、ホールの外部に向けて大きな穴が穿たれているのがわかりました。


「あの穴の先は、リニアレールのトンネルになっているんだ。トンネルは伝導性の積層ガラスで出来た真空のパイプになっているはずだよ。空気抵抗がないからとても速いんだ」


「なるほど宇宙空間とおなじだね。でも、ここには空気があるけれど」


「駅舎には重力制御の仕掛けが動いているようだね。駅舎のような場所と、列車が走る真空を隔てているんだ」


「へぇ~~シロホホは、物知りだねぇ」


「ううん、ただの耳学問だよ。こういう技術はボクらの母星では珍しいんだ」


 シロホホは「サイキックで移動する種族だから、そのあたりの技術というものがやや劣っている」と言い、こういう技術というものを学びに新兵訓練所へ来たのだと続けました。


「ところで、もしかしてデュークは乗り物に乗るのは初めてかい?」


「そうだね、自分のカラダがあるから」


「ははぁ、君は生きている宇宙船だものね。君が列車に乗ったら、乗り物が乗り物に乗るってことになるのかな? きゃはは」


 シロホホはたいへん愉快そうに甲高い声で笑いました。


「ん?」


 デュークの龍骨に「シロホホは笑い上戸のメス」というコードが浮かびます。龍骨の民は異種族との交流を通して経験値を高めコードの精度をあげることで、個体の特徴について詳細なデータを得ることが出来るのです。


「もしかしてシロホホは女の子?」


「そうだよ、ああ、”ボク”なんていうから、気づかなかったのか」


 シロホホは「ボクの故郷だと普通なんだけどなぁ」と言うのです。共生知性体連合で使われている共通語は、主語や語尾である程度性差を表すことができるのですが、訛りや方言のようなものがあるため、判然としない場合もありました。


「性差がぱっと見で分かる種族もいれば、そうでない種族もいるんだよね。ねぇ、龍骨の民は、どのへんで男女を見分けるの?」


「ん――カラダの作りとか、目玉のカタチとかかなぁ。氏族によっても違うみたいだけど、あ、列車がくるみたいだよ!」


 デューク達が会話を続けている中、ホームに音声が流れはじめます。電光掲示板はまもなく列車が到着することを示し、ほどなくして、トンネルの方からヴォォォォォォォォォ! とした音が聞こえるのです。


「カラダの中がビリビリするぞ、これは空間を震わせる重力波か。ということは、駅舎の重力制御を突き抜けて聞こえている――これは相当なパワーだよ」


「うん、重力波の汽笛だね。でも、フネとは大分違う感じだね」


 そして駅舎の端にある重力隔壁がバシャリと開き、重力波を高らかに響かせる物体が、駅舎の中に入って来たのです。

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