第66話 接舷後、ステーション内部へ

「接舷作業完了――――じゃぁ活動体に入って、降りてきてね」


「えっ、ここからは活動体に入って進むのですか?」


「ええ、ステーションの中に入るには、あなたのカラダは大きすぎるからぁ」


 浮きドックに接舷したデュークはマリアの指示に従い、自分のミニチュアを起動させて下船します。彼が降り立ったドックの上には、ツナギ型の宇宙服を装着したマリアが待っていました。


「どうも、龍骨の民テストベッツ氏族のデュークです」


「あらあら、やっぱり生きている宇宙船ってば、躾がなっているわぁ」


 デュークが艦首を上げ下げして丁寧な挨拶をする様子に、マリアは大変感心した感じの笑みを浮かべました。


「あの、これから僕はどうすればいいのですか? 宇宙軍に入隊するにはどうすればいいのでしょうか?」


「ステーションの中に共生宇宙軍の入隊手続きを行う場所があるの」


 マリアは「あなた宇宙軍に入りたいんでしょ? 軍艦型の龍骨の民はみんな志願兵ね。ま、マザーが軍艦として作ったのだから、当たり前かぁ」といいました。


「他にも――前にも龍骨の民が来たのですか」


「そりゃそうよ、年間1000隻はステーションに来るもの。私は毎年100隻くらいは整備してるわ」


「へぇ……」


 デュークはフネの先達のことを思い出し、皆同じ様にしてここに来るのだ実感するのです。


「あ、整備といえば、僕のカラダ――本体はどうなるのですか?」


「寝返りでも打たれたら大変なことになるから、訓練期間中はドックで封印させてもらうわ。龍骨の民は皆そうして新兵訓練所に行くのよぉ」


 マリアはとっても大きな胸をそらしながら「私は特級整備エンジニアなのよ。さっきもいったでしょ。毎年たくさんの生きている宇宙船を管理しているわ。だから安心なさい!」と、朗らかな笑みを浮かべました。


 「うもぉ」とした鳴き声を上げるマリアには、なんとも言えない実力と安心感を感じることができます。デュークは「このウシ人――? だったら、大丈夫だな」と直感的に思いました。


「じゃ、早く行ってきなさい」


「はい、カラダはお願いしますね」


 デュークは自分の本体をマリアに任せると、浮きドックの中をスルスルと進んでゆきます。


 ドックの端にステーションの外壁が現れ、大きなハッチがついているのが見えました。


「ふぅん、ネストのハッチに似ているなぁ」


 ハッチの前に立つと自動的に開放されるので、彼はその中にスイッと入り込みます。すると、ゴゴゴと閉鎖され、なにやらプシュ――と気体が漏れ脱して、ハッチの中を満たしてゆきました。


「”与圧中――――”、か。ネストの大気とは全然違う成分だなぁ。おや、中にもう一つ扉があるぞ……」


 ハッチの中に入ったデュークはその中に別の扉を見つけます。大気圧が十分な量になると、その扉はゴォンとした音を立てながら開きました。


「ここの先に行けってことだね」


 真白な光が灯る部屋が現れます。




 デュークがいぶかっていると、部屋の中に立体文字が浮かびあがります。


『お手回りの品を置いてください』


 そして部屋の壁からプレートが飛び出てくるのです。


「お手回りの品、少しだけ残っていたコレのことかな」


 デュークは懐にしまっていたおやつの残り――超空間で見つけた機雷の残り物を取り出しました。彼が、それをプレートに置くと、なにやら明滅が起こります。


『爆薬を検知……没収』


 プレートはおやつの残りと一緒に壁の中に消えてゆくのでした。


「ああ、僕のおやつ……」


『眼を閉じて、センサをしまってください』


「ううん?」と、デュークが目を閉じて、活動体の外側にあるいくつかのセンサをしまいます。


『3・2・1』


 カウントダウンが終わると部屋がバシャリ! と強く発光しました。


「あちっ! な、なんだこれ」


 肌が強い光で焼かれたように痛むのですが、今度はこんな文字が浮かびます。


『クレーンを伸ばして、目と口を開いてください』


「はぁ……ええと、こうかな」


 デュークなにか嫌な予感がしましたが、生来素直な彼は文字の通りにしました。すると天井からバシャリと何かの液体がシャワーのように降り注ぎます。


「うわわわ!」


 バシャリと降り注ぐ液体は、とても冷たくてなんだかヒリヒリするような感触でした。


「ううう、冷たいです……」


『カラダを温めます』と、今度は部屋の隅から熱風が吹き付けてきます。


「おお、温かい……ってなんだか……うわわぁ!」


 風がどんどんつよくなり、デュークはカラダを固定するのがやっとでした。しばらくすると、ピタリと風がやみました。


「うもぉ……」


『じっとしてください』


「つ、次はなんだ……」


 警戒心まるだしのデュークをよそに、壁の中から複数のアームが伸びてきて、デュークのカラダを固定します。アームの一本は先はなにやら筒状で先はとても鋭くなり、活動体にブスリと突き刺さりました。


『殺菌剤投入完了、これで検疫作業完了です。お進みください』


「あいたたた……これは防疫措置だったのか」


 一連の流れは、ステーションへ病原菌を持ち込ませないための防疫措置でした。様々な種族が入り乱れるステーションへ入るために必要なことだったのです。


 さて、デュークが部屋を出てからまた通路を進み、いくつかの隔壁を抜けると、小ぢんまりとした別の部屋にたどり着きました。部屋の中にはデスクがあって、共生宇宙軍の軍服の上に外套Pコートをひっかけた士官がデスクに座っています。


 デュークが部屋に入ってきたのを認めた士官は、目深に被った軍帽のつばの奥からギラリとしたと鋭い視線を向けてくるのです。その士官はそれほど大きなカラダをしているわけではないのに、その眼光はとても強いもので、とても威圧感があるのです。


 眼力だけでデュークを圧した士官は、カラダのわりに大きな手をサッと振り上げ、共生宇宙軍式の敬礼をします。デュークは思わずハッとして、老骨船に教えられた敬礼を返しました。


 それを見た士官は、口の端を少し上げながら、こちらへ来いというほどに手を広げてデスクの脇を示しました。


「龍骨の民――ふぅむ、君が1キロ越えの戦艦というやつか?」


 士官の声は潮に焼かれたようなしわがれ声でしたが、とても重厚な音質で、他者を圧倒するような響きがありました。


「は、はい、僕はデュークです……」


 なんとも威圧されてしまったデュークはそれだけしか言えません。士官が少し首をかしげてから、パサリと手を振ります。すると壁がスクリーンに変わって、デュークの本体がドックでごろ寝しながら推進剤を啜っている映像が映りました。


「なるほど、大きいな――」


 士官は首を振ってデュークの本体をジロリと眺めてから、クルリと首を向けなおすのです。


「だがミニチュアだと、大きなぬいぐるみのようにしか見えないな」


「は、はぁ……ところで、あなたは誰ですか?」


 デュークが恐る恐る尋ねると、士官はホォと一声泣いてから、こう答えるのです。


「ワシは――――ジョン・ドゥ。いくつか質問をさせてもらって良いか?」


「は、はい」


「君はなぜ共生宇宙軍に入るのだ?」


「えっ?」


「宇宙軍に入る理由を聞いている」


「ええと――共生知性体連合の一員として働くため?」


 デュークが疑問形で答えるとドゥはふむと頷き、また尋ねます。


「それは君自身の意思か?」


「そういうものだと教わったから……」


 軍艦型の龍骨の民が軍に入るのは当たり前と教えられてきたデュークがそのように答えます。ドゥは少し首をかしげると、口の先をツンと上げて、また尋ねます。


「龍骨の民らしいな。ところで共生宇宙軍は何をするところだと思う?」


「ええと……戦うのがお仕事と聞きました」


「なんのために?」


「ええと……」


 デュークが口ごもると、ドゥはホォとまた吐息を吐いてから、こういいます。


「世界を護るためだ。我々が存在する宇宙はとても”世知辛い”ところだ……共生の理念に賛同する勢力ばかりではない。他種族を滅ぼしたり、抑圧、奴隷化する奴腹から、我らの故郷”を護るのが共生宇宙軍――ふむ、時に、君の故郷はどこだ?」


「えっ? マ、マザーです」


 デュークは当たり前の答えを告げました。


「マザーか――――だが、違うのだ! 共生宇宙軍にとっての故郷とは、連合加盟種族全てが生きるすべての星なのだ!」


 ドゥは、クワァ! と吠えながら、足で机をドン! と叩きます。その勢いはデスクの硬い表面に鋭い傷跡を残し、メキョリと歪むほどでした。


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ⁈」


 驚愕するデュークをよそに、ドゥはこう言います。


「宇宙軍にとっての故郷とは一種族の母星だけではない……いいか、連合加盟種族すべての星、それが我らが護るべき故郷なのだ!」


 ドゥがさっと手を振ると、共生知性体連合が存在する宇宙を示す図がスクリーンに表示されます。


「君は何者になりたいのだ?」


 嘴からホォと音を洩らしてから、瞬膜――鳥類の瞼をつむりながら問いを投げかけるのです。その質問はとてもシンプルで、デュークにとって間違えようのないものでした。


「僕は軍艦になりたいんです」


 その答えを聞いたドゥの瞳が爛々と輝きました。


「ならば、良く学べ……」


 そして、ジョン・ドゥはカタリとデスクを立つと、バサリと手――翼を広げてデュークの前から姿を消しました。


 ひしゃげたデスクの上には、一枚の羽根――とても大きく美しいものが落ちています。ドゥは、猛禽類から進化した種族、フクロウのようなトリ型種族だったのです。


 その時のデュークにはドゥが誰だかまったく分からなかったのですが、この出会いは、彼のキャリアにとって、とても大事なものになるのです。

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