第67話 入隊手続

 検疫措置を受けたデュークが通路をスルスルと進んでいます。


「ええと、こっちかな?」


 あたりは規格が統一されたパーツで構成されており、扉も不必要に開閉するものではないため、おおよそ道なりに進めば迷うことなく、目的地に到着できそうです。


 しばらく歩いたデュークは、横に長く伸びたかなりの大きさがある空間にたどり着きました。


「あ、異種族がいっぱいいるね」


 その空間では、複数の異種族がテクテクと歩きながら、壁面の高いところに有る何かを眺めながら「どこだろう?」「これかな?」などと、なにかを探しているのです。目当ての物を見つけた者は「あったこれだ!」と、その下にある扉の先に入ってゆくのです。


「何をしているのだろう?」


 彼らと同じ様にして、デュークが壁面に近づくとそこには、なにやら樹木がたくさんの枝葉を伸ばしているような図式がズラッと並んでいるのがわかります。


「なんだこれ……?」


 その図式の一つを眺めると、下の方に「シンビオシス星系惑星クレメンティア由来真核生物動物界脊索動物門哺乳綱――――◯◯族」というようなプレートがあることに気づきます。


「異種族のなにかだな……ん?」


 デュークが艦首を振りながら、いくつかの樹形図を眺めていると、「リクトルヒ族」と書かれたプレートを見つけるのです。


「これは、あの白銀の護衛の人たちのことか。えっと、一番下は箱型のロボット……? 上に行くに連れて、手がついて足が付いて……」


 そこで、デュークは有ることに気づくのです。


「もしかして、これって異種族達の進化の歴史かな?」


 実のところ樹形図は彼が考えたとおりのもので、様々な種族がどのように進化してきたかの道筋を表したものでした。


「種族ごとの進化が手にとるように分かるぞ!」


 樹形図は共生知性体連合を構成する知性体ごとに用意されているらしく、立ち並んだそれらは随分と遠くまで続いているのがわかりました。


「連合って、こんなにたくさんの種類の種族がいるんだなぁ」


 様々な種族を表した樹形図の数にデュークは驚くとともに「全部見てたら切りがないよ」と呟きました。


「龍骨の民は、どこにあるんだろ?」


 種族ごとの図式はある程度似たような生き物ごとに置かれているようです。無機質の多い機械的な生物っぽい種族ところを探して10数分――デュークは目当てのものを発見します。


「艦船型種族(天体由来)――これだ!」


 そこには大きな丸い円が描かれており、そこから12本の線が上に伸びたところにフネのようなシルエットがたくさん浮かんでいました。


「丸いのはマザーだね。フネは戦艦とか駆逐艦、商船なんかの種類だね。この12本の線は……あ、ネストは12個――これは氏族を表しているのかな」


 龍骨の民の図式は、進化の道筋を表す樹形図というよりは、一つの工場から出てくる12個のブランドのようなものでした。彼らは母星マザーから氏族ごとに産まれてくるので、そのような描き方をされているのです。


 デュークは自分の種族の図式をしげしげと眺めて「戦艦にもいろいろ種類があるんだなぁ」と呟きました。また「マザーはどこから来たのだろう?」などと素朴な疑問も口にするのですが「ま、いいや。どうせわかんないもん」とサクリと諦めます。


「この中に入ればいいんだね」


 彼が種族図の下にある扉の前に立つと、これまでのハッチと同じように自動的に開き、綺麗に整頓されたオフィスルームが現れました。


「お入りなさい、龍骨の民」


 オフィスの中心にあるデスクに座っているつるりとした顔を持ったヒューマノイドがヒヤリとした笑みを浮かべながら、中に入るように促してきました。


「入隊事務所へようこそ。私は共生宇宙軍法務中尉カミラ・カルンシュタインよ。それでは、あなたの艦名と氏族名を教えてね」


 アーモンドのような形の眼に緑の瞳を浮かべた美しい女性がそのように尋ねてきました。


「はい、デューク――テストベッツ氏族出身です。艦種は戦艦です!」


「なるほど、記録では大型戦艦ね――超大型戦艦に分類してもいいくらい」


 女性は手元の電子端末を走査しながら、紅いルージュに濡れたふくよかな唇をキュッとさせて笑みを強くしながら、こう続けます。


「これから、あなたが共生宇宙軍に入るための手続きをします」


「手続き――テストですか?」


 テスト――試される者テストベッツの幼生体だった時――宇宙に放り投げられたことをデュークは思い出しました。緊張で龍骨がさらに固まり、ミニチュアのお肌がピクリと動きます。


「簡単なものだから気張らなくてもいいわ。ちょっとだけ活動体にアクセスさせてもらうけど――――んっ」


「ッ――――これは?」


 カミラがデュークに向けた目をスッと細めると、デュークの龍骨になにやら波がとどくのです。


「それ、私のサイキック能力である精神探査思念波よ。ごめんなさいね、なりすまし防止のためなのよ。龍骨の民になりすまそうなんて奴がいるとは思えないけど、一応規則だから――ふむ、本体とのリンクは大丈夫ね」


「へぇ、そういうものなんですね」


 デュークの活動体を調べて、その思念波のリンクを確かめたカミラ中尉は、こんどは携帯型の端末の持ち上げ、その画面をデュークに向けました。


「これは?」


「何に見えるかしら?」


 画面には一枚の絵――ぼんやりとして捉えるのが難しい、染みのような抽象画が映っていました。


「黒々とした巨大な生き物?」


「ふむ、じゃあこれは?」

 

 カミラ中尉は別の絵に切り替えました。


「丸いのは惑星かな――地表に誰かが住んでいる」


「では、これは」


「黒い物体が――惑星を飲み込もうとしている……」


「いま、あなたの龍骨にはどんなコードが、浮かんでいるかしら?」


「ええと、捕食者、生命いのちを貪る者と言うコードが浮かびます! あれれ、コードが変化して――――――――これは、餓えた竜だ!」


「それで、餓えた竜はあなたにとって、なんなの?」


 カミラ中尉が、餓えた竜、龍骨の民に伝わる古いおとぎ話に現れる伝説の生き物について尋ねます。


「……敵!」


 その言葉を聞いたカミラ中尉は、うんと一つ頷くのです。


「正常ね」

 

「一体これは、なんですか?」


 中尉はそう言うと、端末をポンと押して、画像を消しました。


「これは知性体の共生能力を調べる心理テストなの。この絵を見るとね、知性体は皆、似たようなことを言うのよ。龍骨の民の場合は、餓えた竜――それは敵だってね」


「へぇ……」


「餓えた竜ねぇ、他の種族にも似たような伝説があるのよねぇ。実在したんじゃないかっていう人もいるの」


 そう説明した中尉は端末を調整して、今度はデュークの本体を映し出しました。


「ホント大きいわよねぇ。連合基準でも超大型戦艦に分類されるサイズ――あなた一人で惑星上の都市なんて簡単に破壊できそうだわ」


「そんなこと、考えたこともないです……」


「龍骨の民は優しい生き物だものね。でも、軍に入れば他の勢力と戦うことになるの――命令があれば、敵を撃てる?」


 カミラ中尉は冷ややかな目でデュークを見つめました。


「ええと、僕は軍艦だから……多分」


「あらら、随分と弱気ね。軍艦が敵を撃つをためらうの?」


 カミラ中尉は少しばかり侮るような口調で指摘すると、デュークはちょっとばかり考えてから、こう答えるのです。


「ええと、何かを護るためなら……できます!」


「ふむ、護るため?」


「それならばやれる気がするんです!」


「なるほど、あなたは至極真っ当な龍骨の民だわぁ……」


 デュークが断言したのを聞いたカミラ中尉は美しい形をした目を細め、嬉しそうな表情を見せました。


 その後、小一時間ほど法律的な確認が行われます。それは軍務上の問題点についてのもろもろのお話なのですが、待遇面に限って言えば、この様なものでした。


「軍務につく代わりに3食昼寝付き」

「やった!」

「但し、昼寝は戦地においてはその限りにあらずよ」

「ふぇぇ、そうなんだ」

「お給料は月末締めの、翌月15日払」

「お給料ってなんですか?」

「あなた凄く貯金が貯まるかもね……」

「貯金?」

「それから、危険地帯にいる時や戦時にはボーナスがでるわ」

「棒茄子って、美味しいものですか?」

「お腹より、懐が満ちるのよ!」

「満タンになるなら、お腹の方がいいなぁ」

「税金と社会保険について――」

「なるほど、よくわかんないことがわかった!」


 などと、理解できているのかどうか微妙なレベルの受け答えが続き――


「よし、最後の確認――デューク君、あなたは共生宇宙軍に入隊を希望しますか?」


 カミラ中尉は、デュークの入隊意思について、最後の質問を投げかけました。


「はい!」


「了解よ。龍骨の民デュークの申請を受理します」


 きっぱりとした口調でデュークが答えたの確かめたカミラ中尉は、端末をタタタと叩いてデータをステーションの中央電算機に送り込みました。するとすぐに軍のサーバーから返答が帰ってくるのです。


「今、データを送るから。本体の方にも届けておくわね」


 カミラ中尉は手元の端末を操作して、デュークに向けて艦籍データを流しました。するとデュークは、ピリリとしたデータの羅列を感じるのです。


「あ、このコードは共生宇宙軍のものだ」


「そ、正真正銘の軍艦として認められたのよ。階級は他の種族と同じ二等兵からになるけれどね。じゃあ、ここでの手続きは終了――」


 そう言ったカミラ中尉は「これを持っていくのよ」カードを渡してきました。受け取ったデュークがカードを指先でちょんと突くと、表面に『ステーション→新兵訓練所』と文字が浮かび上がります。


「これは……」


「それは軌道モノレールのチケットよ」


 中尉は「訓練所までは結構距離があるからそれを使って移動する必要が有るの」と説明してくれました。


「発車時刻まであと2時間位かだけど、ここから歩くと駅まで時間がかかるわ。寄り道しないでね」


「はい、ありがとうございます……あ、一つ質問いいですか?」


 デュークは「ナワリンとペーテルはどこですか? 接舷位置が隣のブロックだったから、離れ離れになってるんだけど……」と尋ねました。


「ん、同じ時期に来た龍骨の民の一箇所に集めるはずだから、少なくとも訓練所でまた会えると思うわ」


「そうか――」


「仲間思いなのね、そんなところも龍骨の民らしいわ。さて――デューク二等兵、これより訓練所に向かうことを命じます」


アイアイサーわかりました!」


 カミラ中尉は軍人としての初めての命令を下しました。デュークは先達に躾けられたとおりにサッと敬礼を捧げて、軍艦としての一歩を踏み出したのです。

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