第126話 気づき

「大きくて、真ん丸なこれはなに?」


 ちいさな羊のディアナが、小さな耳をひょこひょことさせながら、デュークの視覚素子を面白そうに眺めながら尋ねます。


「これは、眼玉だよ」


 デュークはバイザーをパシャリとさせて、ウィンクしました。


「これはなに? カチコチしてる」


 ダニエルが、デュークの腹から伸びる金属質のクレーンを握りました。


「フネの手だね」


 デュークは空いた手を伸ばして、ダニエルの柔らかな羊毛ウールに覆われた頭をスリスリと撫ぜました。


「それは、おくち?」


 ドロテーアがデュークは艦首の下にある開口部を眺めながら尋ねました。


「そうだね、フネのくちだね」


 デュークが口をパカっと開口させると、ミキサーや歯車のような金属質のごっつい歯が現れます。


「ひゃぁ!」


「大丈夫だよ、食べたりしないから」


 ドロテーアは少し驚いたようにするのですが、デュークが口元を上げると、一緒に笑みを浮かべるのでした。


 ドタドタ――! とした蹄の音が聞こえます。デュークが「ん?」と眼を上げると、「めぇぇぇ~~」という掛け声と共に、高く舞い上がる影が映るのです。


「おぅふ⁈」


 デュークの背中に3匹の仔羊――一番幼い子どもたちが飛び乗り、小さな手でしがみ付いたのです。


「つやつや~~」


「もこもこ~~」


「ぬいぐるみ~~」


 それは、一番小さな子供の、エーミール、エルフリーデ、エッカルトたちでした。いまだ赤子のような毛艶を残す彼らは、デュークの背中に桃色の鼻づらを押し付けます。デュークは、彼らが落ちないようにバランスを取りました。


「飛び乗ったのか……凄いジャンプ力ですね。こんなに小さいのに」


「産まれた時から、脚力が強いのが我が種族シープ・ザ・メリノーの特徴なのだ」


 メリノー上級執政按察官は、苦笑いしながらその光景を眺め、「デューク君は乗り物じゃないぞ――降りなさい」と子どもたちを叱りました。


「すまんな、デューク君」


「ははは、僕はフネだから他人を乗せるのは、別に気になりませんよ」


 デュークは重力スラスタを軽く吹かして、ふわふわとカラダを揺らします。揺れる背中に乗る仔羊たちは、楽し気な声を上げるのでした。


「ふむ、しかし君は船員区画を持たない自立航行型の龍骨の民だったはずだがね?」


 メリノーは顔に掛けた眼鏡をトントンとつつきました。内蔵された機器によって、デュークのデータを確認しているようです。


「たしかに、そうですけれど。龍骨のどこかに、乗客や船員を乗せた祖先のコードがあるような気がするんです」


「ははは、そのうち艦橋構造物が生えてくるかもしれんな。君はまだ成長を続けているとの報告もあったことでもあるし――」


 などと話をしていると、デュークの脇で悲鳴が上がります。


「「ひあああ、お肌を舐めないでぇ!」」


 デュークの背中に乗っていた内の2匹が、今度はナワリンとペトラ達の上に飛び乗って、硬い活動体の肌をペロペロと舐めていました。


「ヒツジは、塩を舐める習性があるのだ――彼女らの肌は、塩化ナトリウムが豊富なのかな? 活動体は汗でもかくのかね?」


「さぁ? ……ところで上級執政按察官。この子たち、大きさがそろっていますね」


 デュークの背中が気に入ったエルフリーデは、彼の甲板の上でゴロリと転がっています。


「数年おきに、3匹ずつ産まれるのだ。一番小さい子らが産まれたのは、3年ほどだな」


「3歳かぁ……」


 デュークは言葉を選ぼうとして口ごもります。実のところ、背中に乗る仔羊の方が実年齢が高いのでした。


「君たちに比べれば成長が遅いだろうな。種族的差異と言うやつだ」


「龍骨の民の事を良く知っているのですね」


「ボスがそうだからな。それに、執政府の仕事をしていれば、全ての加盟種族の事を知っているのは当然だ」


「へぇ、僕らはなんとなく、他の種族の事を知っているだけなのに――訓練所でまなんだのですか?」


「いや、私も宇宙軍にいたことはあるが、多くの知識を学んだのは、”学校”だよ。君たちの母星――マザーにはないものだったな」


「はい。他の種族の星にはそれがあるって聞きましたけれど」


「この子などは、まだ学校にすら進んでいないがね」


 メリノーはデュークの背中に乗ったエルフリーデの頭をポンポンと撫でました。安心しきった仔羊は、そのままウトウトし始めるのでした。


「龍骨がもたらす知識――か」


「でも、それだけでは不足みたいですね」


 デュークは、龍骨から湧き出す知識コードはあるけれど、それは完全なものではないと説明しました。


「連合憲章の一節はスラスラでるのに、初めて出会った種族のことはぼんやりと”トリ”とか”ヒツジ”とかしか認識できないんです」


「ふっ、あのヤギどもと私を間違えたしな」


 メリノーは、フヒュっと愉快気な吐息を漏らしました。


「ああ、あの時はすいません――」


「――いやいや、実際の所、私の悪ふざけだからな。それで、だ」


 言葉を区切ったメリノーは、デュークに向き直ると、次のように尋ねます。


「ニンゲンたち――辺境の戦闘で戦った彼らは、どう見えた?」


「ううむ……飛んでくるのは兵器だけでしたから。顔は見えていません」


「ああ、そうか。たしかに、宇宙戦闘だからな」


「敵艦隊の姿も見えないし、飛んでくるミサイルは知性のない単純な機械のようでしたから、向き合うと言うような感覚もありませんでした」


「だが、その後のニンゲンが乗る機動兵器に近接航宙攻撃を受けたそうだな。その時はどうだった?」


「ううん、最後の突撃、嵐のような近接航宙攻撃の際、ブワリと広がる圧力を感じたような気がします。でも、それは幻のようなもので、データに残りませんでした」


 デュークが言うには、小さな軌道戦闘艇がくるくると回避行動を行いながら、自分たちに近づく時に、プレッシャーのようなものを感じたと説明しました。


「ほぉ、シチュエーションが産み出したすストレスかもしらんな」


「確かにそうかもしれません。ただ――」


「ただ?」


「敵の機動艇がフリゲート爆弾を抱えて突撃してきた時なんです。なんだか嬉し気な笑い声が聞こえていたような気がするんです。そして、最接近した瞬間――――」


 デュークは、鼻づらに迫った機動艇のなかのパイロットと”眼と眼があった”と言うのです。


「ほぉ、戦場ではよくある話だが」


「そうなんですか……でも、それの光景が、僕の龍骨にしっかりと残っているんです」


「ん? 報告書には無かったが」


 メリノーは、また眼鏡を叩きます。軍からの報告書データを確認しているようですが――特にそのような情報を見つけることもなかったので、デュークに「どういうことだね」と尋ねました。


「ええと――ぼんやりとした記憶のようなもので、データとして出力できないので、司令部には報告していません。軍では、不確かな報告をしないように訓練されているので」


 デュークらは軍人で軍艦ですから、訓練所での訓練と、艦隊行動訓練などを経て、その様に躾けられているのです。


「ああ、そうだったな――だが、興味深い。龍骨に残る記憶……目と目があったか」


「はい……それから、”彼女”は、変な言葉を残していった気もするんです。飛び去りながらだったから、記憶の上でも曖昧なんですけれど」


「ん、彼女?」


 デュークが明確な性別の識別符号を漏らしたので、メリノーがおやとした顔になり「続けてくれ」と言いました。


「ええと、女の子が”可愛い可愛い”って叫んでいたような気がしたんです」


「ふぅむ……それはもしかして思念波ではなかったか? サイキックレベルの遠隔通信のような」


「あ……思い出してみたら、それに近い感じがしたかも」


「君自身の思念波の影響だろうか?」


「龍骨の民の思念波は遠くまで届くけれど、とても弱い波です」


 デュークはそれはないでしょうと言いました。他人と話すとしても、艦首を突き合わせて、ひそひそ声でお話するのが精一杯なのです。


「他人の思念波もぼんやりとしか受け付けないんですよ」


「ふむ、龍骨の民の思念波はそういう特徴があったね」


 メリノーは龍骨の民の特性を思い出すように顎髭を撫ぜました。


「すると、あれか、君でも分かる位の能力者サイキックだった? いや、それはあり得ない。ヒューマンリーグ人類至上主義連盟は、そのレベルの能力者を徹底的に排除しているはずだ。それは残党軍も同じはずだ」


「訓練所で一緒だったニンゲンの女の子――マナカもそう言ってましたね。能力者は忌み嫌われていたと」


 デュークは、連合にいるニンゲンの一族は、迫害を逃れて連合に逃げ延びた歴史があったことを思い出しました。


「ニンゲン達の残党軍に、思念波を使うものが現れたかもしれないと言う事、か」


 メリノーは眉間に皺を寄せながら、何かを思い詰めるようにべぇぇと呻きのような鳴き声を上げるのです。


「それはなにか――まずいことなんでしょうか?」


「緊急性は低いが……重要度は高い、な」


 メリノーは、一つうなずくと、パンパンパンと手を叩きながら、「ゴロワース、ゴロワース! ゴロワースはいるか⁈」と叫びました。


 突然のことに、「どうしたんだろう」とデュークは、艦首をひねります。すると、背中で寝ているエルフリーデがずり落ちそうになるので、彼は慌てて彼女を支えるのでした。

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