第120話 コア最深部

「スノーウィンド――スノーウィンド――共生知性体連合英雄章授与者、元共生宇宙軍司令長官にして、当代の執政官である『幸運』のフネ」


 デューク達を乗せた高速エレベーターが、セントラル・コアの最深部に降下してゆく中、メリノー上級執政按察官は、乾いたヒツジの声でそのように歌い上げました。


「ああ、あのコンテナに描いてあった駆逐艦かぁ。とても強くて、運の強いフネか」


「見たことあるけれどぉ、メルチャントではマイナーなコンテナだったかもぉ」


 デュークは幼生体の頃に見つけていたミルクのコンテナを思い出したようです。ペトラは、あまり飲んだことがない様でした。


「ほぉ、氏族が違うと認知度に差があるみたいだな……ま、それは良いだろう――さて、速度が下がったか、コアの最深部に入ったな」


 メリノー上級執政按察官はちらりと速度表示を眺めると、指をパチリと鳴らしました。すると、エレベータの側面が透過されて外部には広大な空間が広がっているのがわかります。


「地下1000キロにこんな広大な階層が……」


「コアの最深部は、2万平方キロほどでな、執政府を始めとした共生知性体連合の政治機関や各種軍事施設などもある。定義にもよるが一つの都市国家なみと言えるかもしれん。おや、雲が出ていて執政府のあたりはみえないか……」


 地下空間には、雲が浮かぶほどの高さも持っていました。エレベータは重力制御により広大な空間を航空機の様にゆるやかに飛び続け、とある区画の上で高度を下げ始めます。


「少し速度を落として寄り道しているのだが、この下はとある執政官の所有する区画でな。あすこに建造物が見えるだろう?」


 眼下には、青々とした山岳地帯を模した地形が広がっているのがわかります。その一部に、人工の建物が並んでいるが見えました。


「石造りの建物が円周上に並んでいますね。中心には一際大きな建物があるけれど――」


 がっしりとした建造物は、随分と古めかしい作りをしていました。


「たしかに、この衛星の地表にあるようなモダンな様式ではないな。あれは、私の故郷の古い城塞都市を模しているんだ。ま、君たちでいうところのネストのようなものさ」


「なるほど……あそこはネストなんだ」


「都市の名前はグラン・アリエス。真ん中にあるのは、カステル・メリノーと呼ばれている」


「メリノー城? それって上級執政按察官のお名前では――」


「私が所有する城だからね。執政府要人の所有する施設は、そう呼ばれるのさ。めぇめぇあはは


「……やっぱり、凄く偉い人なんじゃない」


 ナワリンが突っ込みを入れるのですが、メリノー上級執政按察官はそれに対して、再び笑い声をあげてから、このように言うのです。


「執政官にと比べれば、それほどの物ではないぞ! グラン・アリエスを含めた私の邸宅と同じものだと思っては困る――あそこに境目が見えるだろう?」


 メリノー執政官が指さしたところには、重力場で制御された空気の層が滞留し、渦巻いています。


「幅が10キロくらいありそうな……空気の壁ですか?」


「まさしくその通り、あの中がスノーウィンド閣下の居宅なのさ。さて、少し揺れるかもしれんぞ」


 高速飛行するエレベータが、空気の渦の中にずばりと分け入ります。するとデュークたちをを保護している重力場が、巻き起こる風の影響により軽く揺れ、ゴォとした音が聞こえる様でした。


 でも、それは一瞬のことで、境目を突き抜けたところで、音も振動もピタリと静まるのでした。そして、カラダにかかっていた人工的な1Gの重力制御が変化します。


「う、重力が弱い……というより自由落下状態かな」


「そうだね。外は真空――君たちは重力スラスタで調整する方が自然な場所だな」


 メリノー上級執政按察官は、何事もないように足元をトントンと踏みしめています。デューク達はカラダに備わった重力スラスタを動かしました。


「さて、この下のようなもの、どこかで見たことがあるだろう?」


「これはクレーターか⁈ マザーの地表のようだ」


 デュークたちが見下ろした区画は、直径10キロほどの穴ぼこが穿たれた中に、細かい砂がまかれたような――マザーの表面を模した地形になっていました。


 中心には、こんもりとした台地がどっかりと構え、発着場の口から無数の光を放っているのです。


「それに、あれは私のネストの外見と同じだわ!」


 デュークのお家が日時計山であるように、ナワリンのネストも特徴的な地形の地下に構築されているのです。彼女は久方ぶりに見た故郷の風景に歓声を上げました。


「地下空間の5%を占有する直径30キロ以上のクレーター。これがスノーウィンド閣下の城というわけなのだ」


 メリノー上級執政按察官は、これに比べれば、自分の邸宅など100分の1にも過ぎないのだよと笑うのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る