第299話 龍骨徹頭徹尾

「リーチのみ! ええと、500,300ゴミ……かぁ」


 デューク達はすでに数日ほども麻雀を楽しんでいます。初心者といえどもルールをかなり覚えてその楽しさとにハマり込む頃合いと言えましょう。なお、複雑な点数計算は副脳に打ち込んだ共生知性体連合”真”麻雀連盟謹製の全自動点数計算アルゴリズムによりサパッと計算されております。


 さて、麻雀を覚えた初心者達はドクトルを相手に闘牌しているのですが、彼のレベルはプロ級というもので、滅多なことで振込しない上に「自摸サンショク」などと、常にダマで手牌を晒すことがありません。その上、彼はかなりのリードを重ねてもいました。


「リーチ一発自摸ピンフサンショクドラ3ッ! 親のパネマンよ!」


「ルォォォッォン~~! トイトイチンイツドラ4! 倍満だぁあぁ~~!」


 ナワリンとペトラは豪快な打牌を響かせ大物手をかましてきます。彼女たちは、大物狙いの打ち手と化し、それが意外にもハマっているのかもしれません。デュークといえば、「自摸、500オール!」などと、安い手でコツコツと稼ぐというみみっちいけれども手堅い打ち方をしていました。


「あら、あんた、またそんなコスイ手なの?」


「やっすぅ~~!」


 などと煽られてもデュークはセオリーに従うことをやめません。とはいえ、そんな彼にリーチをかければ跳満、ドラが乗れば倍満というということになり、「ここが仕掛けどころか?!」と言うべき大物手が入ります。


 場にはすでに残り牌の少ないところ、ナワリン達はなんだかテンパイしていそうな気配です。デュークはマニュピレータ――龍骨の民に備わった作業用の五本の指先に持った牌を感じながら「ううううう……!」と唸り声を上げました。


「うううう……」


「さっさと打牌しなさいよ!」


「は~や~く~~!」


「ううう……ちょっと考えさせてよ」


 実はこの時、デュークは3半荘ほど、立て続けのドベを繰り返しています。ドクトルの放った必殺の親満直撃を喰らい、いわゆるハコ下数万もというやつも味わっていますから、そのマイナスは大変なものになっているのでした。これがお金の代わりに体内の液体水素を賭けるといった博打であれば、彼の血液は不足を通り越して枯渇していたことでしょう。


 そしてこの勝負に負けるとマッドなサイエンティストであるドクトルにより、「生きている宇宙船の三分間はっきんぐ!」とばかりに、1万点につき1時間、艦体を構造解析されたり、龍骨をハッキングされるという拷問――もとい研究対象になるという罰ゲームが待っています。


「もはや南二局、このまま行けば――10時間ほど、お前さんの艦体をイジらせてもらうことになるなァ。クカカカカカ!」


「ふぇぇえぇぇぇぇ――――ッ! そうだった――!」


 ドクトルは点数を計算して「3分間ではなく、10時間ハッキングか、クカカカ」と邪悪そのものが顕現したかのような笑みを浮かべました。彼は科学に魂を売っているのでしかたがありません。


「3分間ハッキングっていうと、テレッテッテッテ――というフレーズが流れるのは、なぜかしら? 提供はQPドレッシング?」


「デュークがドナドナされちゃう~~! ドナドナドーナードーナー♪」


 QPドレッシングは、共生知性体連合の大手食品メーカーで料理番組を提供しています。また、ドナドナ星の仔牛がドナドナされるソングは、連合の中でも有名な悲壮感あふれるミュージックとして知られていました。なお、この時二隻はすでに十分なリードを稼いでいるので安全圏内でした。


「まぁ、悪いようにはせん。むしろ気持ちがいいかもしれんぞ」


 科学に来世の魂をまで売ったドクトルが、大変あからさまに酷い事になりそうなセリフを漏らすものですから、デュークは「キャッァアァア―――!」という、ニンゲンの本拠地たる地球の一地方に残る叫び声――薩摩示現流の猿叫の如き叫び声を上げる他ありません。


「うるさいわねぇ、麻雀で大声を上げるのはマナー違反よ!」


「チェスのときもうるさかったね~~!」

 

「うぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐぐ……」


 何とも言えない焦燥感を味わうデュークですが、そんな彼の龍骨の中では彼のご先祖様たちが「まずいな、冷静さを欠いておる」とか「戰場なら結構冷静なのだけれどねぇ、この子」などと嘆息しています。


「で、でも、この牌を切って上げれば…………」


 この時、ご先祖様達は「この牌、裏筋の危険牌だろうのぉ」とか「ここで一発取り返さなくてはと思っても、降りるところよ」と、渋いアドバイスを投げかけて来きました。


 しかしながら、それらとは別に「逃げちゃダメだ」とか「逃げれば一つ、進めば二つ……ッ!」やら「かまわん、行け」などというなんだか色々と不味いフレーズを用いて「男ならいけっ!」とか「フネなら進め!」と騒ぐ別のご先祖様観衆もいるのです。なお、彼らは龍骨はっきんぐの間、厳重に隔離された領域に退避する模様です。


「お、男なら、フネなら…………」


 そこでデュークはセオリーどおりではまず勝てないと判断します。「男なら、フネなら、ただ前進するのみ」などと、ある意味思考停止した彼は――


「ええい、ままよ!」


 と、ツルッとした手触りの麻雀牌をつまみ上げて恐る恐る卓におろしながら「通らばリーチ!」と叫びました。


「あら、デカそうな手ができてるのね?」


「おお、珍しい~~!」


「と、通った?!」


 ナワリン達はどうとでも取れるようなセリフを漏らしながら、デュークがリーチ棒を取り出す様子を眺めます。


「でも、そのリー棒は戻しなさいな、通らないわ」


「ろんろんろぉっぉぉぉおぉぉおっぉん! それ、あったり~~~~~~~~~~~~~! 迷彩に引っかかった~~~~!」


「ふぇぇぇぇぇぇぇぇっ、通らないのぉぉぉぉっ?!」


 と言ったナワリン達は「デカイのを捕まえるのに囮を使うのは常道!」とか「デカイのを捕まえるのは得意なの~~!」とデュークに意味深な視線を送ってから、「栄和(ロンホー)!」と叫び、バララと牌を広げて上がりを宣言します。見事なまでのダブロンでした。


「ふっ、サンショク、ドラドラね」


「トイトイ、ホンロートーだよぉ~~!」


 ナワリンたちに「ほら、早く点棒だしなさい」とか「ご愁傷さま~~」と言われたデュークの点棒が吹き飛び、デュークは龍骨をビクンビクンと震わせ「ふぇぇぇえ」と涙目になります。


「て、点棒が1100点しか残ってない……」


 ギリギリのところでハコを回避したデュークでしたが、「が、がはぁぁぁぁぁぁぁ……」と大きな排気を漏らします。ほぼすっからかんになった箱というものは実に物悲しいものなのです。


「おらおら、次局いくわよ! さっさと終わらせるわよ」


「ハリーハリーハリ~~! ゴーツーゲームセット~~!」


「くっ、まだ負けが確定したわけじゃないぞ!」


 南三局――「僕の親番だ! ここで取り戻すぞ!」と強がりを言ったデュークは、艦首を拭ったおしぼりを袖机に叩きつけてから、自動卓の洗牌ボタンをガシッと叩き込みました。あとから来た人が見ても「こいつ負けがこんでるな」と一目でわかります。


甲板背中が煤けてるわねぇ」


「甲板に負の女神様が座乗しているのが見える~~!」


 二隻から煽りを頂戴したデュークば、「ぐっ……」とした唸り声を上げ、奥歯を噛み締め配牌を眺めます。


「こ、これは酷い……」


 その手に入ったのはかなりバラバラなものでした。あまりにも重く、凡庸を通り越した、いわゆるクズ手だと表現するほかありません。


「ぎぎぎぎ……」


 デュークは艦首に皺を寄せながら天を見つめ、神を呪うかの如きセリフを漏らしそうになります。しかしそうしたところで、配牌が変わるわけでもないので、彼は我慢して、不要牌と思われる一萬を切り出します。そして次の順――


「おうふっ……」


 デュークはツモッた牌を眺めてギリッと奥歯を噛み締めます。不要牌と思った一萬が重なったのです。彼はしかたなくそのまま牌を河に放り込みました。そして次順――


「おごぉ――――ッ!」


 三枚目の一萬が入って来るのです。捨てなければ対子になっていたはずのそれは、もはや不要牌を通り越した何かでしかありません。彼の手元には二萬がないのです。そして次の順――


「くっ、くぁwせdrftgyふじこlp――! …………グガッ?!」


 連続四枚目の一萬がデュークの手に入ります。確率的にはかなり低いのですが、麻雀あるあるなシチュエーションでした。こうなると次の自摸は二萬、その次は三萬と来る可能性が無きにしもあらずですが「いるか、こんなものぉぉぉぉぉっ!」と叫んだデュークは四枚目の一萬を場に叩きつけました。


「牌は大事にして欲しいものだ」


「でも、でも――――っ!」


 象牙の牌の持ち主であるドクトルが「わからんでもないが……」と言いながら、「さて、私の自摸番だな」と呟きます。


 そしてドクトルは牌を手にするとさらっとした口調で、「来たぜぬるりと」と呟きました。


「自摸――」


「お、オワタ……」


 残りの点棒は600点であり、直撃ではないものの、親番で二倍のダメージを受けるデュークは、これで万事休すかと思い「カハァ……」と液体水素の排ガス――まるで魂が抜けるかのように排気を漏らしました。


「うん? 自摸のみだから――」


 ふわっとした手付きで手牌を崩したドクトルの役は「ノミ手だから、500,1000ゴットーで、生き残っているぞ」というものでした。


「ふぇ…………ひゃ、100点残った……!?」


 デュークは彼は首の皮一枚のところで助かったのです。そして「ま、まだやれるぅぅぅぅぅぅぅ!」と叫んだ彼は「流れ……流れ……天の流れ……来てっ!」と願いを次局に託します。


 そしてラス局――点差から言えばこれ以上にはない絶望的な状況ですが、デュークは諦めることだけはありません。


「はぁはぁ……いつだって、ギリギリ限界で戦ってきたじゃないか! 戦えるうちは負けじゃない!」


 なんというか精神論めいていますが、このあたりは戰場で培ったデュークの粘り強さというものかもしれません。彼は龍骨をねじるようにして、戰場の感覚を思い出すように、この鉄火場に望むのです。


 そしてデュークはキリキリとクレーンを軋ませながら牌を取り、手牌を整えます。


「えっと……それなりだけれども……うん?」


 デュークが「なにか変だな、この感覚――」というほどの表情を見せるのですが、親番たるドクトルが「始めるぞ」と言い、カタリと打牌すればラス局が始まるのです。


「えっと……」


 順が回って手番となったデュークは山から一枚自摸を行うと、手牌の中に引き込みます。そこで彼は「う……」とした唸り声を漏らしました。


「うん……?」


 その様な唸り声は五順目まで続きなんだか視覚素子がぼんやりとしたものとなり、「ふぇ……?」とした呟きが現れます。


「いちいち五月蝿いわねぇ、ダマって打てないの?」


「ん~~~~1・9ばかり切ってるから、流し満貫狙いかな~~?」


 デュークの捨て牌を眺めるとたしかに一萬やら九筒やらが続いています。ナワリンは「国士で逆転ってわけじゃないのね」と言いながら、東を河に放り込みます。


「ええと……もしかしてこれも、か?」


 自摸を行い手牌を見たデュークが「あっ……」と、何かに気づいたかのように天を見上げました。


「あんた、どこみてるのよ……?」


「宇宙かな~~?」


 デュークの視覚素子がなんだか胡乱げな気配を漂わせているものですから、ナワリン達は「ぶっ壊れたかな?」などと思います。ですが、うつろな目をしたデュークはおもむろにこう言うのです。


「ドクトル、麻雀は龍を作るゲーム…………そうでしたね?」


「うむ……? そうだな、牌に命や魂を込めるものだ」


 ドクトルはそんな麻雀哲学のようなものをデューク達に教えていたのです。


「天運の流れ――それを作るのは自分自身――――龍骨を作るが如く――――」


 突然ポエミィなセリフを吐き出したデュークは――


「カァン……」


 と宣言します。


「む?」


「あら、そこで暗槓――――? ドラ狙いかしら?」


「でも、乗ってないよぉ~~!」


 すこし場がザワついたものになりましたが、ドラ表示牌は関係のないところでした。でも、デュークはカンのあとにツモッた牌をグリッと手牌にいれ、また「カンッ!」と叫び、ドラ表示を行います。


「あら、連続カン? でも、だめね、今度もドラがついてないわ」


「ボクのドラ増えた~~!」


 二回目のカンにより場がさらにザワっとしたものの、三枚目のドラ表示牌も全くと言っていいほど無関係の上、対手にドラ献上ということになりました。これはカンした当人が「くぅぅぅぅ」と涙目になるのが鉄板な事態といえるでしょう。


 でも、さらなる自摸を行ったデュークは艦首に牌を当てて、なにかを祈るような、または召喚するが如き仕草で――


「カン!」


 手にした牌を持ち上げ、またカンを宣言しました。カシュンッ! 卓の右側に12枚の牌が並びます。


「え、連続三回のカン……って、すごいけれど……」


「三槓子だね~~2翻しかつかない役だよぉ~~!」


 三槓子とは4つの牌を3つ作ると成立する2翻役である安めの手であり、ドラが乗らないとあまり意味がありません。なんだかヤバい事態が生じそうな雰囲気ですが、二隻は「やっす」とか「だめだねこりゃぁ~~」などと宣います。


 しかし、ドクトルはデュークを眺めて「むっ……」と背筋に電流が走ったかのようなビクリとした震えを見せました。


「もしや――――」


 ナワリン達に対してドクトルは「あやつを見ろ、あれは――」と言いました。デュークのカラダから、なにかオーラのようなものが薄っすらと滲んでいるように見えるのです。


「なによあれ……もしかして!?」


「なんだろう、ザワワッザワワッって感じがする~~?!」


 そんなデュークは「こい――――!」と叫びました。ゆっくりと嶺上牌をツモッたデュークは、シュワァ――とした感じに艦首の上にクレーンを持ちあげると、視覚素子にギラリとした紅い光を湛えながら、振り下ろし――


「カァァッッッッァン!」


 叩きつけられた牌はデュークの手元にあった対子と結合し16枚の牌が並び――見ているものに大きな衝撃を与えます。ドクトルは「くッ!」と叫び、ナワリンは「あれは四槓子ッ!?」と慌て、ペトラは「なにか別の役も付いてるぅ~~~~?!」と驚愕します。


「そして――――――!」


 デュークはクレーンを上げて身構えました。単騎待ちとなったデュークは両手をウニョウニョとさせながら、なにかブツブツと呟いています。「龍骨が――」とか「マザァァァァツ!」のように聞こえますから母星マザーにお祈りでもしているようにも見えました。


「なによあの動きっ?! なにかの生き物みたいにみえるわ!」


「それに覇気みたいなオーラが見えるねぇ~~」


「あれは、あれは龍……龍骨の動きそのものッ!」


 デュークのクレーンの動きは堅固にして柔軟という龍骨そのものになっているようで、生きている宇宙船に詳しいドクトルは「超龍動かッ!」と、謎の言葉を用いるのです。


「ちょ、超龍動ってなによ!?」


「知っているのか、ドクトル~~?!」


 ドクトルが言うには「超龍動とは、極めて稀によく起こる龍骨の動き――戦闘状態に入った龍骨の民が陥る一種のトランス状態――あの状態の生きている宇宙船は、幸運値が跳ね上がるのだ!」ということで、ついでに覇気も漏らすとのことです。


「それって――――流れを引いたってこと?! まさか、次の自摸でっ!?」


「うわぁ~~確率的にありえないよぉ~~?!」


 四槓子とは0.000234パーセントという天文学的に小さな確率でしか成立しないものでありここまで持ってくるだけでも相当なことで、4連続カンからの自摸和了りはあり得ないほどの天運と完璧なまでの流れをまとめ上げなくてはならないものでした。


 そしてデュークは山にクレーンを伸ばしながら牌を掴み、「これが天の流れ――――龍骨の道標――フネのソウルゥゥゥゥゥゥッ!」などと実にポエミィなセリフを吐きだし、よくわからんオーラを撒き散らしながら――


龍骨徹頭徹尾四槓子、四暗刻単騎ィィィィィィィィィィッ!」


 ダガン! と倒牌して上がりを宣言しました。


 同時にドゴォォォォォォォンというエフェクトとともに、ジャーンジャーンとドラの音が鳴り響き、よくわからん大爆発が生じます。


「「「「う、うぼぁ――――――!」」」


 デュークが放った爆発にドクトル達が吹っ飛ぶのはご愛嬌というものでしょう。龍骨徹頭徹尾とは数ある役満の中でも最も龍の体が長くなる多くの牌を使う役であり、しかもトリプル役満という破壊力抜群の強烈なものですから、仕方がないのです。

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