第136話 無機生命体
「あれれ? ネコ? あれはネコ?」
強い核反応がスゥと治まったそこに居たのは、ネコでした。そう、デューク達の龍骨には、ネコ型種族と言うコードが浮かぶのです。
大きな欠伸をしたそのネコは、四つん這いになりながら背筋を大きく伸ばします。すると、そのカラダのサイズが良く分かるのです。
「デカすぎる――――! あの球の中で丸まっていたのかしらね」
「でも~~ネコって、普通は大きくても50センチくらいじゃなかった~~?」
ナワリン達は、闘技場の中にいる種族を見つめています。それは、確かにネコ科な生き物でしたが、その体長は20メートルをほどもあったのです。
「なるほど、君たちの龍骨は、あれをネコと認識するのだな」
「……ネコじゃないんですか?」
デュークの問いに、メリノーは片方の眉を上げてから、首を傾げるのです。
「ふむ――ネコについて知っていることは?」
「うーん、ネコと言えば炭素系種族ですよね。訓練所時代の教官に二足歩行型の方がいましたけれど」
デュークは、新兵訓練所時代の教官――ネコ顔の女性を思い出しました。
「遺伝子的には別物だけど、四足歩行のまま知性を得たネコもいるのよね。収斂進化と言うのかしら、皆、何故かミルクが好きで、ゴロゴロするのが好きみたいね」
産まれた星が違うとしても、似たような特徴を持つ複数の種族を指して、〇〇型種族と呼ぶことは、よくあるのです。
「遺伝子改造で12本も足を生やしたネコもいるって聞いたわ~~」
ペトラは、人を乗せて空を駆ける乗り物のような例外的な存在に言及しました。
「ネコ型種族――彼らのほとんどが炭素系生命体だったかなぁ」
共生知性体連合の機械生命体の中には、ネコ型ドロイドもどこかにいるかもしれませんが、あまり数は多くありませんでした。
「炭素系種族と言えば?」
「ええと、宇宙ではもっとも多い生命形態――柔軟性に富んだカラダで、平均的な大きさは1~2メートルくらいですか」
デュークはこれまで見て来た炭素系生物――トリ、ウシ、ブタ、ニンゲンなどを思い浮かべました。そのどれもがデューク達のような巨大なカラダと比べて小さく、と柔らかそうな外皮を持っています。
「そして、私のようなヒツジもその一種だな……さて、そんな種族が、強力な放射線に晒されるとどうなるかな?」
「ええと、軍教育の安全過程で習いましたけれど、火傷したり遺伝子が壊れたりするのですよね」
「私たちなら耐えられる宇宙線も、普通は耐えられないのよねぇ。だから、厳重にシールドされたフネに乗って、宇宙を旅するのだわ」
ナワリンは、コンコンと活動体の表面を叩きます。龍骨の民の外殻は、銃砲弾をはじき返すほどの金属製の皮膚ですから、恒星が放つ高いエネルギーも難なく耐えるのです。
「お尻を向けてプラズマを吐き出すな! って叱られたことがある~~」
ペトラに限らず、生きている宇宙船たちの推進剤は高い放射能を持っているので、他種族とのフネが近くにいるときは、気を付けろと注意されるのです。
「ま、そのようなところだな……だが――――あれはどうだね?」
メリノーは、闘技場の中心にいるネコ型の生き物を指して尋ねました。
「どう見ても……カラダの中で核反応しているなぁ。分裂炉か融合炉の心臓があるみたいだ」
デュークの視覚素子は、背筋を伸ばした大きなネコのお腹の中に、強い放射線源――核反応があるのを捉えます。球体の中から出て来た時よりは、控えめなものになっていますが、炭素系の生物が耐えられるレベルではないように思えるのでした。
「その通りだ、あの種族は体内で物質とエネルギーを転換させているのだ。ある意味、君たちと同じだな」
デューク達は、カラダの中に縮退炉や補機になる核反応炉を備えています。メリノーはそれと似たようなものだと言うのです。
「でも、炭素系種族のカラダですよ。僕らみたいに金属のカラダじゃないのに、どうして生きていられるのだろう?」
「ああ、あのネコのようなカラダは、一種の擬態のようなものでな。彼らはとある恒星のフレアの海で産まれた一種の無機生命体なのだ」
メリノーは、あのネコ型の生き物は、恒星のプラズマの中で攪拌された宇宙塵が、奇跡的な確率で集まりらせん状の遺伝子構造を安定させ、進化してきた生命体と言うのです。
「ふぇっ⁈ 恒星から産まれた生き物か!」
「えええ、私たちでもあの環境は、長くはもたないのに……」
龍骨の民は、太陽の光を浴びるのが大好きですが、それは遠く離れたところでのことです。彼らが、恒星に近づけば、強力なバリアと外殻があっても長時間耐えることは難しいのです。
なにせ恒星というものの温度は、低いところでも3000度にもなる地獄のようなところでしたから。
「そんな生き物っているのねぇ~~! ……でも、なんでネコの姿なのかな?」
ペトラが艦首をフリフリ感心させながら、素朴な疑問を口にするのでした。
「彼らは本来、姿形を持たないのだがね。気に入った種族のカラダを模して、形態や組成をまねる習癖があるのだ」
プラズマの生き物である無機生命体は、星を離れて共生知性体連合の一員として過ごすうちに、一定の形を作るようになっていたのです。メリノーは、「彼らは思念波の制御が上手い――特にエネルギーを固定する念動思念がな」とも言いました。
「へぇ、思念波って、そんなことまでできるんですね」
「うむ、種族の差はあれど、思いが強ければ、なんでもできるのだ……さて、さて、さて、次が最後の一戦だ」
メリノーは目を輝かせながら、メェメェと大きな笑い声を上げました。
「最後ですか、それにしても、あんな強力な種族と、誰が戦うのですか? 重武装したパワードスーツでも――熱と放射線でやられてしまうしな」
「パワードスーツ? そんな無粋なものは使わんよ。最後は生身のバトルなのだ」
メリノーは、さも当たり前の事のように応えるのですが、その言葉を耳にしたデュークは「ふぇっ⁈」と驚いてしまいます。
「ちょっと、待ってください。あの環境の中で生身で生きられる種族なんて――」
比較的落ち着いたと言えども、闘技場の中ではかなり危険なレベルのエネルギーの渦が残っています。戦艦並みにシールドされた観客席の中に居るからこそ、エネルギーの塊のようなネコ――を模した無機生命体を直視できるのです。
「――龍骨の民だったらいけるかしら? 私たちの本体だったら、耐えられるわね……でも、近くにそんなシグナルはないわよ!」
ナワリンは、艦首を左右に振って、近くに生きている宇宙船はいないかと探すのですが、そのようなシグナルを見つけることはできません。デューク達は本体を遠く離れたステーションにおいていますから、この周辺には本来のカラダを持った龍骨の民はいないことになるのです。
「あれの相手をするのは、龍骨の民ではない。最後の選手は……ほら、あそこに出て来たぞ」
メリノーが闘技場を指さすと、地面がぽっかりと拡がり、その下からエレベーターのようなものがせりあがってきます。その上には、とても小さな人影が、腕組みをしながら佇んでいたのでした。
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