第103話 MVP
「早く解いてよ――――――――――っ!」
ナワリンは救護所にて、寝袋にくるまれた上にロープでグルグル巻きの簀巻き状態でジタバタ・ドタバタ・ゴロン・ゴロンと暴れています。状況を終了を知らされた第201大隊救護班の新兵が「ううむ、ずっと暴れてたからロープが変なふうに絡んでるな」と四苦八苦しながら解放しようとするのですがなかなか解けないのです。
「あ、ナワリンが蓑虫みたいになってる~~!」
「ぶ、無事だったんだね!」
「こ、これ見て無事だっていえるかしらっ――――!!」
201大隊の新兵は「ああ第101の生きている宇宙船か。この娘が暴れるんで、ロープが解けんのだ」とデューク達に助けを求めました。
「とにかく暴れるのをやめなよ。もがいているからロープが絡まるじゃないか。あーあ、これは切るしかないね。ほら動かないで」
「わ、わかったから、早くして!」
背嚢からナイフを取り出したデュークがロープをサクっと切ると、ナワリンは「ふぅ、やっと出られたわ」と寝袋から這い出てきます。
「それで演習は終わったのよね? 201の奴らが優勢だったけれど、最後は私達の勝ちって、どうやったのよ?」
「うん、丘の下にトンネルを掘って後ろにでたんだ」
デュークがカクカクシカジカと説明するとナワリンは「なるほどね、地面を掘ったり食べたりしたのか」と納得しました。
「カムランの地面は美味しかったけれど、食べすぎで、もう飽きたよぉ~~」
ペトラはまだ少しばかり膨らんでいるお腹をポンポンと叩きました。彼女の胃袋の中には疑似縮退炉でも消化出来なかった腐葉土がたくさん詰まっているのです。
「それで、この後はどうするのかしら?」
「今日はもう日も落ちてきたし、101と201の皆でキャンプするんだってさ」
「試合終了の笛が終わったら、ノーサイドだよ~~!」
演習が終われば敵味方もありません。700名ほどに膨れ上がった新兵達の一団は、丘の麓にある開けた場所で、野営を兼ねた親睦会を開く事になっています。
「なるほど、お互いバチバチやってたけれど、訓練だから仕方ないってことね……でも、簀巻きのお礼だけはしないとね!」
ナワリンが「ごるぁぁぁ、そこの201の新兵ぃ――――!」と救護所の新兵に向かって叫ぶので、デュークが「負けた方は罰ゲームがあるらしいから、それで勘弁してあげて」となだめました。
そして、夜の帳が舞い降りる頃には、森から拾ってきた樹木で作った焚き火がいくつも並び、二つの訓練所の新兵は100名程度分かれて方陣を組むことになります。
「よっしゃ、皆、飲み物を持ったかぁ?」
土を盛ったステージの上ではスイキーがビールの入ったコップを掲げて乾杯の音頭を取ろうとしていました。いつもであればアルコールやそれに類する飲料はご法度ですが、本日限りは教官達の許可が降りている上に、「ご苦労だった、しっかり飲め」と、大量の飲料のケースを渡されているのです。
「101の皆も、201の皆も、演習お疲れさんでした――――! かなりバチバチやりあったけど、それだけにいい戦いが出来たと思うぜ! それじゃ、お互いの健闘を賛えて――
スイキーが共生知性体連合における乾杯の合図すると同時に、新兵達は「共生万歳!」「連合万歳!」「宇宙軍万歳!」と酒坏を掲げてゴクゴクと飲み干しました。少し離れた所にいる教官達も別のところで「ゴロロ、おつかれ様」「お疲れさんした――」などと、酒を飲んでいるはずです。
杯を開けた新兵たちは手持ちのレーションやら、長距離行軍の間に採取した珍味などを食べ始め、同時に大量の飲み物が消費されてゆきます。
「デューク、お前も飲め!」
「アルコールかぁ、このビールっていうのは苦味と旨味がすごいね」
いつもは液体水素を飲用しているデュークですが、初めてビールを飲まされ「ふむふむ、渋味もかすかにあるのか――なんとなく美味しさがわかる気がする。そういえば、おじいちゃん達が飲んでたな」などと、しみじみとビールを味わいました。
「ほぉ、龍骨の民もアルコールを飲むのだノ。酔っ払いはせんか?」
「それに子供がアルコール飲んでいいのかしら?」
「龍骨の民は何でも食べるし飲む生き物ですぞ? それに入隊と同時に共生知性体連合の成人年齢資格が与えられています。ま、中身は子供かもしれませんが」
キーターとマナカの素朴な疑問に対して、パシスは「全くもって無問題なのです!」と解説してから、手にした樽をグイッとやって、ガブガブとビールを飲み干しました。
「これ苦いぃぃ~~! やだ~~!」
「すっごい渋味がきついわ、私もパス」
ペトラもナワリンはビールを口にして「不味い!」と言って、早々に液体水素のジュースに切り替えています。生きている宇宙船は、アルコールの味に対してかなりの個体があるようです。
さて、この場は親睦会ですから、いつもとは違った顔ぶれと一緒にメシを喰うことになります。
「おいウサギ、のんどるか――――っ? お、空いてるな、次ぐぜ」
「ありがとな、ペンギン」
201大隊のピーターにビールを注いだスイキーは「おまえら、すげぇ腕だったな! どうやったらあんなことできるんだ? 物理的に可能だとはいえライフルの有効射程を超えた大距離射撃なんて、普通の新兵にはできんぞ」と尋ねます。
「俺はただの観測手だよ。あれはミンムスデの腕のおかげだな。故郷で鴨打ちをしている親父に相当仕込まれたみたいなんだ」
「あ、こいつが例の白カバの息子か!」
どこかでやばい新兵がいると聞いていたスイキーは、白い肌をしたミンムスデを見つめて「お前さんだったのか」と納得したのです。
「ふふっ、親父には全然かなわないけれどね」
そう言ったミンムスデは手にしたボトルから酒をラッパ飲みすると、「ふふっ、故郷のスピリッツに似た味だね」と笑みを浮かべました。
「おい、それってアルコール度数96パーセントというキッツイ酒じゃないか」
「ああ、ミンムスデは酒が強いんだ」
ゴクゴクと強い酒をラッパ飲みする白カバに「酒の方も化け物なんだな」とスイキーは苦笑い浮かべました。
そのような新兵同志の会話は、いたるところで行われています。
「ほぉ、樹齢1000年の木がゴロゴロしておるのか? それは大したものダノ」
キーターは惑星ヤクーシマ出身の新兵と酒を酌み交わしながら、ヤクーシマの樹木の話で盛り上がっています。「流石に歩きはせんのだな。残念残念」と言っていますが、歩く樹木は彼の種族くらいのものですから、仕方がありません。
「へぇ、宇宙アリの女王がご近所の惑星で巣作りを始めたと――――ああ、害はありませんからご安心を。政府の方では話がついているはずです」
パシスは手近な所にいた別の宿舎の新兵から相談を受け「アレは開発困難な星に好んで巣を作ってテラフォーミングする習性があるのです。ま、500年もしたらまた離れていきますよ」などと解説をしています。
新兵たちが食事と酒と会話を楽しむこと30分ほど経過すると、スイキーが再びステージに登って「おし、罰ゲーム大会開始だぜ――――――っ! 201のやつらは何でもいいから、ステージで芸を披露してくれ!」と叫びました。
「よしっ、じゃ俺からいこう! 惑星シャドームーン出身、月兎族のピーター、ダンスを踊るぜ!」
ウサギのピーターが、ぴょんぴょんと跳ねながらステージに登り上がり、手にした軍隊手帳――音楽機器にもなるそれのボリュームを最大にして16ビートの音楽を流します。
「イェイ――――!」
ピーターは音楽に合わせて「フ――!」などと口ずさみながら、完成度の高いダンスを披露しました。周囲の新兵達は「うわぁ上手いな。わ、すごいジャンプだ!」「あ、ムーンウォークだ!」「これはプロ級だな」などと、拍手喝采となるのです。
続けて――
「2番、ミスターマジック、来てます来てます、手力がビンビン来てます!」と、サングラスを掛け怪しげな空気を漂わせた新兵が
「3番、宇宙落語協会所属、
「4番、スペース空手コプラ会の技を見せます! とりゃ――――っ!」などと、道着に着替えて黒帯を締めた新兵が、超合金製の瓦を「超電磁直突きゃ――――っ!」などとパカンと割ったりしました。
201訓練所の新兵により繰り広げられる宴会芸はかなりの盛り上がりをみせ、101訓練所の面々も「201に負けるな!」とばかりに参加し始めるのです。
自由自在に分裂することができるスライミー族が、3体に分裂して一糸乱れぬパントマイムをしたり、息の合ったジャグリングの妙技を披露した後、「あ、元に戻れないっ!? どーしよう!」などとボケてみせたり――
故郷で通信機器のセールスマンをしていたちょっとブサイクな感じの新兵が超絶技巧のテノールで熱唱し「夢は、共生宇宙軍の軍楽隊に入ることですぅ!」と叫ぶと、「お前ならやれる! 顔は大変に悪いが!」と合いの手が入り、会場が大爆笑になったり――
激辛好きな種族が揃って純粋なカプサイシン(辛味パワー1600万)などという物質をもりもり食べる激辛対決では、「うむ、辛い! おかわ――ブホォッ!」と吹き出すウマ族を横目に「ふっ、やつは辛味四天王の中では最弱よ――ガハッ!」とシカ族も吹き出し、馬鹿二人による大惨事が発生したり――
なんでもありの隠し芸大会が続くのです。
「いいぞいいぞ! よっしゃ、デュークもなんかやれ、なんかやれ! そういや、この面子に龍骨の民はおらんから、ナワリンちゃんと、ペトラちゃんもなんかやってくれ!」
調子に乗ったスイキーはデューク達に「なんかやってくれ!」などとリクエストします。すると周囲も「おお、生きている宇宙船の隠し芸か、いいね!」とか「
「ふぇぇ、僕はそんな芸なんてできないよ。それにドラゴンブレスは見世物じゃないし――――ふぇっ?!」
突然言われたデュークは躊躇するのですが、「さっさといくわよ」「久しぶりだな~~♪」などとのたまうナワリンとペトラに首根っこを押さえられ、ステージにポイッと放り込まれ、デュークはスピーカー代わりの音源となりました。
そして生きている宇宙船の歌姫二隻が「宇宙の中心で愛を叫ぶ、龍骨の中で、幸運のフネは命を叫ぶ、龍骨の中で」というような歌声をあげ、「色を心に素数を数える、龍骨の中で幸運のフネは歌唱する、龍骨の中で」などとハーモニーを奏で、最後は「「私は星の世界を征く、幸運のフネ!」」と、キメのポーズを取れば会場は大喝采となるのです。
「ナワリンちゃん、ペトラちゃんありがと――――! 超盛り上がったぜ!」
スイキーが「センキュー! センキュー!」とフリッパーをフリフリさせながら「スピーカー役のデュークもお疲れさん。いい音出てたぜ!」などと笑みを浮かべれば、デュークは「つ、疲れた……」などど、ステージの上でぐったりとするのです。
「さて、宴もたけなわとなったところで――今回の演習のMVPの発表だ!」
スイキーは「一番の功労者を発表するぜ」と宣言し、こう続けます。
「まず、そいつは俺ではないのは明らかだ! はっきりいって俺の指揮はすごくまずかったからな! だが、それでも勝てたのは他の皆全員のおかげ――全員がMVPだぜ!」
スイキーがそう言うと、第101の新兵達は「いいこと言うじゃないかペンギン!」「おお、そうだ! そうだ!」「というか、反省しろ大隊長――!」などと声をあげ、相手方の201の新兵も「あんたらはよくやった」「全員、気合入ってたぞ!」と称賛の声をあげました。
「とは言えやっぱり、MVPってのは一人に決めないといかん。そこで、101に勝利をもたらした一番の功労者の名前を明らかにしよう!」
新兵らは「たしかに、それもそうだ」「誰だよ、早く教えろペンギン!」「俺じゃないのは間違いない、最初に戦死判定したからな、ハハハ!」などとザワザワする中、スイキーは「勝ちの原因は坑道戦術だった!」と大声を上げ――
「丘にトンネルを掘るなんてアイデア、俺には思いつかなかったぜ! そしてそれを思いついたのは――――この、デューク二等兵だっ!」
「ふぇっ? ……そういえばそうだったね」
スイキーはステージの上でいまなおスピーカーのように寝っ転がっているデュークを指さして「お前がMVPだぜ。このプリンス・スイカードが褒めて遣わす!」などと冗談めいた口調で言ったのです。
「皆、拍手――――っ!」
「ふぇぇ……」
新兵たちはヤンヤヤンヤの大喝采をデュークに送り、「あ、ありがとう……」などとデュークもまんざらでもありません。
「そして、MVPの賞品は――――この場にいる誰かになんでも好きな事を言える権利だぜ。イヤッフーイッ!」
「オオオ――――っ!」
こういう場で稀によくある告白タイム的に、周囲の新兵は大喝采を上げました。
「おい、デュークお前、何か言わんといかんことがあるだろう!」
「ふぇぇぇ?! それは確かにあるけれど――、皆の前でそれを言うって、それこそ罰ゲームだよぉ!」
すべてを知っている第101訓練所の新兵達は「野郎、気が効くじゃないか!」笑い声を上げました。第201訓練所の新兵は「どういことだい?」と訝しがるのですが、「あれがあれで、オスとメスが、どーたら」と説明を受けると、「あははは、そういうことかとすぐに納得するのです。
「クワカカカカ、こうでもしなけりゃ、いつまで経っても言わんだろーが! よぉし、こいつを飲んで度胸をつけろ!」
と、スイキーはミスムンデが飲んでいた度数96パーセントのスピリッツをその瓶ごと、デュークの口の中に叩き込みました。口の中に物が入れば、ムシャムシャと食べてしまうのが龍骨の民というものですから、デュークは反射的に瓶をゴクリを飲み込み、大量のアルコールを一気に摂取するのです。
「これって、すごく強いお酒……え、なにこれ。りゅ、龍骨が……」
龍骨の民の消化吸収機構はアルコールの影響を受けにくいものです。しかし、相当に高い度数のアルコールが一気に吸収されれば、龍骨にかなりの影響をおよぼすことになるのです。
「ふぇ~~~~」
「クワカカ、効いて来たな。んじゃ、始めよう」
そしてデュークはステージに立ち――――
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