第297話 受験に向けて

「一応言っておくが、不合格なら不合格で、お前さんらは離れ離れになるのだぞ。それなりに経験を積んできたお前さん達は、本来であれば別の部隊配置でキャリアを積む頃合いなのだ」


 龍骨の民の特性により、良好な僚艦関係を構築したデューク達はこれまでひとまとめの部隊行動を取らされていましたが、そろそろ別行動を取らせる時期が来たということです。


「別々の航路キャリアを行くことになるのか……」


 軍隊というものは組織ですから、配置については本人の希望を受け入れつつも、組織としての構造を意識した異動が行われるのは当然のことでした。そういうこともあるのだとうっすらと理解していたデュークですが、それが明確になると物悲しい気持ちになります。


「別のキャリア……拒否するわッ!」


「それはヤダ~~~~ッ!」


 ナワリンとペトラは「ついて行くって決めたのよ……逃さないわ」とか「いやだ~~! どこまでもついて行く~~!」とデュークに対するストーカーじみたセリフを吐きながら駄々をこねますが、彼女達の心情を鑑みれば理解できなくもありません。


「だが、軍の命令がくだれば、拒否できまい」


 龍骨の民にとって命令とはかなり強い効力を持っており、たとえそれが異種族における恋愛感情のようなものだとしても抑制されるのがおおよそのこと――他の種族も同じようにしているのですから、仕方がないことでした。実のところ、ナワリン達もそういうものなのだとは理解している部分はあるのです。


「命令は絶対……くっ、軍艦であるこの身が恨めし――――!」


「う~ら~め~し~い~!」


 ナワリン達は「三食昼寝付きの代償がこれなのね」とか「軍人様は~~気楽な稼業でないもんだ~~♪」などと、命令に絶対服従しなくてはならない軍人の辛みについて嘆息しました。


「だが士官学校のテストにパスすれば、もう少しは一緒にいられるんだがなァ?」


 ドクトルは「そこんところ、わかっとるかなァ? おぉん?」と思わせぶりに宣いました。士官学校に入学すればその間はデュークらは一緒にいることができるのは間違いありません。


「そっ、そうよね。合格すればいいのよね…………」


「たしかに~~」


 ナワリン達はたしかにその道が最善だと考え――


「や、やってやるわ!」


「ボクも勉強する~~!」


 と、クレーンを振り回しながら「勝てば官軍なのよ!」とか「必勝~~!」とモチベーションが駄々上がりにさせながら絶叫します。面倒事が嫌いな龍骨の民ですが、モチベーションが高まれば意外と頭の回転の早い生き物なので、やればいけるはずなのです。


「でも、試験っていつなんですか?」


 最初から受験する気満々なデュークですが、よくよく考えれば試験の要項などまったく知りません。


「お前さんがなりたいのは指揮官――それも軍上層部へのコースだから――戦略指揮課程と艦艇運用課程があるところだな」


 首都星系士官学校は専門によっていくつかの分校にわかれています。どの分校も士官としての共通課程を有していますが、専門的な分野の勉強をするためにはどこでも良いというわけではありません。


「艦体の修理の間に勉強するとして、期間は3ヶ月ほど……ちょうどいい時期に入学試験があるのは――共生宇宙軍中央士官学校かな」


 ドクトルは手元の端末をいじって受験情報を確かめながら、そう答えました。


「中央士官学校って、なんだかすごそうな感じがしますね」


「まぁ、私の母校である共生知性体大学校に比べれば、大したことはない。恒星間戦争のあれこれについてちょっとばかり学ぶだけのところだからな」


 デュークの推察の通り中央士官学校は最難関の士官学校です。でも、ドクトルは「はっ、ぬるいぬるい」と言いました。共生知性体大学――通称共大は、連合の最高学府として名高い限られたエリートだけが入学を許される大学であることから、その卒業生は相当のプライドを持っています。


「とはいえ、スノーウインドの婆さんもあそこの卒業生――共生宇宙軍の上層部は大抵あの学校卒だ」


 デュークは「あ、そこがいいです!」と言いました。実のところ、中央士官学校は恒星間戦争のあれこれを総合的に学ぶため、戦略や政治といった龍骨の民に取っては苦手な学業がてんこ盛りな学校なのですが、ドクトルはあえてそれを言わずに「んでは、願書を出しておこう」と端末をいじりました。


「お嬢ちゃんらも、同じでいいな?」


「それ以外の選択肢はないわ」


「デュークの後ろについて行くのだ~~!」


 ドクトルは「ほいほい」と言いながら、タタタッと願書を提出します。その様子を眺めていたデュークは「軍の書類って結構書くところいっぱいあるのに?」と少しばかり艦首をかしげるのですが、次の懸念事項があったため龍骨からその疑問を捨て去ります。


「ドクトル、勉強が必要だとおもうのですけれど、どうすれば良いでしょう」


「さっきも言った通り体の修復には3ヶ月はかかる――そうだな、その間に勉強を教えてやろう」


「いいのですか? 軍務に影響がでませんか?」


 共生宇宙軍の大工廠のトップであるドクトルは大変に忙しい人物でした。その彼が勉強をつけてやろうというのですから、デュークは「ありがたいけれど」と思いつつ遠慮してしまいます。


「いや、勉強を教えるのはもうひとりの私さ」


「まさか、知性体の意識の複製……それって違法じゃないですか?」


 共生知性体連合においては知性体の意識をコピーするのは違法行為でした。同一の知性体が存在することによる弊害は、大昔に発生したAIの反乱の一因となったともいわれているのです。


「違う違う、私が使っている研修用の支援AIがあるのだ。私の分身のようなものだが、こいつに学習プログラムを走らせる」


 ドクトルは縮退炉や艦船工学に優れた科学者でありつつ、電子的技術にも優れているというマルチな科学者でした。彼は自らの研究支援のために作った機械知性のリソースを用いて、デューク達に勉強を教えるというのです。


「へぇ、研修支援用AIで学習できるんですね」


「うむ、確かにそのままでは試験勉強入試の使い物にならん――――だが、こんなこともあろうかと、様々な教育用プログラムをインストールしてあるのだ!」


 ドクトルはどこぞの闇マーケットで買って来た怪しげなプログムがあるのだと言いました。それは「いつやるの? いまだろ!」が口癖の講師や、「もっと熱くなれよ!」が口癖の熱血先生やら、「共生知性体大学シンビオ大に行け!」が口癖の合格請負人みたいな物のようです。


「なんだか、用意がいいですねぇ」


「まぁ、いろいろあってな」


 まるで士官学校を受験することが、かなり前から分かっていたかのようなドクトル対応に、デュークは少しばかり疑念を漏らします。でも、ドクトルは「細かいことは気にするな、それよりもすぐに勉強を始めるのだ」と告げました。


 そのようにしてデューク達は艦体の修復作業と並行して、共生宇宙軍中央士官学校の入学試験に向けて、勉強を開始したのです。

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