第124話 羊のお願い
「おばさま……何故、スノーウィンドであることを隠していたかしら?」
「ふむ、君たちが気を使わなくても良いようにしていたのだ。そのように言っていたのだから、間違いないだろう」
メリノーは口元をへの字に曲げて、共生知性体連合執政官とは、連合世界におけるの至高の存在――それは大変な重圧なのであると説明するのです。
「それに、隠していたわけでもないのだ――」
メリノーはグラスを傾けてから、「――自宅にいるときまで執政官でいたくはないと言う事だろうな」と答えるのでした。
「無論――料理の腕を振るいたかったということもあるだろうがね」
羊顔の生き物はデューク達に向かって、微妙な角度で口元を歪ませて微笑むのでした。
「休みの多くを、料理の仕込みに使っていたからな……よほど、君たちの事が気に入っていたのだろう」
メリノー上級執政按察官は、グラスを傾けながら笑いました。その笑顔には、デューク達が見たことのない、微妙な感情が乗っていたのです。
「よく、わかりません――でも、意外だと思うのです。だって駆逐艦なのに料理ができるだなんて。給食艦のお婆ちゃんだったらわかるけれど」
デュークが、艦首をひねりながら疑問を放ちます。
「ま、ストレス発散の為なのだろう。やりたくもない執政官をやっているだから」
「えっ、そうなんですか?」
「ああ、龍骨の民は宇宙を駆けることが至上の喜びなのだろう?」
「ええ、僕たちはそういう生き物です」
「執政官となれば、気ままに宇宙を飛ぶことは許されない。だから、フネたちは、誰も執政官をやりたがらないのだ」
メリノーは「執政官は連合を構成する主要12種族から選出されるものだ。龍骨の民はその一員なのだがね」と説明してから、このように言うのです。
「10年ほど前か、龍骨の民の先代執政官が引退したところでな。激しい押し付け合いが起きて、すったもんだの挙句に、彼女が選ばれたのだ。いやはや、いささか喜劇的な光景だったよ」
普通は、執政官と言えば、俺が俺がとなるところなのに――とメリノーは破顔しながら最後のワインを飲み干しました。
「ま、龍骨の民らしいといえば、それまでだがなァ」
メリノーは軽く酔った風で、とりとめのない言葉を発するのです。
「それが、大人と言うものなんですか?」
「ふむ……、つまらない話をしてしまったかもしれんな。いやいや、別に難しい話でもないのだよ」
メリノーは少し赤い顔をしながら、弁明しました。
「時に、デューク君、カラダの方はどうかね?」
「えっと、本体のことですか?」
「そうだな」
「はい、まだ傷が癒えていません」
デュークは活動体の艦首をスリスリとさすりました。本体からは手ひどいダメージを受けたカラダから伝わる痛みが、思念波を通して伝わるのです。
「そうか、ならばまだ休みの時間――戦士の休息ということだ」
メリノー上級執政按察官は、空になったグラスを名残惜しそうに見つめてから、表情を変えてこのように聞くのです。
「ふむ……連合世界の護り手――君たちの活躍を聞いた、小さな知性体たちが五月蠅くてなァ」
そのように言ってから、「お願いがあるのだよ」とメリノーは言うのです。羊顔の政府高官は「いいかね?」と顔色を変えてデュークらに尋ねます。
「えっと……なんでしょうか?」
「なに、生きている宇宙船。その姿を見たいと、私の子どもたちが望んでいてね……」
羊顔の上級執政按察官は、静かに頭を下げるのでした。
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