共生宇宙軍 実戦編

第105話 辺境へ

「スターライン航法、安定――――」


 デューク達が星から星へと駆け抜けるスターライン航法を用いて、光速度9000倍に達するまばゆい光の流れとなっていました。彼らは新兵訓練所を卒業した後、新兵訓練所のある惑星カムランから1000光年程も離れた辺境宙域での訓練航海を行っているのです。


「ここまでは順調だわね。ところで第12辺境巡回戦隊の根拠地って、次の次の星系だったかしら?」


「そうだね。次の星系が最後の中継地点だから」


「しっかし、ここってば辺鄙なところだよぉ~~!」


 デューク達がいる辺境宙域は、超空間航路もまばらないわば銀河の田舎でした。ここは共生知性体連合の支配下にはなく、雑多な恒星間勢力がところどころでコミュニテイを形成しているという、ややカオスな雰囲気のあるところなのです。


「でも、辺境宙域にも共生宇宙軍がいるんだね~~? 辺境宙域巡回戦隊~~?」


「辺境の連合権益を守るためのパトロール艦隊って説明されたけど」


 辺境宙域には希少鉱物の発掘星や貿易拠点など、連合の管轄下にある惑星や施設も方方に点在しています。辺境巡回戦隊はその辺境宙域に居住する連合市民を守るための保安官的な役割を持ち、また辺境宙域にある友好勢力との相互安全保証を担うという側面がありました。


「つまり、ど田舎のお巡りさんとか、駐在さんじゃない。そこに配属になるなんて、なんだかプライドが傷つくわ」

 

 なんだか失礼なナワリンの物言いですが言い得て妙なのかもしれません。辺境巡回戦隊は第五艦隊の下部組織であり、軍政上は格式が高いとはいえないのです。


「でもさ~~龍骨の民はまずは辺境に来るのが鉄板だって聞いたよぉ~~!」


「そうだね、巡回戦隊で下積みしてから正規艦隊に配属になるんだって、それにここで射撃訓練も受けられるし」


 デューク達のような少年期の龍骨の民には、射撃システムに厳重なセキュリティが掛けられているため、それを解除するために訓練をする必要があるのです。


「なんでこんなセキュリティがかかってるのかしら?」


「ジャンジャンバリバリぶっ放せればいいのにね~~!」


 ナワリンとペトラはそう言いますが、彼女達の備えて生体兵器――重ガンマ線レーザーや融合弾頭付きの対艦ミサイルというものは、やろうと思えば惑星一つを単艦で粉砕することができるシロモノなのですから、訓練を受けていないうちは龍骨が一種の自主規制をしているのでしょう。


「そういう風にマザーが僕らを作ったのだから、仕方がないよ。あ、星系外縁部に到着するぞ」


 スターライン航法の終点部に到着したことを悟ったデュークは「よいこらしょっと」と超光速デバイスのエネルギーをカットしました。


「ああ、お腹へったなぁ、スターライン航法って、本当にお腹がへるよなぁ」


「まったくね。超空間に比べてメチャクチャ非効率だわ。それにお腹減るし」


「星の光次第で速さがランダムだしね~~! ボクもすっごいお腹減った!」


 スターライン航法は超空間航法よりも速度の面で難があり、かつエネルギー効率が悪いのですが、ウラシマ効果も相殺するというという効果があり超空間航路が無い星系への移動には欠かせないものなのですから仕方がありません。


 仕方がないので、デュークたちはお腹が減ったお腹が減ったと騒ぎながら、懐にしまった補給物資をパクパクと食べながら星系内部に入る準備をします。出立前に受け取った命令書には、この星系で恒星を利用したフライバイで転進し、最後のジャンプを行うように書かれています。


「あらやだデューク。あんた隠蔽率が下がってるわよ」


「あ、いけない」


 デュークたちは辺境宙域の目的地に入るまで、その身に搭載されているステルス装置を稼働させるように命令を受けていました。それは、様々な勢力が存在する辺境宙域において、未熟な彼らが面倒なことに巻き込まれないようにという配慮があるためです。


「電磁波よし、赤外線よし、重力子よしっと――ふぅ」


 艦体を隠蔽する機能をオンにしたデュークは「ステルス機能にエネルギーを回すのド忘れしてたよ……」と冷や汗をかきました。龍骨の民は機械的な肉体を持っていますが、その精神はいい加減な部分を多分に持っており、ド忘れもする生き物なのです。


「思い出させてくれてありがとう、ナワリン」


 デュークが艦首を下げて感謝すると、ナワリンは「どういたしまして」というのですが、彼女は続けてこのようなことも言うのです。


「思い出す、で思い出したけど、あんた“あのこと”そろそろ思い出したかしら?」


「あ、あのことあのこと~~! 訓練所の最後でやらかした、あれ!」


「えっと、龍骨のログがアルコールでぶっ飛んだから、思い出せないなぁ。あは、あははは……」


 と、デュークが苦笑いすると、ナワリンが切れ長の目をさらに細めながら「完全に忘れてるのね。あのさ、お酒飲むのは良いけれど――」と言ってから、高続けます。


「べろんべろんになって、やらかしたことのお詫びはないの?」


「ふぇ…………何を言ったのか思い出せないんだけど……ええと、ごめん……」


 新兵訓練所の親睦会にて、大量の高純度アルコールを摂取してなんだかいい気分になっていたデュークは、言いたいことを言っても良いよタイムにて、いろいろな思いが詰まった龍骨を暴走させ「好きとか嫌いとか、わからないけど、嫌いじゃないよ! むしろ――」とかなんとか、酩酊した状況でそんなことをぶち撒けていたのです。

 

「まぁ、思いをぶち撒けるのは良いけれど、限界突破したあんたドラゴン・ブレス嘔吐しやがったのよ?」


「あ、うん……そうだったの……」


 デュークは言いたいことを言いつつ、それまで食べた事を思い出しカラダの中に溜め込んだいろいろなマテリアルを吐き出していたのです。他の種族からは「デッカイ花火だな!」「たまや~~!」などと喜ばれていましたが。


「あとさ~~黙って俺について来いとか言ってたよぉ~~!」


「ふぇ……うん、我に続けって言った記憶はあるけれどさ……口癖? なのかな」 


 フネの常套句である「ワレニツヅケ」という言葉は、純度100パーセントに近いエタノールの影響によりすこしウェットなセリフになっていたかもしれません。


 実のところ彼にはその記憶がうっすらとあり――デュークは気恥ずかしくて、忘れたふりをしているのかもしれません。とはいえ言うべきことを言ったデュークに対して、二隻の少女たちは「俺に着いてこい……ね」とか、「着いてく着いてく~~!」などと、ある意味好意的な受け止め方をしたのはご愛嬌ということでしょう。


「デカいやつに着いてゆくのは、嫌いじゃないけれどね」


 そこでナワリンはデュークのカラダを眺めてそう言いました。デュークの本体は新兵訓練間の軌道上で眠るうちに二度目の繭化を迎え、更なる成長を見せて1キロを超えるカラダになっていますから、隠蔽しているとは言えその巨体は彼女の目にはっきりと映るのです。


「大きなことは良いことだよぉ~~! デュークって白くて艶々で、ドッカリとしていてぇ~~素敵ぃ~~!」


 ペトラは少し間延びしたような軽やかな声でそう言いました。ペーテルからペトラになった”彼女”は声の質が完全な女性になっています。


「あんた完全に変わったわよねぇ……」


「あなたが変わらないだけでしょ~~? 素直に好きって言えばいいのにぃ~~」


「べ、別に、私はなにも言ってないからね!」


「あははは~~、早くデレろ~~!」


 そんな感じで僚艦がガールズトーク的な会話をしているとデュークは「なんだか龍骨がムズムズするような気がするなぁ……」などと思うのですが――


「あれ、本当にムズムズする……これって長距離通信波のサイドロープだぞ」


 彼は前方から飛んできた電磁波を視覚素子で検知して、本当に龍骨がムズムズするのを感じたのです。デュークは視覚素子をパッシブモードに特化して長距離探査を始めます。


「あら、商船ギルド所属の貿易船団かしら?」


 デュークに倣って視覚素子を伸ばしたナワリンは、それがどの恒星間勢力にも属さない独立商人ギルド所属の船団だと判断しました。恒星間宇宙輸送の重要な担い手たるそれは、共生知性体連合とも友好関係を結んでいる特には問題のない組織です。


「あれれ、なんだか変だな」


 デュークは目をパチクリとさせながら船団の様子を確かめました。

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