第119話 コアの深部へ

「私はメリノー。君達の到着を待っていたよ。ああ、それからお代官様ではなく、上級執政按察官というやつだ」


「上級、執政按察官……」


 デュークには、その役職についてうろおぼえな記憶があるのを思い出します。


「訓練所時代に見た『よくわかる執政政府の仕組み』という映像で……ええと執政府でもかなり上位の方だと思うのですが、メリノー上級執政按察官」


 デュークが尋ねると、メリノはふっと鼻を鳴らしながら笑みを浮かべ、それほどのものではないよと言うのです。


「まぁ、執政官の補佐をしているにすぎんよ。君たちも固くならずに、普通にしてくれればよい」


「でも、姿を隠した護衛が二人もいるんですが……」


 デュークはメリノーの脇をクレーンで示しました。そこは何もない、空間でしたが、視覚素子の感度を上げると薄らぼんやりとしたなにかが居るようなのです。


「おっと、良い視覚素子をもっているようだね。護衛のリクトルヒ――威圧的で好かんから、隠していたのだ」


 メリノはそう言うと、パチリと指を鳴らすのです。すると、彼の脇に二人のリクトルヒがズズズと姿を現しました。熱光学迷彩を使用して控えていたのす。


「決まりでセントラル・コアの中では2名も護衛を付けられている――全く不経済なものだとは思わんかね?」


 メリノは、そう問いかけるのですが、デューク達にはなんとも答えようのないものでした。


「まぁいい、そろそろ行こうじゃないかね」


 メリノーは気楽な口調でそう言うと、ついてくるように言うのです。


 デュークらがメリノが現れた大きな扉をくぐると、そこは10メートル四方の大きな部屋になっていました。しばらくすると、ほんの僅かな振動を感じます。


「部屋が動いている?」


「そこの表示を見たまえ」


 メリノーが指さした部屋の壁には、速度表示がされたスクリーンがありました。


「マッハ5、秒速1.5キロほどで移動中……ははぁ、これは乗り物だったのか。あれ、ほとんど加速を感じなかったぞ?」


「執政府関係者だけが使えるエレベータだからね」


 セントラル・コアの中を駆け抜ける秘匿トンネルを、大電力で慣性制御しながら進んでいるのだと、メリノは説明するのでした。


「それじゃぁ、もうそろそろ地面についてしまいますね」


 デュークは、セントラル・コアの高さを思い出し、エレベータがそろそろ地表部分に到達することに気づきました。


「ああ、もう少しかかるぞ。目的地はセントラル・コアの地下1000キロほどのところだからな。あと10分ほどで到着するかな」


「うわぁ、随分と深いなぁ。ウチのネストの10倍以上の深さか。そこに何があるんです?」


「執政府の中枢だよ。君たちを呼びつけたお方が待っているのさ。まぁ、私のボスなんだがね」


「えっ! それってつまり、執政官ですか⁈」


「そうだな。12名いる内の一人、いや一隻というのだったな。”艦首”を長くしてお待ちなのだ」


 メリノーは軽い口調で答えました。執政官は龍骨の民だというのです。


「へぇ、龍骨の民の執政官なんているんだなぁ」


「おや? 自分の種族出身の執政官なんだがな。知らないということはないだろう」


「あんまりそういう方面は勉強してないもので……」


 デュークらが祖先から受け継いだ龍骨には、基本的な情報は入っていますが、意外なところに穴があるのです。


 その上、龍骨の民の教育は、宇宙を飛ぶ為の方法について重点を置いています。常識的なことは恒星間に飛び出してから、覚えてこい式でした。


「そしてぇ、政治は苦手なのぉ~~なんだか面倒だしぃ~~」


 ペトラは、何故か嬉し気にそう言うのです。


「ああ、君たちには、そのような種族的傾向があったな」


 ふむ、とメリノーは納得しました。龍骨の民は、宇宙を飛んでいれば幸せな生き物なのです。


「すると、執政官の席に縛り付けられているあのフネは、不幸せなのかもしれん……な」


「それってどういうことですか?」


 デュークの疑問に対して、メリノーは「共生知性体連合をまとめる12名の執政官は、首都星に席を置いて、かなりの量のデスクワークに取り組む必要があるのだ」と言うのです。


「加盟諸種族間の調整、元老院対策――やることは多い。栄誉ある仕事ではあるがね、執政官は連合の奴隷と言われるくらいの激務なのだ。10年間の拘束期間……いや、任期の内は自由が相当に制限されるのさ」


「へぇ、面倒な仕事なんですねぇ……で、その執政官が何故僕らを呼んだのでしょうか?」


「君たちは辺境で随分と良い仕事をしたそうじゃないか。首都星系に回航されていると報告をしたらな、是非合いたいというのだよ。まぁ、息抜きのつもりだろう」


「良い仕事……うーん。ただ滅茶苦茶にやられただけのような気もするんですが」


 辺境星域での戦いを思い出しながらデュークは、目をぱちぱちさせました。


「君はニンゲンたちの攻撃を一手に受けて、一歩も退かなかったのだ。作戦そのものは限定的な成果しか上がらなかったが、次に繋がる戦訓を得たと聞く。初陣にしてはなかなかのものだよ」


「はぁ、そういうものですか」


「お嬢さん方も頑張ったそうだな。執政官も軍艦の女性だから、活躍に事の他お喜びだ」


 メリノーは執政官がナワリンの方を向いて続けます。


「ナワリン嬢は、同じ氏族だったな。君と違って、彼女は駆逐艦だが」


「あ、メッセージについていたウチの氏族アームドフラウのコードって、執政官の物だったのね……へぇ駆逐艦なのね」


「おいおい、他種族も知っている有名なフネだぞ。幸運艦とよばれた連合英雄。そして今では執政官の激務に追われる不運なフネかな? まぁいい、さすがにわかるだろう?」


 そこでナワリンは何かを思い出すのです。


「あ、それってあのフネだわ! デューク達も知っているフネよ!」


「うん? アームドフラウのフネ、か。ナワリンとマギスさん位しか知らないけれど……」


「軍艦だよねぇ~~誰だろぉ? わからないよぉ。ヒントはぁ?」


 デュークは艦首を傾げ、ペトラは手掛かりを要求しました。


「ヒントは、幼生体の時に飲んでいたもの!」


「龍骨ミルクぅ? ええと――」


 ペトラは「ヒントおかわりぃ~~」と言うので、ナワリンはこのように言うのです。


「ミルクはミルクでも、『幸運』印の奴よ! コンテナに描かれていたあの『幸運の』フネ!」

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