第137話 空気投げ

 闘技場の端に、小柄な生き物が現れました。


「あれは――メリノーさんが師匠って言ってたあの人だ」


 それは、コロッセオの入り口で出会った岩の種族でした。彼は、いまだ高い放射能に満たされている闘技場の中心で、何事も無いように平然と佇んでいました。


「へぇ、あのエネルギーの中で普通に生きているわね」


「私たちみたいに耐性が強いのかな~~?」


「うむ、師匠の種族――は、多少の放射能ではびくともしない、強靭なカラダを持っているのだ」


 メリノーは、ペトラムはマグマの中で進化したケイ素系種族だと言いました。


「体内には溶岩の血が流れているのだよ」


「へぇ、僕らとは真逆ですね」


 液体水素の血液を持つ龍骨の民とは反対に、高熱の血液を持つ種族もいるのかと、デュークは感心するのです。

 

「さて、選手たちが舞台に揃ったことだ。そろそろ試合が始まるが――君たちはどちらが勝つと思うかね?」


「恒星が生んだ無機生命体と~~惑星のマグマが産んだケイ素系生命体ね~~恒星生まれの方が強そう!」


「カラダのサイズが違うわよね。あのネコは20メートルもあるし」


「うーん……相当のパワーを持ってるだろうしなぁ…………ん?」


 ネコのような姿をした無機生命体が、カラダを揺すります。すると、カラダの輪郭がとけるように歪んでゆき、体内で煌めく光が激しさを増してゆきました。


「うへ、また融合反応してる……」


 恒星から産まれた無機生命体は、カラダの中の核反応を抑えることもなく全開にしたのでした。すると、闘技場の地面は、無機生命体が放つエネルギーを受けて、真っ赤に燃え上がり始めます。


「地面が白熱化しているよぉ~~無茶苦茶だわぁ。あの温度――ボクたちの装甲板だって、触れたら融けちゃうよぉ」


「これは戦いにならないじゃない……いくら熱に強い種族だといっても、触ることすらできないのだから」


 ペトラとナワリンは口々に、無理無理~~とか、戦力差がありすぎ~~などと言い放ちました。


「僕も、アレはどうかと思うのですが……僕の本来のカラダでも、あまり触りたくないですよ」


「そうかもしれんがね――まぁ、見ていたまえよ」


 と、メリノーは苦笑いをしながら、闘技場の様子をみたまえと言うのです。


 すると、真っ赤に燃え上がるネコのような姿をした無機生命体が動き始め、岩石種族に向かって、飛び掛かかろうと身構えました。


「獲物に襲い掛かる猛獣ってコードが浮かぶ――いえ、それよりも危険な感じだわ……」


 ナワリンの龍骨には、回避回避という本能的なコードが浮かんでいます。軍艦という生き物である彼女にすれば、あれほどの熱量を持つ物体が襲い掛かってくるということは、融合弾か光子魚雷が向かってくるのと同じように感じるのでした。


「か、躱さないと――」


「師匠は躱さんよ」


「え?」


 そして牙をむいたネコ――その実太陽表面と同じほどの熱量を持つ生き物が、岩石種族に飛び掛かったのです。


 恒星並み熱量を持つ生き物が、耐性があると言っても惑星由来の生き物に触る――ジュッ! と融けて消えてしまうのではと、デューク達の龍骨は予測するのですが――


 ――ネコの形をした生き物は、ズデン! と、反対側に投げ飛ばされたのです。地面に叩きつけられた無機生命体は、ふぎゃん! とした鳴き声を上げました。


「はっ……投げ飛ばされた⁈」

「触れてもいないのにっ⁈」

「なにが起きたの~~⁈」


 デューク達の龍骨の民は、本能的に物理演算を行う生き物ですが、今目の前で起きたことが全く理解できませんでした。


 そんな中、起き上がった無機生命体がまたもや飛び掛かるのですが、岩石種族を起点として、同じように投げ飛ばされました。


「艦外障壁か……?」


 デュークは自分たちのカラダの表面に走っている電磁的なバリアに似た何かがあるのではと思うのでした。


「いえ、見た感じ、質量が無くなっているわ……もしかしたら――重力スラスタと同じ原理かしら」


「でも、それって、緩やかにしか働かないじゃないか」


 デュークらのカラダにある重力スラスタは、惑星などの重力に反発して作用するものですが、瞬発的な力を産むことはありません。


「じゃぁなにが起こっているんだ――」


 などとデュークらが龍骨をフル回転させる中、目の前ではズデン! ズデン! とネコの姿をした生き物が転がされ続けます。


「ん――わからんかね?」


「わ、分かりません……」


 メリノーが問うのですが、デュークらの龍骨はなにがなにやらと、混乱するだけでした。


「ふむ、あれは思念波を使っているのだよ。そういう種族を見たことがあるだろう?」


「あ、思念波――」


 デューク達が活動体を動かすために使っている思念波――それはとても弱い力しかありません。でも、デュークは、物理的な力に置き換えることが出来る種族もいることを思い出しました。


「サイキックと呼ばれるレベルに達すれば、物に触れることもなく動かすことが出来る――」


「で、でも、物理的には、カラダを浮かばせたり、木の枝を持ち上げたり、そんなレベルのものでしょう」


 訓練所時代の仲間――マナカが見せた力は、その程度のものでした。何もないところから力を引き出すという点では、非常に有用な力ではありましたが、今目の前で起きているようなダイナミックな作用を持つものではありません。


「テコの原理を知っているかね? 十分な長さの棒と、動かぬ点があれば、惑星すら動かせるというあれだ」


「支点、力点、作用点……そんなものを用意するのは――――あ、思念波で作り出しているのか!」


「そう、あの無機生命体が飛び掛かるタイミングで、空間を固定し、ちょいと軌道を偏向させているのだよ……なに、思念波の技術的応用と言うやつだ」


 そして、メリノーは「訓練すれば、銃弾程度は弾けるのさ」と、当たり前のことのように言うのでした。

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