第118話 ヤギのようななにか


RIQS執政府、それも執政官が使う場所なのかな?」


 デュークが艦首を傾げていると、発着場の扉が開きます。燕尾服を着込み、蝶ネクタイを締めた人物が中へ入ってくるのがわかります。


「誰だろうか?」


「さぁ、あきらかに龍骨の民ではないわね。二足歩行の種族だわ」


「こっちにくるよぉ」


 その人物が、デュークたちにゆっくりと歩を進め、近づいてきました。その歩みは重々しく、格調高いものであり、どことなく立派ものでした。


「執政府の知性体ひとかしら」


「あの種族、どこかで見たような気がするなぁ――――」


 デュークが視覚素子のピントを合わせると、近づいて来る種族の姿がハッキリとします。白い鼻づらにモコモコとした毛並みを持ち、頭にはひょこひょこと動く二つの耳、小振りな角がちょこんと乗っているものでした。


 目は小さなもので、横にのびた瞳はマイナスのカタチをした特徴的なもので、その上から古めかしい視力矯正具――眼鏡を掛けています。


「……けれど、ゴルゴン爺ちゃんの友達に似ているな。角の大きさが違うし、アレより丸っこい感じがするけれど」


 デュークが、うーんと龍骨を捩じりながら記憶の端を探り、幼生体の頃ネストに来てゴルゴンと罵詈雑言の悪態合戦を繰り広げたチュフォデラー元執政官を思い出しました。


「へぇ、あの種族の事、知ってるの?」


「うん、多分あれはヤギ型種族だと思うよ……ちょっとメンドクサイ文化と作法を持った種族なんだ」


 友好的な意思を伝えるために真逆の言葉を使って表現する種族なんだと、デュークはナワリン達に説明をしました。


「うは……なにそれ、メンドクサイ……」


「あはっ、変な種族ぅ~~」


 侮辱的な発言が、最高の挨拶になるという種族がいると聞き、ナワリンは呆れかえり、ペトラは噴き出すのでした。


 デュークたちがそのような会話をしていると、燕尾服に身を包んだ、ヤギのような人物がするっと近づいてきました。


「…………」


 マイナスの形をした瞳を持つ人物が、髭を撫ぜながらデュークたちを眺めます。その視線は、穏やかでありつつも威厳が漂うものでした。


 デュークは、執政官のメダルは持っていないけれど――この人はかなり位の高そうな人だなぁと思います。彼は反射的に、ピシリとした敬礼をしながら、答えます。


「あっ、はい。ええと、共生宇宙軍所属の龍骨の民デューク二等兵以下三隻であります。ここ来るようにメッセージを受けて参りました!」


 目の前の人物はフシュっと軽く鼻息を漏らしながら、眼鏡をクイと上げました。言葉はありませんが、「なんだ軍の下っ端か」というような感じを受けるかもしれません。


「ううむ、こちらから挨拶すべきだろうな……変な角を持ってるあなたは一体何者だろうか? それから、すっごく変な服装……だ!」


「…………」


 デュークは、目の前の生き物が持つ種族的な特徴や、服装について”正しく”侮辱的な発言をしたのですが、相手は短くそろえた髭を撫ぜるだけで、全くの無言のままでした。


「ねぇねぇ、なんだかぁ、反応が薄いよぉ?」


「うう、敬語混じりだから。いけないのかも……もすこし厳しく――」


「まどろっこしいわ、私がやるわ――! 薄汚い髭を伸ばしたひどく醜い面構えのおっさん! 古く臭い燕尾服でめかし込んでるなんて、前時代的――!」


 髭は小ぎれいに伸ばしたもので、清潔感のあるものでした。燕尾服は共生知性体連合高官の礼服であり、カラダにフィットし高価なものです。ナワリンはそれを真逆の言葉で表現するのですが、これが礼儀なので仕方がありません。


「…………」


 それ受けた相手は、髭を撫ぜながら目を細めます。口元が少しばかりニヤリとしたような感じになるのです。


「おお、多分いい感じなんだ。喜んで……るのかも?」


「なるほど。もっと酷い言葉を使えば、もっといいのかも」


「ん――じゃぁ、軍隊式の汚い言葉を使おうよぉ!」


「ああ、あれかぁ――やるわよ!」


 ペトラが訓練所時代に受けた軍隊式の悪罵のコードを引き出し、ナワリンと一緒になって歌い始めます。


「「〇〇のアレは、××で~~あんたのナニは、〇×▽%!」」


「ちょ……アレとか、ナニとか…………いや、いいのか」


 何を言っても許される状況のはずなので、ナワリン達は軍隊式のケイデンス掛け声のコードを引き出しながら、口々に汚い言葉を吐き出します。


 デュークは「まぁ、女の教官もいたしなぁ……むしろあっちの方がエゲツナイ言葉使ってたかも」などと、訓練所時代を思い出しました。


 そんなナワリンたちをジッと眺めていた燕尾服の人物は、「ほぉ」と満足そうに頷きます。


「くふふ、この方向性でOKなんだわ!」


「OK~~ファッ〇ュー! フ〇ッキュー!」


 ナワリンは実に満足げに言い、ペトラはクレーンの指先を高くつき立てながら、どこかで教えられた卑語を連発します。デュークは「まぁ、そういうものか」と言いますが、ちょっと呆れた眼をしています。


 そして彼女たちは、最後の締めに、こう言うのです。


「「私の艦尾俺のケツを舐めろ!」」


 それは、龍骨の民の最大限の侮蔑の言葉を用いた決め台詞です。だから、真逆の言葉として捉えれば、最大限の儀礼的な表現といえるでしょう。


「ふむ…………」


 それを受けた人物は、顎髭を撫ぜていた手を止めて――


「プフッ!」


 ――突然、噴き出しました。目を細めて、耳をぴくぴくと動かしてもいます。


「え……どうしたんですか?」


「ははっ! あのメンドクサイ種族と勘違いしたね? 私はヤギではなくて、ヒツジ型種族なのだ。あれとは違って、普通の対応でいいのだよ」


「ええええええ⁈」


 デュークたちの龍骨に、”ヒツジ型種族――ヤギの近縁種、似ているけれど別物~~”というコードが流れます。


「じゃ、じゃぁ、私、大変失礼しちゃったの⁈ この人とっても偉そうな人なのにぃ!」


「やっちゃったぁ…………これって打ち首もの?」


 ヒツジ型種族は、山羊のようなメンドクサイ文化は持っていないようです。となれると、デュークたちはとても大変な無礼を働いたことになるのでした。


「デュ、デュークが悪いのよ。間違ったことを教えるからよ! 責任取ってよデューク――!」


「ええとぉ、どこぞのお代官様かしりませぬがぁ、ここはこのデュークめの艦首クビでお納めくださいませぇ」


 ナワリン達は、デュークを押さえつけて、艦首を差し出す真似をしました。


「えええ、ちょっと、ちょっと――! 打ち首はいやぁ――!」などと、デュークがバタバタするのですが、それを見ていたヒツジの顔が破顔します。


「ははっ、気にしなくてよいぞ……黙っていると、みんなヤギだと勘違いして、面白い悪態を披露してくれるからな! めぇ~~~~あはははは!」


 燕尾服を来たヒツジは実に愉快気に笑うと、べぇと舌を出したのです。そこで、デュークたちは一杯食わされたことに気づくのでした。

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