第68話 肉食獣

「こっちであってるかな?」

 

 入隊手続きを終えたデュークはモノレールの駅を目指して進んでいます。


「ん?」


 通路を進んでいるとところどころに穴があり、足元の下にまた別の通路があるのに気づきました。


「ネストの天井にあった、メンテナンス用の側溝みたいなものか……あれは入り口かな?」


 デュークは少し進んだところにこぶりな扉が付いているのに気づきます。普段であれば鍵が掛かっているのでしょうが、今は誰かが開けたばかりで、中の方が見えていました。


「穴ぼこ……こういうの見つけると入りたくなっちゃうんだよなぁ」


 故郷にいた頃のネスト探検の記憶が蘇ったデュークは「まだ、時間があるから覗いてみよう」と好奇心持ってしまい、ついスルッと入り込んでしまうのです。


「へぇ、中はこんな感じなんだ。ずいぶんと遠くまで続いているなぁ」


 メンテナンス用の側溝に降り立ったデュークが辺りを見回すと、液体や気体を配送する管やら、電力を供給するコードや、光ファイバーが束ねられたものが通っていました。彼はそれらの伸びた通路の奥をみるのですが、所々についた簡易的な照明があるだけなので、あまり遠くまでは見通せませんでした。


「ん? なんだこれ……潤滑油?」


 デュークは足元にドロっとした液体がこぼれているのに気づきます。クレーンですくい上げると、ベトッとして粘着力のある透明なジェルだとわかります。


「どこからかこぼれたのかな――――んっ?」


 などとデュークが艦首をひねっていると、突然遠くの方でバキン、ドキン、ゴキン! と、金属と金属がぶつかり合うような音が聞こえてきます。


 デュークは「なにかの機械が壊れたのかな?」と音源に向けて耳を澄ませて見ると、どうやらそうではないようです。音は不規則にガキン……ッ! ガ……キンッ! と不規則に発生しているのです。そして、その上――


”キシャァァァァァァァァァァァァァ――――――ッ!” 


「ふえっ……?!」


 と、金切り声のような叫び声が聞こえて来たのです。


「な、なにが起きているんだ……」


 デュークは視覚素子の調整を行って、わずかに感応する赤外線反応を使って奥の方を眺めます。すると、黒っぽいカラダを持つ何者かが足を振り回して通路に叩きつけたり、腕をパイプの中に突っ込んだり、キシャァァァァァァァッ! と大きな口を開いているのです。


「暴れてる……」


 身の丈2メートルはある黒々とした生物が、手足を振り回しながらキシャアキシャと鳴きながら暴れているのです。彼には、それがとても知性のあるものには見えませんでした。


「もしかしたら、あれが動物ってやつかな?」


 デュークは、その生き物が、どこぞの種族が持ち込んだか、紛れ込んだのかで入ってきた、知性のない動物なのかもしれないと思いました。


「うわ、パイプに穴を開け始めた――ガスが漏れちゃうぞ!」


 あまりの光景にある意味目を奪われたデュークが、その生き物は長い腕の先にある尖った爪を持ち上げて、パイプに突き刺すのです。すると、配管の中を通っている高圧の気体がブシュ~~! っと漏れ出すのです。


 漏れだしたガスが吹き付けられると、黒い動物はキシャアアアア! と叫び声を上げるのです。


「やっぱりあれ知性の無い動物だぞ。高圧ガスの通った配管を破っちゃうなんて、お馬鹿だなぁ」


 デュークが呆れた思いでその光景を眺めていると、配管から漏れ出たガスがブワリと拡散して、その辺りを白い煙幕のように覆います。


「見えなくなった……しかたながないなぁ。係員さんに伝えて――――ん?」


 彼はそろそろ側溝を出て、共生宇宙軍かステーションのスタッフに状況を報告するべきだろうと思ったその時、白い煙幕の中からなにやら小さな物体が飛びでてきたのです。


「あれはなんだろ?」


 デュークはセンサを調整して、その小型の物体の動きを捉えました。


「白くて小さな生き物が走ってくるね――――」


 それは彼の脇をかすめるように走りぬけようとしています。


「よいしょっ!」


 デュークは向かってきたそれをクレーンを使って捕捉しました。龍骨の民というものは、白くて小さな物が飛んできたら、それを捕まえようとする本能があるのです。


「うーん、思わずキャッチしてしまったけれど、これも動物かな?」


 彼の手の中に体長40センチほどの生き物が収まっていました。それはモコモコとした毛並みを持っていて、黒く光るつぶらな眼をキョロキョロさせ、濡れる鼻先からは髭をヒョコヒョコとさせています。


「ネズミ……とでもいうのかな? 君、なにしてるの?」


 デュークが龍骨の中のコードを確かめ、それが齧歯類に属する生き物――じゃないかなぁ? などと思っていると、声を掛けると――――ネズミはチウチウとした鳴き声を上げながら、涙ぐむのです。


「ン――あの大きな生き物から逃げていたんだね。もう大丈夫だよ」


 デュークが優しげな声をかけると、ネズミは小首をかしげながらスンスンとデュークの指先を嗅いでくるのです。


「はは、可愛いなぁ」などと、デュークが手の中のネズミを見つめていると、突然近くでキシャァァァァァァァァ! とした大きな叫び声が聞こえます。


「ふぇっ!?」


 と、ネズミに気を取られたデュークは、叫び声を上げていた体長2メートルほどの生き物が近づいていたのに気づかなかったのです。


「キシャァァアアアァ!」


「ぎゃぁ、化け物だ!」


 デュークの目の前に立つその生き物は、とんでもなく醜悪なものでした。頭はとても大きく、前から後頭部にかけて丸いヘルメットのような皮膚に覆われ、細長い隙間から覗く目は強い光を洩らし、あぎとと言うべき口からは、なにやら唾液を洩らしているのです。


 黒光りするカラダはどことない歪さをもち、背中からは禍々しい肉腫の管を伸ばしてフシュリと空気を吐き出して、カラダを支える脚と、鋭い爪をニョキリと生やした長い腕は、丸太の様に太いのです。


 デュークはこんな生き物を始めて見たのですが、そいつの姿を見ていると、”冥府より来たりし悪魔のごとき肉食獣”――などというコードが龍骨を流れるのです。龍骨の民のカラダの主成分は多くが金属質ですから、多分食べられることはないかもしれませんが、デュークは「に、逃げなきゃ!」と本能的に思うのです。

 

 彼は後付さりするのですが、その肉食獣はジィとデュークを眺めて詰め寄ってきました。


「ぼ、僕を食べたって美味しくないよ……はっ、そうか、このネズミを食べようっていうんだな。駄目だよっ!」


 デュークは手の中のネズミを守ろうとクレーンを固めながら、ズリズリと後退します。


 キシャァァァァ……


 黒光りする化け物は、そんなデュークをあざ笑うが如く、ズルリと尻尾を靡かせながらに近づき、口を大きく開きました。


「ひぇっ……」


 化け物の口の中には鋭い歯がビッシリと生え、真っ黒な舌が生々しく蠢いています。そこからはヌルリとした唾液をこぼれ「く、喰われる……」と思って龍骨を固くしました。


 そして、大きな口を開けた化け物がこう”言う”のです。


「よく捕まえてくれたべ!」


「……へ?」


「なかなか捕まんなくてよ。えらい難儀してたんだべさぁ」


 黒光りする生き物の恐ろし気な口からは、間違いなく共生知性体共通語が漏れています。


「ち、知性体だったんだ……」


「ん? もしかしてお前さん、オラのこと肉食獣とか化け物とか勘違いしとったか?まぁ、そう言われても仕方ねぇべな、おらこの風体だもん」


 そういった”彼”はゴッツイ口の端を上げて、「キシャァァ」と笑いました。


「おらはステーションの防疫対策チームのタネゴロウ中尉だべ。おめさんは新兵――まだ若いフネだな?」


「え、ち、中尉殿……あっ?!」


 デュークは慌てて敬礼をします。それを見たタネゴロウも、拳を固めて頭の横でヒラヒラと振る共生宇宙軍式の敬礼を返すのです。


「したらば、手に持っているそれを寄越してくんろ」


「え、このネズミをですか?」


 タネゴロウの鋭い爪が齧歯類を指しています。デュークは、手の中のネズミを眺めました。


「もしかして――――食べちゃうの?」


 手の中のネズミがチウチウと怯えて鳴いているのが可愛そうで、デュークは決して離そうとはしませんでした。

 

「キシャシャシャシャ、おらは肉食獣でねぇよ」


 剣呑な肉食獣に見える彼は、実のところヒャクショウという種族で、由緒正しい農耕民族――ヒャクショウとして知られています。彼の手についている鋭い爪は、獲物を狩るためのものではなく、畑を耕すためのものでした。


「おまいさんの手の中にいうもののほうが、危ない生き物なんだがね」


「え、これが? ただの動物でしょ?」


 デュークは手の中の小さな生き物が、なにか悪さをするとは思えませんでした。でも――


「そいつは第一種指定危険生物――害獣なんだべ」


 タネゴロウは、長い指を伸ばして突きつけ、「とっても危険な生物なんだべ!」と言うのです。


「え、こ、こんな可愛らしい生き物が――」


 デュークは手の中でチウチウと鳴くネズミが、危険な生き物だとはとても思えませんでした。でも、タネゴロウ中尉は「「ま、おらの方が危険生物に見えるかも知らんがのぉ。キシャシャ――」と苦笑いしてから、肩をすくめてこう説明するのです。


「そいつは間違いなく害獣だべ。ステーションやフネの中の食料とかを齧る悪い奴らだべ。今日来た種族の宇宙船に潜り込んでいたんだっぺ」


 タネゴロウが言うには、ネズミの放っておくとどんどん増えて、知らない内に病原菌をばらまく害獣なのだと説明しました。


「で、でも、一匹くらいなら、別に害はなさそうだけど……」


「確かに一匹だけならそうかも知らんけど――お前さんネズミ算って知っとるかぁ? ネズミの番が一組いれば、ひと月で10匹産んで、さらにひと月したらまた産んで、親と合わせて60匹になるべ」


「二ヶ月でそんなに増えるんだ……」


「月に一度ずつ、親も子も孫もひ孫も10匹ずつ産んだべ。一年たったらどうなるべ?」


「ええと――――43億匹を超えるのかっ!」


 デュークは副脳にある電卓を叩いて、その結果に驚きます。


「しかも、今回は、100匹近く入り込んだべさ」


 そう言ったタネゴロウは「その数字で、もう一度計算してみるっッペ」と言いました。


「ええと……あ、Eって表示された……」


 デュークの副脳にある電卓が、オーバーフローを起こしてエラ―を吐き出したのです。


「ざっと2000億匹だがね。ステーションの防疫体制が崩壊するべな」


「え、ええええ、そんなに……」


 タネゴロウはフシュリと背中の管から盛大なため息を漏らしながら「ネズミは害獣だってわがったな?」と言いました。


「それに気を付けな。そのネズ公――――」


 タネゴロウはデュークの手にある生き物を指さしながら、こう言いました。


「金属を齧る雑食の宇宙ネズミなんだべ。ほれ、おめえさんの指を美味そうにみつめておるでよ」


「い、痛っ!?」


 デュークが手の中のネズミを確かめると――そいつは嬉しそうに彼の金属製の指を齧り初めていたのです。

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