第123話 執政官の料理人

「「「もぐもぐもぐ、ごくん……」」」


 デューク達は、最早言葉はいらぬと言わんばかりに、テーブルに載せられた料理たちは、次から次へと胃袋に収めています。お皿が空くと、メイド姿のリクトルヒたちが新しい料理を追加してくれました。


 お皿が一巡入れ替わり、二回りしてもデューク達の手は止まりませんでした。


「ふぅむ、よく食べるものだ」


 メリノーはマメ科の牧草をソテーしたものを摘まみながら、「これが若さか」などと呟き、羨ましげに苦笑いをするのです。


 入れ替わりが三回転ほどしたころで、ようやくデューク達の手がとまります。


「ふぅ……美味しかった……ご馳走様」


積載量上限お腹いっぱいだわ!」


「カラダが重いよぉ~~」


 メイド姿のリクトルヒがお皿を片付けていく中、デュークは満足そうな排気を漏らしながら手を合わせます。ナワリンは膨らんだお腹をさすり、ペトラはカラダのバランスを調整するのでした。


「ふはは、食べすぎに注意だな」


「凄い料理ばかりでした。腕の良い料理人がいるんですね」


「おうぅ、この邸宅には凄腕の料理人がいるのだ」


「”執政官の料理人”、ですか」


「ン――まぁ、そうだな。では、その料理人を紹介するとしよう」


 メリノーが合図をすると食堂の扉が開きました。するとシュルシュルとした重力スラスタの音を立てて、食堂に何かが入ってきます。それは白くて長いコック帽を載せ、白地のエプロンを身に着けていました。


「フネのミニチュア――!」


「そうだ、この邸宅の料理長は龍骨の民なのだ――レディ・タンヤン、首都星系の中でもぴか一の料理人だぞ」


 メリノーが紹介した龍骨の民タンヤンは、まるッとしたシルエットを持つ艦型の活動体です。いささか太っている印象がありますが、切れ長の眼を細め笑みを浮かべる姿には、愛嬌がたっぷりという感じでした。


「みんな、料理はいかがだったかしら?」


 彼女は、帽子とエプロンをテーブルの上に置き、椅子に座ってからデューク達に尋ねます。その声は優し気でありながら凛とした強さのある声でした。


「とっても美味しかったよぉ~~!」


「あらあら、嬉しいわね」


 ペトラが背中に乗った砲塔のミニチュアをフリフリさせながら、率直な感想を漏らすので、タンヤンは口元を緩めました。


「素材が違う――全て天然物ですね」


「うんうん、いろいろな食材を揃えるのは大変なのよ」


 クレーンをワシャワシャさせて、「食べたことのないものがいっぱいありました」と言うデュークの言葉に、タンヤンはまた喜色を濃くしました。


「私は作り方が分からないけれど――凄く手間暇が掛っていたのが、わかります!」


「分かってもらえてうれしいわ。仕込みに時間を掛けた甲斐があったわねぇ!」


 ナワリンが切れ長の眼を細めて笑みを浮かべます。タンヤンも同じようにして、切れ長の眼をさらに細めました。


「あら、その眼はもしかして……」


「そうね、私はあなたと同じ氏族よ。あなたがナワリンね」


「同じ氏族のフネですね! レディ・タンヤン」


「タンヤンおばさんと呼んで頂戴。ガタが来るほどでもないけれど、本体も似たような状態だから」


 タンヤンの活動体は微妙にくすんだ肌で、彼女が初老の域に差し掛かっていることを示していました。


「はい、タンヤンおばさま――ええと、叔母さまも艦ですよね?」


「そうね、アームドフラウですからね……ああもしかしたら、艦種が判別できないかしら?」


 タンヤンのシルエットは、軍艦というには随分と丸まっちいものでした。


「このところずっと運動不足で、ちょっとばかり太ってしまったのよねぇ。昔はこれでもスマートな駆逐艦だったのだけれども」


「え、駆逐艦……」


「あなたも食べたら動きなさいよ――若いからって安心しているとシルエットが崩れるわよぉ。ほほほほ」


 タンヤンは、かなり丸っこいカラダを振るわせて、楽し気に笑いました。


「でも、宇宙を飛べば、代謝が良くなるのでは?」


「それもねぇ、そうもいかないのよ。執政府から離れることが、なかなかできないのよねぇ」


「執政官の料理人だから?」


「まぁ、そうねぇ。四六時中監視されているようなものですからねぇ~~里帰りもさせて貰えないしぃ~~」


 タンヤンは、細長い眼を鋭して、少しキツイ目つきでメリノーとリクトルヒたちを睨むのです。


「おお、レディ・タンヤン! そんな目をしないでください――我々が悪いのではありませんぞ」


 メリノーは慌てて、反論するのです。


「『推進器官に受けた古傷が痛む膝に矢を受けてしまってな!、首都星系でゴロゴロさせろ』って言ってたじゃないですか」


「まぁ、そうなのだけどね。若い頃と違って、直りが遅いのよねぇ。ホントあなたたちが羨ましいわ……若いって良いわよねぇ」


 タンヤンは、ポンポンと推進器官のある当たりをクレーンで叩ながら嘆息するのです。メリノーは、そんなタンヤンの姿に苦笑いするのです。


「さて、レディ――そろそろお休みは終わりですぞ」


 メリノーは懐から取り出した懐中時計を確かめて、時間が来たのを伝えました。


「あらら、もうそんな時間ね。料理の仕込みに時間を掛けすぎて、お話する時間が無くなってしまったのわ。残念ね」


「また厨房に戻るのですか?」


「そうね、そうしたいところだけれど……」


 そう言ったタンヤンは食堂の扉の所に視線を向けるのです。そこには、護衛姿のリクトルヒがスルリと姿を現していました。


 彼女はおもむろに椅子から浮かび上がり、ナワリン達を見つめながら、こう言うのです。


「ナワリン、ペトラ、そしてデューク。あなたたちの辺境での活躍は聞いているわ。同じ龍骨の民として誇らしいわ――」


 そう言ったタンヤンの声は、これまでとは違ったものでした。それは優しさよりも峻厳さが勝る力強いものになっています。


「――これからも連合を護るために戦いなさい。私と同じように、ね」


 そう言った彼女はクレーンを上げると、スパリとした共生宇宙軍の敬礼を掲げるのです。それは、キリリと引き締まった印象を与える見事なものでした。


 丸っこい駆逐艦のミニチュアからは、威厳と風格のようなオーラがにじみ出ているのです。


「「「は、はい――!」」」


 デューク達は慌てて返礼を返しました。それを確かめたタンヤンは、クルリと振り向きます。その先では、彼女を迎え入れるように、12名のリクトルヒが並んでいました。


 そしてタンヤンは12名の護衛を引き連れて食堂から出ていくのです。その歩みは実に重々しく、悠然とした感のあるものでした。


「あれ、”執政官の料理人”を12名のリクトルヒが護衛しているわ――?」


「そうだな。そして12名の護衛は執政官にしか許されないものだ」


 メリノーは気楽な口調で告げました。


「えええ、タンヤンおばさまって、一体」


「タンヤン――それは彼女のペンネームだな。あの方は、料理の本をいくつも書いておられる」


「じゃぁ、もしかして……」


「そう、龍骨の民が駆逐艦にして、共生宇宙軍英雄章授与者。”幸運”の二つ名を持つ女。共生宇宙軍元帥にして艦隊司令長官……そして我らが共生知性体連合の執政官が一隻――」


 メリノーはためを作ってから、ヒツジ面をニヤリとさせて、このように言い放ちます。


「レディ・スノーウィンドだ」

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