第125話 仔羊

「さぁ、到着だ」


 デュークらを乗せた部屋型のエレベータは、セントラル・コアを少し戻ったところにあるメリノーさんのお家の上空に到着しました。


「執政官の邸宅に行く前に見えた城――カステル・メリノーですね」


「うむ、我が居宅だな。さて、降りるとしようか」


 デュークの視覚素子に、石造りの堅牢な城塞が映っています。メリノーがサッと手を振ると、エレベータはスルスルと高度を下げて、その中庭に着陸するのでした。


べぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ帰ったぞ~!」


 扉を開けたメリノー上級執政按察官がスタスタと歩を進めながら、大きな声で一鳴きしました。すると、屋敷の中から鳴き声が一声響きます。


めぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇおとーさんが帰ってきたよ~!」


 それに続いて城塞のあちこちから、めぇぇ~~めぇぇ~~という鳴き声が響き、あちらこちらからドタバタとした足音が集まってくるのです。


「「「めぇめぇめぇめぇ――‼」」」


 メリノーよりは、小さな体長のヒツジたちが十数匹ほども、鳴き声を上げながら二足歩行で列をなし、メリノーを目指して集まってくるのでした。


「お帰りなしゃい~」


「1週間もどこ行ってたの~~」


「おお、我が子らよ。すまんな、このところ執務にかまけていたからな」


 小さな――子どもと思われるヒツジたちが、メリノーの周りでめぇめぇと鳴き声を上げます。メリノーはそれを嬉し気に眺めながら、一人ずつ抱き上げてゆくのでした。


 エレベータの扉から顔をのぞかせたデュークたちは、目を丸くしながらそれを眺めます。


「ははぁ、あれが異種族の子どもと言うものか。ヒツジの幼生体――仔羊だな」


「メリノー上級執政按察官の子どもたちなのね。あれが親子か」


「へぇぇ、随分と綺麗な服を着ているわぁ」


 ペトラは視覚素子をチュインと調整し、仔羊たちを観察します。


 彼らはメリノーの燕尾服とはデザインが違った服を着こんでいました。それは共生宇宙軍の軍服とも違い、これまでみた知性体が来ていた機能的な服装とも違うのです。


「黒を基調とした布地に金糸を縫い込んだジャケットねぇ。あちらは赤い上着に白いスカートのドレスだわぁ」


「中世風ってコードが走るな……だけど、なんだか、高貴な感じがするね。ふむ、二種類にわかれているのは、たぶん男の子と女の子の違いだな」


「なるほどね、服装で性別を分けるのねぇ~~文化の違いだわ」


 などと言いながら、デューク達はメリノーの邸宅の中庭にスルリと降り立ちます。すると一頭の仔羊がデュークに気づくのでした。


「あれなに? ヘンテコなのが降りて来たよ……」


「ほんとだぁ……変な生き物だなぁ……」


「機械生命体? でも、リクトルヒのおじさんたちとも全然違う……」


 子ヒツジらは、デューク達の姿を眺めると、なにやら怯えた様子になり、メリノーの周囲に身を寄せ合いました。


「こらこら、我が子らよ、震えるな、怯えるな」


 そんな子どもたちをあやすようにしてから、メリノーはデュークたちにこちらへ来るように言いました。


 重力スラスタをシュルシュルと響かせながらデューク達は、メリノーとその子どもたちに近づきます。


 初めてみるフネのミニチュアが一体何者なのか分からない仔羊たちは、め゛ぇ⁈ め゛ぇ⁈ と警戒音を上げるのです。


 子どもたちは逃げ腰になるのですが、メリノーがジッとして動かないので、その場にとどまります。一番強い個体に従う癖のあるヒツジの習性でしょう。

 

「ははは、彼らはお前たちが見たがっていた種族――」


 メリノーは「――生きている宇宙船なのだぞ!」と言いました。


「生きている宇宙船?」


「フネのカタチをした生き物?」


「龍骨の民?」


 仔羊たちは、口々にそのような言葉を口にして、デューク達をまじまじと眺めました。


「ほら、一番の年長者からご挨拶だ。お客人なのだから、丁寧にな」


 メリノーがそう言うと、一番大きな仔羊を押し出しました。彼は黒いジャケットの方を震わせて、デュークたちにヒョコヒョコと近づきました。


 そして、少しばかり緊張しながらも、彼はこのように言うのです。


「こ、こんにちは! 僕は、シープ・ザ・メリノーの長メリノー・ヴァン・ゴールデンシープの息子、ベルンハルトと申します」


 古式ゆかしい綺麗な服装に身を包んだ仔羊は、白い顔を少し赤らめながら、作法に則った丁寧なお辞儀をするのでした。


 小さなヒツジの少しぎこちない、格式高い挨拶に――デューク達は反射的にサッと共生宇宙軍の敬礼を掲げます。


「龍骨の民、共生宇宙軍所属の軍艦デューク以下、ナワリン、ペトラ、です」


「へぇぇぇ、共生宇宙軍の軍人なんだ!」


 そんなデューク達の姿を見たメリノーの息子ベルンハルトは、素の子どもに戻って、はしゃぎました。


 ベルンハルトが挨拶をすると、残りの10数匹の子どもたちは、ベルンハルトと同じくらいの子どもから、挨拶を始めます。


「私はベアトリクスと申します。よしなに」

「僕はベネディクトと申します。よろしく」


「カールでっす!」

「シャルロッテなのよ!」

「クリストフです!」


「ディアナ、だお」

「ダニエル、だお」

「ドロテーア、だお」


「え~み~る~」

「えるふり~で~」

「えっかると~」


 小さな子になるにつれて、段々と幼い言葉遣いになるのはご愛敬でしょう。


「「うわ~~かわいい~~!」」


 最後の子らのつたなくも可愛らしい挨拶に、ナワリンとペトラは種族を越えた可愛らしさを感じ、思わず声を上げてします。クレーンがヒョコヒョコと動き、目はキラキラと輝いてもいました。


「おフネが動いてる~~‼ しゃべってる~~‼ 生きているんだ~~‼」


 敵意のないナワリンたちの声と、生き物らしい仕草に小さなヒツジたちの緊張が解けました。彼らは「「「生きている宇宙船だ~~」」」と、ズドドドドと走り出しましす。


 仔羊たちにワラワラとたかられたデューク達は、彼らにもみくちゃにされるのですが、それはそれで楽しいひと時であったのです。

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