第296話 士官への道
「ふぇぇぇっ?! 士官学校に入学ですか……」
「お前さん
デュークはカークライト提督に乗せられてそのような言葉を漏らしたことがありました。
その時は勢いというもので言ったのですが、フネというものは一度勢いが付けばなかなか止まることが出来ない生き物であり、メカロニアとの戦いを通して「艦隊の指揮かぁ、やってみたいなぁ」などと思うようになっているのです。
「龍骨の民には珍しい考え方だな。お前さん達は小難しいことが嫌いだからな」
龍骨の民という生き物は、基本的に小難しいことをこのみません。おおよそのフネはぼんやりと「ご飯食べたい」とか「宇宙飛びたい」というシンプルな欲望に基づいて生きています。
「そうね、小難しいこと考えずにシンプルに生きたいわ。ドーン! と飛んで、ドカーンとぶっ放す――それがアームドフラウの生き様よ」
「物を運んで、ご飯食べて、プカプカ宇宙に浮かんでいられれば幸せ~~って、ネストのじいちゃん達が言ってたけれど、完全に同意するよ~~!」
ナワリン達が言うように、それが龍骨の民の大勢というものでした。
「だから、正規士官は結構珍しいのよね」
「指揮官になりたいのは少ないんだよねぇ~~」
実のところ、これまで出会った生きている宇宙船の士官達は、本来的には共生宇宙軍の士官ではなく、龍骨星系軍所属の派遣士官という扱いでした。
「アームド氏族も全員がそうじゃないって聞いたわね。現役で知っているのは近衛にいるマジェスティック姉さまと……メノウさんくらいかしら」
女形の軍艦ばかり産まれるアームド・フラウ氏族は、基本的に頭が脳筋であり、強力な武装を持つ戦グルイなところのあるフネばかりですが、正規の宇宙軍士官になるものは数がありません。
「ボクの氏族は船ばっかだから、そもそも正規士官なんて聞いたことがないよぉ~~! 知り合いにいるのは、フユツキのおっちゃんと、デッカー大佐くらいかなぁ~~?」
商船氏族メルチャントはそもそも軍人になるフネが少ないのです。そして宇宙に出てから方方で軍艦種の龍骨の民を見てきた彼女ですが、知り合いで正規士官といえば、超空間での先導役フユツキ先生と特務武装憲兵隊に所属するデッカー大佐の二隻くらいでした。
「たしかに、龍骨の民はほうぼうにいるけれど、正規の士官シグナルを持っているのは少なかったなぁ」
物語に出て来ないだけで、デュークもかなりの数の龍骨の民を見かけているのですが、思い起こしてみると共生宇宙軍大佐である! といった正規シグナルを持っているフネは少なかったような気がします。
「メカロニアの戦いで出会ったクロガネさんも星系軍士官扱いだって言ってたなぁ」
装甲艦クロガネは、重装甲の艦体を持つ強力なフネの一種でしたが、指揮能力を持たない単艦戦力として数えられています。実のところ、龍骨の民の軍艦種のうち正規士官となるものは数パーセント程度なのです。
「だが、お嬢ちゃんたちも士官学校にいきたいと聞いたが、理由は?」
「そりゃ、デュークが行くって言うならついて行くだけだもの」
「うん、付いてこいって言われたんだもん~~!」
ナワリン達は新兵時代に酒に酔っ払ったデュークが「我に続け」と大絶叫したことを説明します。生きている宇宙船の辞書を紐解くと、我に続けという言葉には様々な意味が含まれており、中には恋愛関係的なものも含まれています。
「我に続けって言った責任はとってもらうわ!」
「うん。どこまでも付いてく~~!」
ドクトルは「ああ、フネの習性か」と頷きました。友達以上恋人未満な感じの僚艦関係が生じると、一番デカイやつに付いて行きたくなるのです。そいつが「我に続け」といえば「あいあいさ~!」とついていくのが当然です。
「ふむ、やるじゃないか」
ドクトルはデュークに意味深な視線を送りました。
「いいや、あれは……その」
デュークは「お酒のせいで」と言う言葉を封じました。ナワリンとペトラがジトーとした目でこちらを睨んでくるからでもあり、それなりに本心に近いものもあったからです。
ドクトルはデュークの様子を見ながら「クカカカ!」と失笑をもらしました。
「まぁ、それはそれとして――――デュークが士官学校に行きたくなった理由、もう一つあるだろう?」
「ええと――そうですね、僕の氏族がテストベッツだからかもしれません」
そこでドクトルは「だろうな」と深くうなずきます。その様子にナワリンとペトラは「テストベッツがどうしたのよ?」と艦首をかしげました。
「テストベッツの老骨軍艦って共生宇宙軍の正規将校ばかりだった気がするんだ。ネストにいるときには気がつくわけがないし、本人たちもそんなこと一言も教えてくれなかったから、最近――――ああ、そうか! と思うようになったのだけども」
デュークが言うには、副脳に残るおじいちゃん達のコードを確かめてみると、明らかに正規士官のコードを持っていたのです。
「そう、テストベッツは数が極めて少ない上に軍艦型は希少――だから、目立たないのだがその多くは指揮官タイプなのだ」
ドクトルは「秘密でもなんでも無いが、知る人ぞ知る隠された
「へぇ、ウチの氏族って、そういう家系だったのかぁ……」
「以外に、身内のことってわからないものよねぇ」
「そういえば、ノルチラス少将はデュークのおじさんだったね~~」
テストベッツ氏族は祖先の何かの影響か、それともマザーの思し召しかわかりませんが、指揮官というものを目指す傾向があるようです。それがデュークにも無意識下で働きかけているようで、彼は「なるほどなぁ」と納得しました。
「ま、氏族ごとに傾向はあるが、フネごとに個性はあるから血筋だけのものとは限らんがな」
ドクトルは「自分がやりたいと思ったことが、自分のやりたいことなのだ」と同語反復的でありながらも人生論的な匂いのするフレーズを用いてから、こう続けます。
「士官学校に入る――その許可は出ている。お前さんらは艦齢3年ちょっとといまだ少年少女だが、これまでの戦績を鑑み、宇宙軍総司令が許可を出した」
「宇宙軍総司令って、ええと――スノーウインド執政官ですね」
「はっ、お前さん色々と目を掛けられているようだな」
ドクトルはそこで意味深な笑みを浮かべ「いや、魔女の呪いかもしれんが」と失調を漏らしました。デュークは前にも同じようなセリフを聞いたような気がしますが、ちょっと艦首をかしげるだけで質問に移ります。
「ドクトル、士官学校って入学試験があると聞きました」
「すっごい面倒なペーパー試験があるって聞いたよぉ~~!」
共生宇宙軍士官学校とは、宇宙軍の幹部人員たる人材を育成する機関であり、入学するのにはかなり厳しい試験が存在します。
「そういえば、私ら紙のテストなんて受けたことないわね」
龍骨の民の母星であるマザーには学校と言うものがありません。共生宇宙軍に入隊して、公試航海や砲撃試験のような実技試験を受けたことはあるのですが、紙の試験など受けたことはないのです。
「ああ、ペーパー試験などは気にせんでいい。ありゃ、副脳にデータ詰め込んでおけば楽々パスするだろう。機械生命体である龍骨の民ってのは便利なものだな」
ドクトルは「過去数百年の
「いや、たしかにそうかもしれないけど……自分の
「そうよ、副脳に航路データを任せるのとは、訳が違うわ」
「射撃管制とかなら任せてもいいけど~~! インチキはダメ~~ッ!」
デュークは他人に答えを教えてもらって、それで良しというような性格ではありません。それを自分の考えや経験に落とし込まないと納得できないのです。これは龍骨の民全般に言える傾向でした。ナワリンとペトラも全くもって同意出来ない様子で、クレーンをフリフリしながら憤りを見せました。
「ま、それはあくまで知識テストに限ってのことだ。試験は他にもある」
ドクトルは知識面での試験以外にも様々な試験――「様々な実技試験であったり、答えのない答えを問う哲学的な試験のようなものであったり、共生宇宙軍軍人としての覚悟を問うようなもの――知性体としての倫理感を試されるものだったりする」――という、知識だけで解けるものがあると説明しました。
「ふぇ……やっぱり難しそうだなぁ」
「実技は良いけれど、答えのない答えを考えるってなによ……」
「ふぃろそふぃ~~? かくご~~? もらる~~?」
共生知性体連合のこの時代においては、様々なデータベースやそれを活用するためのAIが発達しており、知識でのリソース量というものはあまり重要ではありません。それよりも知識を活用する能力や、経験知、感性などというものが重要視されていました。
試験内容を聞かされたデュークは「そんなものできるかなぁ……」と不安な表情を見せ、ナワリンは「ま、まずいわ。不合格したらデュークに付いて行けなくなるわ」と言い、ペトラは「じゃぁ、全員で不合格になろう~~!」と斜め上の方向に混乱を見せたのです。
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