第138話 思念波の使い手

 それからほどなくして、「これは敵わない……」というほどに、無機生命体は両手を上げて、元居た黒い球体に逃げ込みます。そしてゴロゴロゴロ――と、闘技場の奥へ消えてゆくのでした。


「あれほどのエネルギーを持った生き物を易々と降参させるなんて……メリノーさんのお師匠――トックスさんは凄い技を持っているんですね」


「ふっふっふっ! 思念波を応用した格闘術――”思念波流”の達人と呼ばれる者であれば、あの程度の事は簡単な話なのさ!」


 メリノーは自分の事のように、めぇめぇと自慢げな声を上げました。


「でも、なんだか、胡散臭いわねぇ……」


「信じらんない~~~~」


 ナワリンとペトラが口々に、そのような感想を漏らします。すると、メリノーは「んんん?」と眉根を上げてから、このように言うのです。


「ん――そこなお嬢さん方、ちょっとクレーンを伸ばしてくれ給え」


 メリノーは、ナワリン達に腕を伸ばすように伝えました。


「「こうかしら?」」


 彼女たちは活動体の脇に伸びた腕をスゥと伸ばしました。メリノーは、その腕の先にあるマニュピレータに、自分の両の手を近づけます。すると――


「「はっ⁈」」


 ――指先と指先が触れるか否かのところで、ナワリン達の活動体がクルン! と倒立したのです。


「持ち上がったわ⁈」


「私たちのミニチュアって結構重いのに~~不思議~~!」


 デュークの活動体は、一般的なヒューマノイド位の体積がありました。軽金属や炭素繊維に使われているといっても、重量は約1トン近くあるのです。重力スラスタで見かけ上の重さを相殺していますが、質量そのものは残っているのですから。


「それを指先一つで持ち上げるなんて……」


 デュークは艦首を下にして逆さになったナワリン達を見つめながら、メリノーが見せる技に驚きました。


「私も思念流の使い手なのさ――――こんなこともできるぞ、梃とコマの原理を応用してだな――――よいしょッと!」


 メリノーはさらに手首をクルリと回すのです。すると、ペトラ達のカラダがくるくると回り始めます。


「「きゃ、きゃぁ~~ ま、回る~~~~」」


 メリノーは、「私はそれほど思念波の強い方ではないがね、使い方を覚えればこういう事もできるのさ」と言って笑いました。


「なるほど、これが思念波の応用というものか……」


 メリノーは「我が思念波流は無敵なのだ!」と笑い、ナワリン達を下ろします。


「分かったところで、トックス師の所へ行くとしよう」


 デュークらは闘技場の地下へと向かいました。


 ◇


 闘技場の地下では、放射線洗浄を終えた岩石種族が、「いい汗かいたわいな……」などと腰を下ろしていました。


「お師匠様、お見事でした」


「ん? メリノーか。ワシになんの用じゃったかのぉ?」


 メリノーは、かくかくしかじかめぇめぇめぇ辺境星域のニンゲンたちが――と説明しました。


「ほぉ、ニンゲンどもが、思念波を使ったというのかいな……ふぅむ、デュークとやら、それは本当かね」


 岩の顔を持つトックスが、デュークに尋ねました。


「確かに感じたんです。ぼんやりとですが、相手の顔が浮かんだような気もするんです」


「ほぉ……それはこんな感じかね?」


 トックスはそう言うと、瞑目し――背筋を伸ばし、フン! と腹の底に力を入れ、閉じていた眼をグワリ! と開けるのです。すると――


「うっ――――!」


「あ、あ、あ」


「デッカクなった~~!」


 ――デュークの視覚素子の中で、トックスのカラダがブワリと広がり、身の丈数十メートルの大きさになるのでした。ナワリンとペトラにも同じようなものが見えているようです。


「これも思念波の使い方の一つじゃぞい。相手に自分の姿を大きく見せることで威圧する技なのだ!」


 トックスは大きく成った姿のまま、「ガハハ!」と笑いました。


「これだ! ログにも残っていない、ほんの一瞬だけ感じたものってこれですよ!」


 デュークが「これだ」と言うのを聞いたトックスは、「ふむ……」と呟きます。彼がカラダの力をスッと抜くと、姿は一瞬で元通りになりました。


「そうか、僕が感じたのはニンゲンの思念波だったのかァ」


「間違いないな……戦場の極限状態で、その機動艇のパイロットが飛ばしていたものだろうて。だが……しかし」


 トックスは、なにかを思い出すようにして腕組みをし、メリノーにするどい一瞥をくれました。岩石の目を向けられたメリノーが口を開きます。


「ニンゲンは、思念波を使いません――正しくは、思念波を使うニンゲンは、人類至上主義連合側にいないはずです」


 メリノーは続けて、人類至上主義者たちは異種族を徹底的に排除していること、そして同じ人類から産まれた思念波使いサイキックも、突然変異の異種族ミュータントとして排除していることを話しました。


「それは、先の大戦で攻め込んできたニンゲン達も同様でした。彼らは思念波を使わないため、索敵は光電磁的なものに限定され、相当に苦労した戦となりました」


 思念波を放つ生物相手であれば、光速度を超えた感知によって星系内戦闘を進めることが出来るのです。でも、ニンゲン達はそれらを徹底的に排除しているため、捉えることが大変だと言うのです。


「辺境のニンゲン達が、いままで逃げきれたのもそのせいです。彼らは大規模な宇宙海賊の集団に過ぎませんが、見つけるのが大変なのです。その上、ステルスに特化した艦が出てきたものですから……」


 メリノーは、めぇはぁ……と嘆息しました。


「だが、その残党が思念波を使うということは……執政府の見立てはどうなんじゃ?」


「本来の領域から遠く離れた辺境では、なにかが違うのでしょう。人類至上主義者たちの領域では、高度に柔軟で臨機応変な管理体制により、思念波を使うと思われるものを排除しています。辺境に撃ち捨てられたニンゲンの残党集団では、その体制が崩れていると思われます。ニンゲンも知性体――新しい世代では、思念波を使える者が産まれても不思議ではありません。その力はまだまだ弱いものの――」


「――分かった分かった、その辺りにしておけい……さてワシに聞きたいこと――いや、頼みたいことがあるのだろう?」


 トックスは、メリノーの長々とした考察を打ち切らせ、本題に入るように伝えるのです。


「辺境へ向かっていただきたい」


「ふむ……久方ぶりの、共生活動、だの」


 メリノーの言葉に、トックスは深くうなずくのでした。

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