第104話 新たなる進路

 デュークたちが長期行軍試験と戦闘演習をこなし、訓練所に無事帰還してから数日が経っています。第101訓練所のゲートが大きく開かれ、身ぎれいな軍服を身に着けた大小様々な種族たちが、列をなして外に出てきました。


 ザッザッザ! と小気味よいリズミカルな良い足取りは、厳しく鍛錬された鉄のような逞しさを感じさせるものでした。それもそのはず、足音の主たちは、1か月にわたる訓練を終えた共生宇宙軍の新兵たちなのです。


 訓練所のゲートを初めて通った時には、彼らは戦士としての心構えもない只の民間人でした。でも、今この時の彼らにはその面影はほとんどありません。短いながらも効果的な訓練生活が、彼らに軍人としての基本をしっかりと身に着けさせ、共生宇宙軍の一員としたのです。


 全く姿形が異なる種族たちがそろって同じ動きを見せる姿は、異なる種族達が一つの理念と目的を持ち、それに向けて協働し統制されていることの証明でした。訓練所で同じ釜のメシを食う、ただそれだけのことが、彼らを一つの有機的な組織人に変えたのです。


 それを送り出すのは新兵たちを厳しくいじめ抜いた教官たち――彼らは満面の笑みを浮かべています。今日から新兵たちも、鬼軍曹どもと同じ共生宇宙軍の仲間たちなのだから当然でした。

 

 教官たちは「よくやった!」「卒業おめでとう!」と嬉しげな言葉投げかけ、ある者ものなどは目じりを下げて涙すら流しています。それを見つめた新兵たちは生真面目に敬礼で応えます。


 中には、これまでの教官の辛い仕打ちを思いだして、不敵な笑みを口元に浮かべて、”良くもやってくれたな、覚えてろよ!”というような表情を浮かべている者もいるのですが、それはちょっとした気恥ずかしさの表れに過ぎません。反抗的な側面を持つ若者ですら、今ある自分を作ってくれた教官に感謝の心を抱いているのですから。


 共生宇宙軍の新兵訓練は、そのようにして完結するものでした。


「1・2・3・4! スターミー宇宙軍!」


「「「1・2・3・4! スターミー宇宙軍!」」」


 新兵の最前列ではスイキーが、雄々しい声をあげながら一行を先導しています。


「5・6・7・8! スターミー宇宙軍!」


「「「5・6・7・8! スターミー宇宙軍!」」」


 隊列は調律の取れた楽器のように進みます。


「9・10・俺らは、完全無欠のスターミー宇宙軍!」


「「「9・8・俺たらは完全無欠のスターミー宇宙軍!」」」


 掛け声を惑星カムランに響き渡らせる新兵達が数キロほども進み丘の稜線に達したところで、スイキーが「オーケイ! ここで行進マーチは終了だ!」と叫びました。


「あとは、目的地ごとにシャトルの発着場へ向かってくれ!」


 彼らはこれから軌道ステーションへ向かうのですが、それぞれの配属先は全く違ったものであり、軌道に上がる手段も別々ですから、隊列を解散し各自の行動に映るのです。


「よし、これでお役御免だ」


「大隊長――お疲れ様!」


 スイキーがフリッパーをパタパタとさせて「疲れたぜ――」と言うので、デュークは「これをお飲みよ」と水筒を差しました。


「あんがとよ! しかし長いようで、短い訓練生活だったな……」


「なに、感傷めいたとこと言ってるのよ。あなた軍隊経験があるのだから、こういうことは慣れっこでしょうに」


 とマナカが言うと、スイキーは「異種族とのそれは初めてだからな」とクワックワッ! とした鳴き声を上げるのです。


「ねぇ、確かこの辺りってさ――」


 デュークが辺りを見回して大きな掲示物――彼らが訓練所に入る前に見た大きな看板を指さしました。その裏側には、彼らの前に訓練を行った者たちの落書きが残っています。


「お、訓練完了の記念に、一つ落書きしていこうぜ」


「ホ、なにを書こうかノォ?」


 彼らはワチャワチャと思い思いの落書きを看板の裏に描いて行きます。


「何を書こうかな?」


 デュークも龍骨をネジネジさせながら、クレーンの先を上げてカリカリと看板の裏を削ります。そこに浮かんだ文字は、このようなものでした。


第101訓練所第1宿舎第001班101TC Firstlodgings 001 bowlここにあり!”

 

「ストレートな落書きですが、これはこれでいいですね」


「あ、そうだ、皆で記念撮影しましょうよ。軍隊手帳にそんな機能があるはずよ」


「おお、そいつはグッドアイデアだぜ!」


 マナカは手帳をかざしながら「写真写真!」と言いました。彼らに与えられたそれは、いわば携帯用のタブレット端末ですから、当然ながら撮影機能が備わっているのです。


「でも、誰がボタンを押すのですかな。一人だけ写らないことになりますぞ」


「大丈夫よ、私の念力でボタンを押すわ」


 マナカがすっと手をかざすと手帳がふわりと浮かび上がり、「早く早く」と言うので皆は看板の下に並びました。手帳がパシャリと音を立てれば記念撮影は終了し、データリンクを用いて各自の手帳に画像データが転送されます。


「ほぉ、よく撮れているな。しかし皆、いい顔になったもんだ。特にデュークの艦首なんか、最初にあった時よりも、なんかシュッとしてるぞ」


 写真を眺めていたスイキーが、デュークの艦首が随分とたくましくなっていると言うのです。


「ふぇ、訓練でそうなったのかな?」


「まぁ、そうだろうな。だが、やっぱあれだな。あの宴会で男を見せたのが効いてんだよ!」


「あははは、多分そうね! アルコールでベロンベロンになってたけれど、言うことはしっかり言ってたものね」


 宴会の告白タイムにて、デュークは龍骨の民の二隻に対して、然るべき言葉を告げたのです。


「我に続け――そんなセリフだった気がするノ」


「ワタクシには黙って俺について来い! と聞こえました。まぁ、あの時は、アルコールで脳ミソがぶっ飛んでいる状態ましたので、正確な言葉は覚えていませんが」


 皆は「アハハハ」と笑い、デュークは「まぁ、多分そんなことを言ったはずだよ」と少しばかり顔を赤らめたのです。


「でも、やるべきことをやった――それは間違いないね。それが出来たのも、皆のおかげだよ。本当にありがとう!」


「いいってことよ。俺たち同期なんだからな! 種族を超えた、同期だぜ!」


 スイキーがフリッパーをフリフリさせながら「気にすんな、クワカカカ!」と笑みを浮かべました。


「種族を超えた同期か――私達ってば全く別の生き物かもしれないけれど、それを強く感じるわ」


「うむ、故郷の樹木達とは違っても――何かの絆のようなものを感じるノ」


「ワタクシもですよ。なんというか、皆が兄弟のように感じます」


「そらそうだろ、俺たちは同じ釜の飯を食ったブラザー血を分けた仲間だkらな」


 スイキーが高らかに笑うと皆も同じようにして笑いました。全く違った種族が集まり一緒に生活すれば種族を超えた絆が生まれますし、ルームメイトとの間柄は格別に強いものになるのです。


「ま、親父が言ってたとおりだな。軍に所属していようが、軍から離れようが――同期は同期なんだとな――それはさておき、皆はこれからどうするんだ?」


「あ、僕は艦隊勤務だね。まずは戦艦として試験してからになるみたいだけれど。それから第五艦隊のパトロール部隊に配属されるんだって。スイキーは、首都星に行くのだったね?」


「ああ、共生宇宙軍士官学校に行く事になってる。元が士官だし、本国の意向もあるから仕方がない。だが本当はもう少し気楽な兵隊生活を味わいたかったぜ」


「あなたは皇子様だからねぇ、嫌でもエリートコースにいかないといけないのよね。私は共生宇宙軍のサイキック師団に行くことになってるわ」


「サイキック師団ですか、それもエリートコースですね。私は希望通りに陸戦隊に配属になりました。共生知性体連合大学入学のための点数稼ぎには最適なのです。第一艦隊配属ですから、かなりきつそうですが」


「栄光の第一艦隊――最前線だノ。ワシは兵站学校に言って、ロジスティクスを学ぶことになっとるノ」


 そのようにして皆が自分の進路を確かめ合うと――


「皆、違った進路へ向けて、舵を取るんだよなぁ……」


 と、デュークは少し悲しげに言葉を紡ぎました。訓練を終れば別々の進路を進むしかありませんが、やはり寂寥感というものは拭えないものなのです。


「また、会えるかな?」


「なんだよ、別に今生の別れってわけじゃねーぜだろ。俺たちの進路は分かれてゆくが、宇宙軍にいることには変わりないんだ。また、どこかで会えるだろうさ」


 そして彼らは誰ともなく円陣を組み、お互いの顔を確かめあい――新兵時代最後の敬礼をスパリと決めながら「また、会おう!」と口にして、それぞれの道を歩みはじめたのです。


 同日同刻――訓練所の一室で、クエスチョン大佐が「皆、行ったね……」と呟いています。


「さて、今期で訓練所の所長もお役御免だよ!」


「准将への昇進とともに艦隊勤務に戻られるのですな?」


 クエスチョン大佐には、第五艦隊パトロール分艦隊の辞令がでていました。そんな大佐はゴローロに向かって「君はどうするのかな?」と訪ねます。


「はぁ、これまで通りここの訓練所の教官をやるつもりですが」


「でも、5年位異動していないでしょ? それってそろそろまずくない?」

 

 共生宇宙軍は軍政上の問題から同じ場所に同じ人物を配置することを避けるようにしているので、ゴローロはそろそろ別の場所に向かう頃合いでした。


「君、第一降下団に戻りたいんだと思っていたけど、その希望をだしてなかったね?  なにか別の希望でもあるのかな?」


「いや、あそこはちょっとばかり色々とありまして……それ意外であれば、別段どこでもいいのです」


「そうか――――じゃぁ、うちの分艦隊に来ない? 辺境星域が少しばかりきな臭くなってるから、陸戦隊の出番がありそうなんだ」


 そう言ったクエスチョン大佐は「僕には徒手空拳なんてできないから、陸戦隊には信頼できるのを置いておきたいし」と言いました。大佐は身長1メートルもない種族ですから、たしかにそれはそうでしょう。


「辺境ですか――――わかりました、御縁ということで、お願いさせて頂きます」


 ゴローロ軍曹はクエスチョン大佐に深々と頭を下げました。新兵同士が人の繋がりを結ぶのと同じ様に、組織では人の縁という繋がりが重要であり、デューク達が新たな道を行くのと同じ様にその教育を担当した彼らもまた新たな道を進むことになったのです。

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