第121話 執政官のお住まい
「これだけの構造物を作るのは、とてもお金が掛かりませんか?」
「ん――まぁ、実のところそれほどでもないのだ」
メリノー上級執政按察官はメェと一声鳴いてから、クレーターの作成方法について説明を行います。
「他の空間との境界を重力で遮断して、初速を付けた隕石を落としただけだからな。技術的には大したものだが、費用は左程ではないのだよ」
「それで、あの中――ネストの内部まで再現しているのかしら?」
自分のネストと同じ形をした地形を眺めたナワリンが、素朴な疑問を放ちます。
それに対してメリノーはフッと笑みを漏らし「中に入ればそれも分かるよ」と言うだけでした。
デューク達を乗せたエレベータは、クレーターの中心部にある台形の岩に空いた発着場に入ります。
「あらら、随分と手狭な発着場ね。実物の20分の一位しかないじゃない」
「テストベッツのネストの物より狭いな。これじゃ、2・3隻も入ったら、いっぱいだな」
「貨物船が一隻いるけどぉ……あれは異種族のフネかぁ」
発着場のサイズは外見に対して随分と狭く、停泊する宇宙船は生きている宇宙船ではありませんでした。
「執政官の他に龍骨の民はいないからな。内部はそれほど大きく出来ていないのだよ」
執政官の住まいの外見は豪快なものだが、内部はいたって簡素な造りなのだと、メリノーは言いました。
「それが執政官の意向でな、無駄がお嫌いなのだ。さて、執政官がお待ちの場所に向かおう」
メリノー上級執政按察官は、エレベータを降りるとスタスタと歩き始めました。発着場の隅にある簡単な造りの扉をくぐり通路を数分ほども進むと、それなり広さのある空間が広がっているのです。
そこは穏やかな気候を持った惑星環境を再現しているようです。空気は清々しさのある澄み切ったもので、天には暖かな恒星が浮かび、空には雲がたなびいています。
地形は緩やかな起伏を見せ、青々とした野草が生い茂り、ところどころに白い花が咲いています。砂利が敷かれた道が一筋通るほかは、ただ自然のままの一面の草原になっているのです。
「へぇ、故郷と同じように、もう少し無機質な造りかと思ったけれど。随分と違うなぁ」
「執政官の趣味だな。若いころに降り立ったある惑星の風景をお気に召していてな、それを再現しているのだ。さて、あそこに向かうぞ」
メリノー上級執政按察官が指し示す方向を見ると、1キロほども続く道のりの先に建造物が建っているのがわかります。
デュークたちが軽く舗装された道を10分ほども掛けて歩いてゆくと、黒い鉄柵が低く覆う庭の先に、木造の白い屋根をもった建物が現れます。
「これが執政官のお住まいだ」
それはそこそこの大きさがある三階建ての建物でした。全体に古めかしい感じがするのですが、よく手入れされているという印象があるものです。
白い屋根は陽光を受けて軽やかに輝き、上に乗る煙突から煙が吐き出されていました。壁面は黒く塗られており、屋根とはめ込まれた白い窓枠と相まって、鮮やかなコントラストを浮かばせています。
「へぇ、執政官はこんな建物に住んでいるんですね」
「異種族の建物ね……それにしても、もっと豪勢な建物をイメージしていたけれど。訓練所の宿舎の方が大きいわね」
「ふむ、パラッツォ《宮殿》や
メリノーがふむんと鼻息を漏らしたところで、正面にある扉が開き、白銀の装甲を持つ種族――リクトルヒが現れます。
「これはこれはメリノー閣下。そちらが執政官のお客人ですか」
「うむ」
「ささ、執政官が艦首を長くしてお待ちですぞ。早く中へ」
リクトルヒはどうぞと手招きをして、屋敷の中に入るように促すので、デュークたちはそれに従います。
いくつかの扉をくぐり、彼らが通されたのは、一般的なヒューマノイドやデューク達のミニチュアであれば20名ほどが座れるテーブルを持つ部屋でした。
案内をしてくれたリクトルヒは、デューク達に「お座りになってお待ちください」と言って、退室します。
「ここは――食堂ですね」
「そうだよ、執政官が来るまで少し時間がある。飲み物でも飲んで待ってくれたまえ」
デューク達が大人しく着席するの見届けたメリノーは気軽な口調でそういうと、テーブルに置かれたカラフェから白い液体を注ぎました。
「これはワインかぁ」
「お気に召さないのであれば、そこに液体水素もあるからね」
テーブルの上には、龍骨の民が好む液体水素が詰まったパックが置いてありました。
デュークたちがちょっと遠慮がちにそれを手に取ったところで、メリノーは軽くグラスを上げて飲み始めるように目配りします。
「執政官が来てもいないのに、やり始めていいのかしら?」
「ああ、その辺は気にしないように。彼女は堅苦しくない方だからな――」
ワインを一口飲んだメリノーが、気軽な口調で続けます。
「――それに今日は彼女は休日だ。共生知性体連合の英雄、元共生宇宙軍司令長官、龍骨の民の執政官様とはいえ、休みの日は堅苦しくないのがお好みだ」
「へぇ、お休みの日なんですね。でも、執政官って毎日働き詰めじゃないんですか?」
「はっ! 我らは機械知性ではないからな」
メリノーは「毎日休みなく働き続けるやつらの気が知れない」と言って笑うのです。
「第五艦隊のステーションを管理していたAIが、そんな方でした」
デュークは、キレッキレで大量のタスク処理を行い、熱暴走までしていた機械知性の事を伝えます。
「ははっ! 彼らは、仕事がないと途端に不機嫌になる生き物だからな」
メェメェと愉快そうに笑ったメリノーは、「人生には潤いが必要だよ。戦士たちに休息が必要なようにね」と言い、ウィンクしてからワインを飲み干しました。
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