第106話 圧をかけろ

「貿易船団の前方に10隻くらいの別の船団がいるけど……変な動きをしているな」


「あら、あっちの船団ってば識別符号シグナル出していないじゃない」


「それって公宙条約違反じゃないのぉ~~?」


 商船ギルド所属の輸送船団の進路前方に艦船情報を示す識別符号を持たない正体不明のフネがいます。このあたりの宙域は様々な恒星間勢力間で結ばれた氾銀河公宙条約が適用される所であり「民間船は非常時以外常にシグナルを発すること」と定められた規則の重大な違反なのです。


「不明船が輸送船団の方に向かったわ!」


「船団の頭を押さえようとしてる。あれは妨害行動だよぉ~~!」


「ふぇ、違反なんてものやない――立派な違法行為だな」


 国籍も船籍も不明な船が、商船ギルドの船団の進路を塞ぐように展開を始める光景に、デューク達はそれが明らかに悪意のある違法行為だと判断します。


「あ、不明船から民間船宛に通信波が出てる。ええと内容は……”積み荷も船も全て置いてけ、ついでに乗組員は人質だぁ――!”……だって」


「あらやだ、それって宇宙海賊じゃないの!」


「ヒャッハー! とかいってるぅ~~! 絶対あいつらモヒカンだよ~~」


 髑髏の旗を掲げているということはありませんでしたが、そのメッセージは明らかに宇宙海賊のものであり、ペトラの言う通り世紀末な肩パッドを装備しているかもしれません。


「あっ、射撃レーダーに反応があるわ。海賊船が発砲したのよ!」


 ほどなくして海賊船の船首からガンマ線レーザー砲ズババッ! っと発射され、船団前方をかするようにしてそのまま流れてゆきます。被害は無いものの射撃による混乱によって船団の隊形が崩れています。


「あれは威嚇射撃だよぉ~~! 宇宙海賊はそうやってフネの動きを止めるんだって、じっちゃんに聞いたことがあるよ~~!」


「まずい! あの民間船団やられちゃう……あれって助けるが必要あるわよね?」


「うん、商船ギルドは共生知性体連合と協定を結んでいるから」


 商船ギルドはどの恒星間勢力にも属さない商人の集まりですが、恒星間物流の要の一つとして共生知性体連合と協力関係にあり、それを護衛することは共生宇宙軍の任務の一つとして明文化されているものです。


「で、でも、どうすればいいのかしら。私達って、海賊の撃退方法なんて訓練受けてないわよっ!?」


「そもそも私たち~~まだ射撃できない~~!」


 軍艦とは商船を守るものだと教わっている彼らですが、宇宙海賊に襲われる輸送船団というシチュエーションなど経験したことなどありませんし、射撃訓練を受けていないので戦う術がないのです。


「どうするどうする~~?」


「ど、どうしよう?」


「こ、こういう時はご先祖様に聞くのが一番よ!」


 龍骨の民の龍骨にはご先祖様の記憶が残っています。フネとしての経験値の塊のようなそれからうまいこと情報を引き出せれば、海賊を撃退するための方法が見つかるかもしれません。


「教えて教えてお婆ちゃん――ええと……全会一致で、”宇宙海賊には人権無し、カ・リ・ノ・ジ・カ・ン・ダ!”とか言ってるけど……退治? 狩り? その方法を、方法を教えなさいよぉ――!」


「こっちもだめだよぉ~~~~! ”良い宇宙海賊は死んだ宇宙海賊だけだぜ。フハハー全く宇宙ってところは世知辛いところだぜ!”って、言ってるだけぇ~~!」


 ご先祖さまの記憶というものは不確定で曖昧さを持つデータベースのようなもので、かなり適当な部分を残す情報源にしかならない時があるものです。ナワリンとペトラのご先祖様は「宇宙海賊は、み・な・ご・ろ・し」と、言いたいことはなんとなくわかるけれど、なんの手がかりにもならないことを言っているようです。


「僕の方も同じだよ……”行け、行け、行け!”と騒ぐだけだ」


 同じようにしてご先祖さまシステムを起動させたデュークの龍骨の中では、「ゴーゴーゴー!」という大合唱が巻き起こるばかりで具体的な方法を示してくれません。彼は「単に行けとか言われてもなぁ……」とボヤキました。


「どうすればいいのよ――――っ!」


「いいんだよぉ~~~~! ご先祖さまのバッキャロッ~~!」


「怒ってもしかたがないよっ! じ、自分で考えるんだっ!」


 ご先祖様システムが上手く機能しなければ、自分自身の龍骨おつむで打開策を考えなければなりません。でも「こういう時にだから、自動的に武器のセイフティが解除されたり…………」とデュークは考えるのですが、身に備わった兵装はうんともすんとも言ってくれません。


 そうこうしているうちに、宇宙海賊は商船ギルドの船団を拿捕しようと距離を詰めてゆきます。ナワリンは「ま、まずいわ――――!」叫び、ペトラも「船が襲われる~~~~~~!?」とアワアワしました。


 デュークもデュークで「打つ手なしだ!」ということであり、どうにもならないのでクレーンをブンブングルグル振り回しながら「うわぁぁぁぁぉぉぉぉ!」と叫ぶことしかできません。


「あ、危ないわねクレーンをブンブン振り回すのやめなさい! 思考停止しないで、頭をつかいなさいよ!」


「そうだよそうだよ、自分で考えるって言ったのデュークなんだから~~!」


「ご、ごめん。つい………………ん? 頭」


 クレーンを振り回すのをやめたデュークは、そこで新兵訓練所の記憶がなぜか蘇るのを感じます。


「えっと……教官相手に何もできなかった時……」


 それはゴローロ軍曹相手に格闘訓練をしていた際、クレーンをグルグル回してみても軽やかに躱され、どうにもこうにもならなかった時の記憶でした。彼はその時、自分がどうやって軍曹にいっぱい食わせたのかを思い起こします。


「あの時ってたしか……頭を使って……あっ!」


「なにか、いいアイデアでもうかんだのっ?!」


「教えて教えて~~!」


 するとデュークはスパリと隠蔽をカットして、縮退炉のエネルギーすべてを推進器官に回し始めます。


「武器ならここにあるじゃないか! 自分のカラダだよっ!」


「まさか、あんた突っ込む気なのっ?!」


「それは無茶だよぉ~~危ないよぉ~~!」


 彼が何をしようとしているのかを本能的に察知した二隻は「危険すぎる」と言いましたがデュークはそれを無視してこう叫びます。


「僕たちは軍艦だ! どんな手を使っても民間船を守るのが使命なんだ! 武器がなくともこのカラダがあればそれで十分だよっ!」


「う、確かにそうかもしれないけれど――」


「わかりみがあるようなないような~~」


 いまだ二隻は躊躇いを見せていますが、デュークは「いいから、ワ・レ・ニ・ツ・ヅ・ケ――――!」と重力波の雄叫びを上げて大加速を開始したのです。


 そして数分もしない内に――――


「はぁ、上手くいった……」


「あっさり逃げていったわねぇ……」


「弱々だ~~!」


 宇宙海賊たちは「きょ、共生宇宙軍だとっ?!」「重武装艦が三隻もいるぞ!」「なんだあのデッカイ戦艦はっ!?」などと慌てふためき、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていたのです。


 それもそのはず、1キロ超クラスの戦艦デューク、600メートル級戦艦ナワリン、450メートル級重武装巡洋艦ペトラという戦力は、たかだか10隻程度の宇宙海賊にとっては理不尽なまでに圧倒的なものでした。


 たとえ射撃ができないとしても重武装の彼らが艦列を並べ「見敵必殺、見敵必殺だぁぁぁぁぁ、うわあぁあぁあぁぁあぁあぁっ!」とか、「そこの宇宙海賊――”シヌガヨイッ!”」やら、「宇宙海賊死すべき、慈悲はない~~!」などと言う電磁波をバンバン撒き散らしながら突撃する迫力には、たかだか10隻程度の宇宙海賊では抗いようもなかったのです。


「そういえば、オライオじいちゃんは戦艦とか重戦闘艦ってデーンと構えとればそれだけでプレッシャーになるって言ってたなぁ。あと、プレゼンスとかなんとか」


「あ、それ私も聞いたことがあるわ。私達みたいな軍艦ってその存在感が敵に対する圧力になるって、おばあちゃんが言ってたわね」


「なにそれ~~しらな~~い!」


 ナワリンも似たようなことを老骨船から教えられていたようです。周りに軍艦がいなかったペトラは「ほぇ~~? ボクのジジババ達てば、船ばっかりだったから教えてくれなかったよぉ~~」と嘆きますが彼女はこうも思います。


「でも、ボクも重戦闘艦だから~~存在感ありありなの~~? おお、凄いことに気づいてしまった~~!」


 他の二隻比べればサイズの小さい重巡洋艦であるペトラですが、450メートル級龍骨の民というものは、実のところ存在感ありありの軍艦なのです。


「くふふ、私の紅いボディが武器に……女の武器ってやつね」


 不敵な笑みを漏らしながら紅い艦体をクレーンでスリスリするナワリンは600メートル級戦艦であり、共生知性体連合の標準戦艦よりも大きいのです。


「戦わずして勝つ……はっ、なんだこの言葉は…………」


 デュークは自分のカラダを眺めながらそう呟きました。彼はただ前進しただけで敵を退けるという経験からなにかの気づきを得たようです。


 それから2日後――デューク達を受け入れた第五艦隊第13辺境巡回戦隊――その旗艦パゴダ・パゴダでは、陽気な笑い声が響いています。


「ぶぉぶぉぶぉっ! 突撃一つで海賊共を下がらせたとはな。今度の龍骨の民達は気合が入っておるゾォ!」


 パゴダ・パゴダの艦橋では戦隊長のヴィグネーシュヴァラ・パオン准将が長く伸びた鼻をクイッと上げ、大きな耳をパタパタさせながら、ぽっこり突き出たお腹をポンポンポン! と叩いて笑います。ゾウから進化したガネーシャ族の彼がそうしていると不思議な有り難みを感じるのですが、実のところ彼はこの戦隊で「象神」とあだ名される人格者でした。


「重武装艦三隻の突撃ですからね」


 パオンの副官キ・マージメ中佐――大兵肥満の准将とは対象的なスラリとした体躯を持つ彼女は「尻尾を巻いて逃げ出す他ありません」と双前歯目カンガルー族特有の長い尾をクルクルさせながら淡々とした口調で言いました。


「で、彼らは今どうしておるんだゾウ?」


「整備艦によるメンテを行っています」


 鼻面に載せた眼鏡をクイッと上げながら「同時に兵装担当技官が武装の確認を行っております」と告げるキ・マージメ中佐は、少しばかり生真面目すぎるところが玉に瑕ですが、かなり優秀な将校です。


「確認できた三隻の各諸元データは、こちらになります」


「ほぉ、デューク君は三連装三基の主砲をもっとるのか……なっ、81サンチ重ガンマ線レーザー砲だと……?! ナワリンちゃんは連装四基で51サンチだと?! ペトラちゃんは連装六基主砲、副砲をあわせたら30門近い砲が生えておる……だとぉ?!」


 デューク達はあんまり気にしていませんが、彼らの装備する武装は共生宇宙軍の中でもトップクラスの武装であり、同族たる龍骨の民を基準にしても強力すぎるものでした。


「さらに、彼らは多目的格納庫を大量に装備しています。熱核融合弾頭を主とした対艦弾道弾、高速宙迎撃ミサイル、起頭式の電磁速射砲・近距離迎撃レーザー砲ユニット、その他多数の兵装が詰まっているようです」


「はははは、まったくハリネズミのような重武装艦だ……驚いたゾゥ……」


 驚愕の表情を見せる准将に対して、中佐は「さらにっ!!」と吠えてからこう続けます。


「ペトラは対消滅式光子魚雷、ナワリンは重力子弾頭と思われる大型弾頭を搭載しているようです」


「ちょっとまて、それは宇宙軍の機密兵器だゾウ。支給もしておらんのに既に生成しとるのか! そ、それでデューク君の横腹についているのはっ?!」


「両舷に12門備えているのは高出力荷電粒子砲です。出力はテストしてみないとわかりませんが、少なくともジゴワット級の威力かと」


「ジ、ジゴワット級の拡散粒子砲だと……?」


 パオン准将はタラ~~と冷や汗をかきながら「いやはや、想像以上の重武装だゾウ……」と呟き。つぶらな目をさらにまん丸くして「辺境宙域の巡回戦隊には過ぎたシロモノだゾウ……」と呆れたような言葉を口にする他ありませんでした。

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