第122話 美味

 食堂の扉が開いて、フリルの付いた白いエプロンと、黒いワンピースを身に着けた二足歩行の生き物が入ってきました。


「フリフリの服~~なんだか可愛い~~」


「頭に何か載せてるわ」


 頭部を見ると、レースの付いたカチューシャを乗せています。その下には少し硬い印象のあるメカニカルな顔が、白銀に輝いていました。


「あ、白銀の顔――この人たちもリクトルヒですか?」


「そうだな、執政官の護衛だよ」


「でも、これまで見て来たリクトルヒとは違うな。こういってはなんだけど、随分と華奢な感じがしますね。護衛のシンボルも持っていないし」


 リクトルヒたちは、トレードマークのこん棒は持ってはいませんでした。玄関で出会った護衛のような厳めしい作りはしておらず、どちらかというと華奢な印象を受ける細身の姿です。


「うむ、彼女たちは女性だからな」


「あ――女性。へぇ、子どもを産むタイプのリクトルヒか」

 

 デュークはネストで出会った二人の機械生命体の言葉を思いだして、そう言いました。


「ふはっ! 確かにそういう表現もできるな」


 事実は事実ですが、メリノーはつい噴き出してしまいました。


「まぁなんというか、スノーウィンド執政官はゴツイ護衛に囲まれるのがお嫌いでな。男のリクトルヒは、玄関で出会った隊長ヤツだけなんだ」


「へぇ……でもなんで、こんな服装なのですか?」


「可愛らしいけれど…………メイドさんとか給仕さんってコードが浮かぶわ」


 彼女たちが来ているフリフリの服装は、護衛と言葉ではなく、別のコードを引き出すのです。


「おお、それだ、それだ。どこぞの惑星の古い使用人のスタイルなのさ。ま、執政官の趣味だな」


 そんな会話をしている中、リクトルヒの女性たちは食堂の中に台車を運びいれ、テーブルの脇に設置しました。台車の上には、大きな金属のボウルで蓋をしたお皿がたくさん載っています。


「ふむ、並べてくれ給え――」


 メリノー上級執政按察官がメェと合図をすると、蓋が取り払われて、デューク達の嗅覚素子に、フワリと香りの成分が飛び込みました。


「「「あ、とってもいい匂い!」」」


 デューク達の視覚素子に、お皿に盛られた数々の料理が飛び込むのです。リクトルヒの女性たちは、それらをテーブルに次々と置いてゆきました。


「鹿と猪、野ウサギのローストか、そちらのパイはニシンかタラだな」


 ジビエ狩猟肉を焼いたものには濃い色をしたソースが掛けられ、大きな陶器のお椀に盛られたパイはジュウジュウと熱気を放っています。


「シチューは豆とチーズときたもんだ。ほぉ、パリス風のタルトもあるな。胡瓜きうり竜髭菜アスパラの酢漬けと橄欖オリーブのアンチョビ詰めか」


 メリノーは、次々に並べられてゆく料理について説明をするのです。続いて様々な野菜をカットした中世風のサラダや、果実のタルトなどが置かれます。バケットが乗せられた木製の器が置かれ、焼き立てのパンの良い香りが広がりました。


 最後にプラム、ナシ、モモ、ブドウと言った果物が盛られた器や、木の実を入れた小鉢などが次々に並べられ、飲料の入ったボトルが置かれます。


「「「うわぁ……テーブルの上いっぱいの、ご飯!」」」


 テーブルは、所狭しと並べられた料理たちに占領されています。デューク達はうわぁと、歓声を上げるほかありませんでした。


「さ、冷めないうちにお食べなさい」


 そのようにメリノーが言いました。でも、デューク達は、どれから手を付けようかと迷って、手が出せません。


「ははは、全部出してきたということは、好きなものから好きなように食べなさいということだ。作法なんて無視していいのだよ」


 メリノー上級執政按察官が気楽な口調で促します。それに従って、デューク達は手近なものから、それぞれ口に入れるのです。


「「「ッ――!」」」


 フネのミニチュアから、声にならない声が漏れ出しました。


「何これ――――美味しい!」


「肉汁が溢れる――――! ほっぺたが落ちそう――!」


「くはっ! なんていう味の深みなんだ――! 軍の食堂とは断然違うぞ!」


「ははは、軍メシか……あれはあれで良いものだがね」 


 メリノーは、嬉し気ば笑みを浮かべながら、もっと手を付けるように言うのです。


「そちらの自家製ソーセージは逸品だぞ」


 とっておきの物だと言う肉詰めを指されたデュークは、それをパクリと口にするのです。


「うわっ、なんて旨味だ! ネストのお婆ちゃんのレストランよりも、味が深いなんて!」


「ははは、これは全て天然食材。共生知性体連合の各惑星から取り寄せた最高の品ばかりなのだ」


 と、ヒツジが笑みを湛えながら解説をするのですが、デューク達はそんな言葉も聞かずに、ただ料理をたべるのです。


「くっ……なんだこの煮込みは……味がみこんでいるぞ」


「クリームがこんなにたくさん使われているのに、ぜんぜんくどくないわ!」


「はふはふはふ~~手が止まらないよぉ!」


「はっ――お気にめしたようでなによりだな」


 メリノーはそう言いながら、手にしたワインをまた飲み干すのでした。笑みを湛えるヒツジが眺める中、料理はドンドンと減っていきました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る